*『東京ブラックアウト』著者:若杉冽
「第1章 避難計画の罠」(「プロローグ」含む)を複数回に分け紹介します。17回目の紹介
( Amazon カスタマーレビュー )から
恐ろしい本です。小説という体裁はとっていますが、帯に「95%ノンフィクション」とあるように、限りなく現実に近い話でしょう。これを読んでも、原発再稼働に賛成と言えるでしょうか。一人でも多くの国民に読んでほしい本です。
作中に登場する資源エネルギー庁次長の日村直史は、経産官僚の今井尚哉氏だと、国会議員の河野太郎氏がTwitterで言及しています。現在、安倍首相の政務秘書官を務めている人物です。
( 「東京ブラックアウト」)から
「バ、バカ野郎!おまえは知っているのか? かつて新潟県の泉田知事が、たった400人を対象に避難訓練をしただけでも、その地域には大渋滞が起こったんだぞ!・・・あと数時間で、東京の都市機能は失われるっ。いいか、これは命令だ・・・」
・・・玲子は絶句した。いつも冷静でクールな夫が、15年の結婚生活で初めて見せる取り乱しぶりだったからだ。
過去に紹介した記事(【原発ホワイトアウト】終章 爆弾低気圧(45) )から
救いがあるとすれば著者・若杉冽氏の次の言葉だ。
「まだまだ驚くべき事実はたくさんあるのです。
こうした情報が国民に届けば、きっと世論のうねりが起きる。
私が役所に残り続け、素性を明かさないのは、情報をとり続けるためです。
さらに第二、第三の『若杉冽』を世に送り出すためにも」
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**『東京ブラックアウト』著書 「プロローグ」⇒「第1章 避難計画の罠」の紹介
前回の話:【東京ブラックアウト】第1章 避難計画の罠 ※16回目の紹介
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「オッケー、今日のところはこのくらいにしよう」
そう、黒城室長が締め括った。
今日といっても、時計の針は午前零時を過ぎたところだった。連日の終電直前までのミーティグが今日も終わった。
フクシマの事故前であれば、電力会社から差し入れられたタクシー券を使って堂々と帰るのが原子力安全・保安院の日常だったが、いまの原子力規制庁は違う。みな終電に間に合うように、日比谷線神谷町駅、南北線六本木1丁目駅のいずれかに、三々五々向かっていく。電力会社の連中は未だ湯水のようにタクシー券を使っているにもかかわらず・・・。
そうして、みなが終電で帰宅の途に就くなか、神谷町駅でも六本木1丁目駅でもない方向へ、足音を目立たせずに歩いて行く一人の男がいた。男は仙石山から霞が関の方向に歩き、右手にあるホテルオークラのエントランスに入っていった。
ベルキャプテンも、その男のことを既に見覚えているようで、手を上げて、でんでん虫と呼ばれる個人タクシーを呼ぶ。男がエントランスのタクシーの乗車位置につくタイミングで、個人タクシーがちょうどその場に滑り込んだ。
男は、副室長の守下靖だった。
ベルキャプテンがタクシーのドアを押さえ、守下が乗り込んでいく。タクシーが発進すると、守下は運転手に白地のタクシー券を渡した・・・「日本電力連盟総務部」の印が押されている。運転手は、行き先をベルキャプテンから既に聞かされているようだった。
車内の守下副室長は、すぐにスマホを取り出した。
「あっ、遅い時間にすみません」
電話の相手方もまだ仕事中のようだった。
「今日の報告です」と、守下副室長は続ける。
「まぁ、だいたい避難計画のガイドラインは固まってきたんですけどね。あの、例の警察の黒城室長がですね、妙にPAZとUPZにこだわってんですよね。メルトダウンになったら、UPZの住民も逃げ始める、ってね」
電話の相手方の甲高い声がスマホの躯体を振動させている。
守下副室長は続けた。
「すいませんけど、その部分は、事務局案は直っていませんから、思いっきり連絡会議の場でぶっ叩いてやってください。明日ウェブメールで、いまの事務局案をお送りしておきます。まだ各省協議前ですから、規制庁に逆流して私からの横流しがバレないように、取扱い厳重注意でお願いしますよ」
原子力規制庁に出向していても、本籍から経産省であれば、原子力規制庁のパソコンで、インターネットのウェブメールを通じ、経産省のメールを自由に閲覧・送信できる。すなわち、原子力規制庁に出向中の経産省の職員は、職場のパソコンで、規制庁のアドレスと経産省のアドレスとを自由に使い分けて利用できるのだ。
そして、経産省のメールのやり取りの内容は、原子力規制庁の当局には把握されない。連絡会議の前に経産省のウェブメールで事務局案を渡しておけば、黒城室長に気取られることなく、経産省側は反対のロジックを周到に準備することができる。
「連絡会議当日の発言メモも前日にはお届けしますから・・・はい、それでは、お疲れ様、おやすみなさい」
守下はスマホの通信回線を切った。画面には「資源エネルギー庁畑山原子力規制庁政策課長」との宛先が表示されている。毎晩行われる、原子力規制庁から経産省資源エネルギー庁への水面下の定時報告、しかしこれが守下の、本来の任務であった。
※続き「第1章 避難計画の罠」(「プロローグ」含む)は、3/10(火)22:00に投稿予定です。