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原発問題

原発事故によるさまざまな問題、ニュース

ウランの里「人形峠」で行われた戦慄の住民思想調査 ※9回目の紹介

2014-12-12 22:00:00 | 【原子力ムラの陰謀】

*『原子力ムラの陰謀』著者:今西憲之

第1章 ウランの里「人形峠」で行われた戦慄の住民思想調査」を複数回に分け紹介します。9回目の紹介


原子力ムラの暗部を刻銘に記録に遺し、その男は逝った-

1995年12月8日、「夢の原子炉」と言われた

高速増殖炉「もんじゅ」でナトリウム漏れ事故が発生。

事故をめぐる”隠蔽”が次々と発覚する中、

一人の「国策会社」幹部が突如、命を落とした。

死の謎を解く鍵は、遺された膨大な資料のみ。

そこには原子力ムラが行ってきた”裏工作”の歴史が、

あまりにも生々しく記録されていた。

(P3「まえがき」から)

「『もんじゅ事故』で謎の死を遂げた西村成生さんが残した内部資料があるらしい」

 2012年冬、はじめにその話を聞いた時は、ここまで深くその資料と付き合うことになるとは想像もしていなかった。

  「西村ファイル」と名づけた資料の山を読み進めるうち、取材班は何度も我が目を疑った。国の特殊法人であるはずの動力炉・核燃料開発事業団(動燃=当時) が地域住民や職員の思想・行動を徹底的に調べ上げ、「洗脳」「工作」といった言葉が頻繁に飛び交う。そして、あまりに不自然な西村氏の死-。「原子力ム ラ」の異常な体質が、次々と浮かび上がってきたのである。

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**『原子力ムラの陰謀』著書 「第1章 ウランの里「人形峠」で行われた戦慄の住民思想調査」の紹介

前回の話ウランの里「人形峠」で行われた戦慄の住民思想調査 ※8回目の紹介

◎ウラン残土処理を「技術開発」と言い換え

 90年、動燃は方面地区に対して、特に放射線量の高いウラン残土3千立方メートルの撤去を約束したものの、撤去先をめぐって周辺自治体と紛糾した。動燃は地元の残土を人形峠事業所の敷地内に持ち込んで処理することを計画したが、今度は、事業所のある岡山県が「鳥取県のものは地元で処理してほしい」と、県内への「核のゴミ」の持ち込みを許可しなかったのだ。残土は長年、地区に放置されたまま、年月だけが過ぎた。

 その間、当事者たちがいかに無責任だったかを示す資料が残っていた。91年前後に作成されたとみられる、岡山県のK副知事と動燃のH理事との会談の記録である。まず、K副知事側はこんな見解を述べる。

<捨石の問題については、岡山県としては鳥取県から持ってくることが問題で、特に住民を納得させることはむずかしいと考えている>

<最近は婦人が先頭にたっていて反対運動を行い、矛盾したことでも平気で唱える。(中略)6月15日からは放射性廃棄物を持ち込ませない県条例の直接請求の署名を30万人目標に女性他でやろうとしている。タイミングからみて、カナヅチの下に頭を持っていくようなことになる>

 女性たちの反対運動への露骨な嫌悪感が見てとれる。そして、こんな提案をしてみせるのだった。

<これまでの人形峠での事業の延長ではなく、「新しい技術」を生み出すために捨石が必要であるという理由を立て、これまでの人形峠ではなく、「新しい人形峠」「イメージチェンジされた人形峠」を期待している>

※続き「第1章 ウランの里「人形峠」で行われた戦慄の住民思想調査 」は、12/15(月)22:00に投稿予定です。


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