*『東京ブラックアウト』著者:若杉冽
「第1章 避難計画の罠」(「プロローグ」含む)を複数回に分け紹介します。13回目の紹介
( Amazon カスタマーレビュー )から
恐ろしい本です。小説という体裁はとっていますが、帯に「95%ノンフィクション」とあるように、限りなく現実に近い話でしょう。これを読んでも、原発再稼働に賛成と言えるでしょうか。一人でも多くの国民に読んでほしい本です。
作中に登場する資源エネルギー庁次長の日村直史は、経産官僚の今井尚哉氏だと、国会議員の河野太郎氏がTwitterで言及しています。現在、安倍首相の政務秘書官を務めている人物です。
( 「東京ブラックアウト」)から
「バ、バカ野郎!おまえは知っているのか? かつて新潟県の泉田知事が、たった400人を対象に避難訓練をしただけでも、その地域には大渋滞が起こったんだぞ!・・・あと数時間で、東京の都市機能は失われるっ。いいか、これは命令だ・・・」
・・・玲子は絶句した。いつも冷静でクールな夫が、15年の結婚生活で初めて見せる取り乱しぶりだったからだ。
過去に紹介した記事(【原発ホワイトアウト】終章 爆弾低気圧(45) )から
救いがあるとすれば著者・若杉冽氏の次の言葉だ。
「まだまだ驚くべき事実はたくさんあるのです。
こうした情報が国民に届けば、きっと世論のうねりが起きる。
私が役所に残り続け、素性を明かさないのは、情報をとり続けるためです。
さらに第二、第三の『若杉冽』を世に送り出すためにも」
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**『東京ブラックアウト』著書 「プロローグ」⇒「第1章 避難計画の罠」の紹介
前回の話:【東京ブラックアウト】第1章 避難計画の罠 ※12回目の紹介
(5)
ー六本木ファーストビル・内閣府原子力災害対策担当室。
六本木ファーストビルの原子力規制庁3階の緊急時対応センター(ERC)の並びの一室に、内閣府原子力災害対策担当の看板が掲げられた。看板といっても、ラミネート加工された薄っぺらい紙片といったほうが正しい。原子力規制庁原子力防災課の看板の上に、もう一枚看板が付け足されただけだ。
国の官庁の意思決定は、普通は下位の職制から上位の職制へとボトムアップで行われる。関係省庁間の事務方で十分に調整がなされた内容が、課長、局長、大臣と上がっていく。こうして事前に充分な調整がなされる結果、最終的な責任の所在は、つねに曖昧である。この無責任体制は、戦時中から変わらない日本の官僚制の特色だ。
大臣レベルの会議の下には局長級の会議が置かれ、さらにその下には課長級の会議が置かれる。その課長級の会議ですら、実質的な議論が行われることはまれだ。課長級の会議、局長級の会議、大臣級の会議は、すべてシナリオのあるセレモニーに過ぎない。
では、どこで実質的な調整がおこなわれるのかというと、課長級の会議の前に、幹事役の省庁から、「合議」と呼ばれる電子メールの会議文書での協議によって、メールベースの調整が行われる。どうしてもメールベースでの調整がまとまらないときには電話、そして極めて例外的に対面での折衝が行われるが、ほとんどの場合には、課長補佐クラスの調整で終わってしまう。
しかし、避難計画の策定については例外だった。官房長官の仕切りによって、事務局は内閣府原子力災害対策担当室に決まったが、その担当室のなかで、各省協議にかける原案が、なかなかまとまらないのだ。
警察庁から出向している内閣府原子力災害対策担当室長(兼)原子力規制庁放射線防護対策部長の黒城 実が、経産省から出向している副室長(兼)原子力規制庁原子力防災課長の守下靖に、教え諭すように話しかける。
「PAZとかUPZとかいったって、ひとたびメルトダウンがアナウンスされたら、PAZにいる住民だけが避難を開始して、UPZに住んでいる人はじっと自宅で待機しているなんて、そんなことは想像できんだろ?」
PAZとは予防的防護措置を準備する区域をいい、原発から概ね5キロ圏内を指し、UPZとは緊急時防護措置準備区域をいい、原発から概ね30キロの圏内を指す、避難計画上の用語である。
「PAZの住民も、UPZの住民も、みんな事故が起きたら一目散に逃げるに決まっているじゃないか。もっと現実的な想定にしないと、避難計画をつくったって、『報道ステーション』の餌食になるだけだぞ」
自然と大きくなる黒城室長の声に、もっと大きな声で守下副室長が対抗する。
「そんなこといったって、どうすんですか?満足な道もない、乗っていくバスも集まらない、そんななかで、みんなが同時に自家用車で避難を始めたら、PAZから避難するだけで30時間以上かかる・・・こんな想定だったら、それこそ住民が納得しないし、自治体だって再稼働に首を縦に振ってくれませんぜ」
守下副室長は口をとんがらせて続ける。
「とにかく、そんなの実際に事故が起こってみないと、どうなるかなんてわかんないんですから、ありあわせの条件のなかで、強引でもなんでも、一定の仮定を置いて、辻褄の合った絵を描いちまえばいいんですよ」
守下副室長は、さらにたたみかける。
※続き「第1章 避難計画の罠」(「プロローグ」含む)は、3/4(水)22:00に投稿予定です。