報復の鉄路

「報復の鉄路」(ジャック・ヒギンズ/著 黒原敏行/訳 角川書店 2007)
原題は、“Midnight Runnner”
原書の刊行は、2002年。

ショーン・ディロン・シリーズの10作目にして、前作「復讐の血族」の続編。
このあとも原書のシリーズ刊行は続くが、日本語訳の刊行は本作が最後となる。

本書は、アメリカ元上院議員ダニエル・クインの来歴を語ることからスタート。
ダニエル・クインは1948年生まれ。
ハーヴァード大学を卒業し、ヴェトナム戦争に志願。
ヴェトナムでは、シスターと子どもを助けるという活躍をみせる。
帰国後、ハーヴァードで3年間哲学を学び、一族のビジネスに参加。

その後、祖父が夢みた政治の世界に入ることを決意し、まず下院議員選挙に出馬して僅差で当選する。
再選ののち、上院議員選挙に挑戦してこちらも当選。

しかし、議員生活がしだいに重荷となり引退を決意。
そこへ、ジェイク・ギャザレット大統領から声をかけられる。
ちょうど自分はきみのようなひとに、国際問題の解決要員になってほしいと思っていた。
そこでクインは一種の移動大使のような職に就き、イスラエル、ボスニア、コソヴォなどにでかけることに。

妻は白血病にかかり亡くなる。
娘のヘレンは、ハーヴァード大学に進み、ローズ奨学金を得て、オックスフォード大学に2年間の留学中。

――クインのこの履歴は、「大統領の娘」で語られたジェイク・ギャザレット大統領の履歴とほぼ同じ。
妻が白血病で亡くなったところまで一緒だ。

さて、そんなクインは、ある日ホワイトハウスに呼ばれる。
そして、大統領からアメリカ大統領直属捜査機関〈ペイスメント〉や、ファーガスン少将やディロンについて、それから現在ロッホ・ドゥ女伯爵となったレディ・ケイト・ラシッドについての話を聞かされる。
クインは、ケイト・ラシッドの調査に着手することに。

クインの調査の結果は、ファーガスン少将のもとへも届く。
ケイトの寄付先に、〈階級闘争行動〉〈ベイルート児童信託基金〉といった団体があることに、ディロンたちは着目。
じつは、ケイトの寄付先は、テロ組織の偽装団体であると、ディロンの依頼で調査した車イスのコンピュータ専門家ローパーは看破する。
〈階級闘争行動〉という大仰な名前の団体は、ケイト・ラシッドの城であるロッホ・ドゥ城で、子どもたちに野外活動を体験させていた。
しかし、年長者には軍事訓練をほどこしている。
〈階級闘争行動〉はイギリスの主な大学に支部があり、ダニエル・クインの娘ヘレンはオックスフォード大学のメンバーに入っている。

このロッホ・ドゥ城は、「密約の地」にでてきた城。
じつは、この城はもともとダーンシー家のものだった。
キャンベル一族に50年契約で賃貸され、5年前レディ・キャサリン・ローズが亡くなったとき、契約は終了しダーンシー家にもどった。
「ケイト・ラシッドとは10年前から因縁があったみたいな感じだ」とディロン。

以前、舞台となった場所や人物を再利用することで、その場所や人物に深みをあたえるというのはシリーズならではのことだろう。
また、省力化もはかれるだろうし。

ケイト・ラシッドには、失った3人の兄の代わりに、ルパート・ダーンシーというパートナーができた。
18世紀にアメリカに渡ったダーンシー家の分家の出。
元海兵隊員で、湾岸戦争で銀星章をもらい、セルビアとボスニアでも勤務。
ロンドンのアメリカ大使館で警備任務につき、そのときケイトと会い意気投合。
が、ルパートは女性には興味がない。

ディロンはロッホ・ドゥ城におもむき、管理人を脅しつけ、〈階級闘争行動〉が実際に軍事訓練をしていることを確認。
その後、ハリーやビリーを誘い、皆でホテルにいき、やってきたケイトとルパートに会い宣戦布告。

前作に登場したトニー・ヴィリアーズもまた登場する。
ケイトは南アラビアの〈虚無の地域〉にあるファドでも、テロリストを養成している。
教官は元IRA。
ハザール斥候隊の指揮官であるヴィリアーズは、そのケイトのたくらみを調査しようとする。
が、そのさい副官のボビー・ホークを殺されてしまう。

前作でも、ヴィリアーズは副官をラシッド家に殺されていた。
ケイトは、ヴィリアーズを脅しつけるだけにしたかったのだが、それに失敗という顛末に。

ところで、元上院議員ダニエル・クインは、ケイトたちとどうからんでくるのか。
〈階級闘争行動〉のメンバーであるヘレンは、デモに参加する。
そのさい、ルパートはヘレンのボーイフレンドを脅しつけ、覚醒剤エクスタシー入りのチョコレート・キャンディーをヘレンにあたえるよういいつける。
警官に逮捕されたとき、元上院議員の娘が覚醒剤をやっていたというのは、いいゴシップネタになるからだ。

が、ここでも、ケイトたちの目論見は裏目にでてしまう。
ボーイフレンドにウォッカを飲まされたあと、エクスタシーを舐めたヘレンは急死。
露見を恐れるルパートは、ボーイフレンドを殺害。
娘の急死の背後に、ラシッドの影があることから、ダニエル・クインは復讐の念にかられる。

このヘレンにまつわる一連のエピソードは、うまくいっているとはいいがたい。
むやみにひとが殺される砂漠の世界とは裏腹に、ヘレンに覚醒剤を飲ませようと画策するルパートは、なんだかちぐはぐでいじましい。

こんな風に、本書は全体的に散漫。
このあと、ダニエル・クインが活躍するのかと思ったら、あんまりしない。
ルパートも活躍するのかと思ったら、たいした見せ場もなく退場する。
早い場面転換で読ませるというのはいつもの手法だけれど、本書は切れ味があるというより、ただ散らかっているという感じ。

だいたい、ケイトがなにをしたいのかもよくわからない。
ケイトの狙いは、物語も終わりに近づいたころようやくわかる。
南アラビアの油田から海岸部まで、原油を輸送するためのパイプラインが線路に沿って走っており、そのパイプラインを線路の橋ごと爆破する――というのが、ケイトのたくらみだった。
爆破に成功すれば、世界の原油生産量の3分の1が失われる。
パイプラインはケイトの会社の所有だが、そうまでしてもアメリカを未曽有の恐慌に陥れたいというのがケイトの願いだ。

その目的のため、ケイトはIRAの爆発物専門家テロリスト、バリー・キーナンを雇う。
キーナンは、前作に登場したIRAのエイダン・ベルの甥。
そして、パイプライン爆破を阻止するため、ディロンとビリーがまたしても活躍する――。

印象散漫な本書だけれど、もちろん印象的な場面もある。
ケイトに撃たれ、ビリーが重傷を負った場面。
車ではこばれるビリーの上に、ディロンは背をかがめる。
そのあと、こんな記述が続く。

《こいつはおれの弟のつもりでいたな、とディロンは思った。》

ディロンの内心が書かれるのはめずらしい。
上の一文は、そのめずらしい、印象深い例だ。


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