原発問題

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プルトニウム輸送船「あかつき丸」の日米密約 ※8回目の紹介

2014-09-17 19:00:00 | 【原子力ムラの陰謀】

*『原子力ムラの陰謀』著者:今西憲之
「第5章 プルトニウム輸送船「あかつき丸」の日米密約」を数回に分け紹介します。8回目の紹介

原子力ムラの暗部を刻銘に記録に遺し、その男は逝った-

1995年12月8日、「夢の原子炉」と言われた

高速増殖炉「もんじゅ」でナトリウム漏れ事故が発生。

事故をめぐる”隠蔽”が次々と発覚する中、

一人の「国策会社」幹部が突如、命を落とした。

死の謎を解く鍵は、遺された膨大な資料のみ。

そこには原子力ムラが行ってきた”裏工作”の歴史が、

あまりにも生々しく記録されていた。

(P3「まえがき」から)

「『もんじゅ事故』で謎の死を遂げた西村成生さんが残した内部資料があるらしい」

 2012年冬、はじめにその話を聞いた時は、ここまで深くその資料と付き合うことになるとは想像もしていなかった。

 「西村ファイル」と名づけた資料の山を読み進めるうち、取材班は何度も我が目を疑った。国の特殊法人であるはずの動力炉・核燃料開発事業団(動燃=当時)が地域住民や職員の思想・行動を徹底的に調べ上げ、「洗脳」「工作」といった言葉が頻繁に飛び交う。そして、あまりに不自然な西村氏の死-。「原子力ムラ」の異常な体質が、次々と浮かび上がってきたのである。

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**『原子力ムラの陰謀』著書 「第5章 プルトニウム輸送船「あかつき丸」の日米密約」 の紹介 

前回の話プルトニウム輸送船「あかつき丸」の日米密約 ※7回目の紹介

 外交機密文書でバレた米への「用心棒代」

 実は、動燃のプルトニウム輸送船は「あかつき丸」が最初ではない。そこから遡ること9年前にも、同様の状況が存在した。

 84年秋、やはりフランスから日本に約200キログラムのプルトニウムを運んだ「晴新丸」である。

 この時も、事前にルートなどは一切明かされなかった。後の報道によれば、同年10月5日にシェルブール港を出港した「晴新丸」はパナマ運河を経由して大西洋、太平洋を横切り、11月15日、東京湾に到着している。

 「西村ファイル」にはこの時の資料も多数、残されていたのだが、ここで注目すべきは海上での護衛についてである。

 「あかつき丸」のときには、核ジャックなどのテロに備えて、公海上では海上保安庁の大型船巡視船「しきしま」がつきそっていた。

 92年春に完成した「しきしま」はプルトニウム輸送船を護衛する目的で日本政府が約150億円をかけて特別に建造した船で、自衛隊の護衛船にも匹敵する6500トンの排水量と、機関砲などの武装を誇る。海保が保有する巡視船の中では今も最大の艦船だ。

 ところが「晴新丸」の時点では、日本は任務に耐えうる独自の艦船を持っておらず、公海上ではアメリカの衛星が絶えずその動きを監視し、米仏の軍艦数隻が周辺で護衛していたとされる。


 これについて、当時の報道などを見ると、日本政府関係者の談話として「両国の独自の判断で自主的に警備した」と説明されている。「晴新丸」を米仏の軍艦が護衛することをAP通信が報じた際に科技庁が作ったマスコミ対応のための想定問答集を見ても、こう書かれている。

<両国の海軍による護衛は、(事実であるとすればそれが、両国の独自の判断によるものと思われ)我が国としてはそのようなことを要求もしていないし、内容についても承知していない>

 護衛は米仏が勝手にやっていることなので知らない、というのが動燃の公式見解だったのである。

 ところが、これもまた「情報統制」による「ウソ」だった。「西村ファイル」に、その内幕が記録されていたのである。

 84年5月15日に送信された「至急白川一等書記官に手渡して下さい」と書かれたファクス書面には、「CONFIDENTIAL](機密)の印が押されていた。

 書面の作成者として名前があるのは、当時、プルトニウム輸送の責任者だった動燃企画部の菊池三郎氏。第2章の「Kチーム」の取材でも名前が挙がった、あの「ミスタープルトニウム」である。送信相手の白川哲久一等書記官は科技庁採用のキャリア官僚で、この時は外務省に出向してワシントンの日本大使館に外交官として詰めていた人物だ。

 内容は米側からの問い合わせに対する日本側の回答で、日本語と英語の両方で、こんな内容が記されていた。

<科学技術庁としては、将来の大量プルトニウムの大陸間輸送については、核物質防護の観点からは航空機輸送が望ましいと考えており、その実現にむけて関係省庁の協力を得て、今後最善の努力をするものとする>

 残念ながら米国からの質問の文書は残っていなかったが、当時、日本政府内で将来、プルトニウムの海上輸送に代わる方法として考えられていた航空機輸送について述べられているようだ。文書には続けて、

<我々は米国政府の全面的な支援を期待するものである>

と書かれているが、航空機輸送の構想はその後、アメリカ国内で反対論が巻き起こり、結局、頓挫している。

 続いて、5カ月後に出港が迫る「晴新丸」に関するやりとりが登場するのだが、その内容は、驚くべきものだった。

※続き「プルトニウム輸送船「あかつき丸」の日米密約 」は、9/18(木) 19:00 紹介予定です。

原子力ムラの陰謀: 機密ファイルが暴く闇


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