盗まれた美女

「盗まれた美女」(ジョナサン・ラティマー 新樹社新社 1950)

訳は葉山しげる。
ぶらっく選書の一冊。

「ぶらっく選書」は背表紙にある文言。
裏表紙には「Black選書」とあって、丸善みたいなフクロウのマークがある。
タイトルの「盗まれた美女」も、そう書いてあるのは背表紙だけ。
表紙には「the Lady in the morgue」と英語で表記されている。
作者名も表紙では英語表記のみ。
ペーパーバックっぽくみえないこともないけれど、絵がいまひとつなので、そうみるには努力を要する。
当時はこういうのが格好よかったのかもしれない。
装丁は城所昌夫。

原書は1936年刊。
この本の初版は昭和25年(1950)。
手元にあるのは再販で、昭和30年のもの。
古本屋で、50円で買った。
(ちなみに、国会図書館で検索してみたら、さすが、ちゃんともっていた)。

早川書房から、「モルグの女」というタイトルの、同じ作者の本が1979年に出版されている。
たぶん、内容は一緒だろう。

さて、ストーリー。
舞台はシカゴ。
深夜の死体公示所に、何人かの男たちがいる。
男たちは、死体公示所の監視人と、新聞記者たち、それに主人公の私立探偵ウィリアム・クレーン。
記者やクレーンがここいるのは、昨晩はこびこまれた身元不明の美女のため。
美女の知りあいが、だれかやってこないかと待っているのだ。

そのうち、退屈しのぎに記者2人とクレーンはゲームをはじめる。
あらかじめ肌の色をきめておき、死体の入った戸棚をつぎつぎと開けていって、ポイントを競うという、趣味の悪いゲーム。
身元不明の美女の戸棚も開ける。
アリス・ロスという名前で、安ホテルで自殺していたということ以外、なにもわからない。

すると、客がきたのでゲームは中断。
客は、美女の知り合い。
美女が思っている人物かどうか確認しにきた。
そこで、死体置場にまたもどってみると、監視人は死亡しており、美女の死体は消えている。
一体なにが起こったのか?

このあと警官がやってきて、当然クレーンは疑われたりするのだけれど、なんとかいい逃れる。
それから、クレーンはがぜん忙しくなり、アリス・ロス嬢が自殺したというホテルの部屋を調べたり、そしたら警官がやってきたので隣の部屋に逃げこみ、美女と同衾したり、アリス・ロス嬢は自分の妹かもしれないという金持ち青年の話を聞いたり、同じくアリス・ロス嬢を別のだれかと勘違いしている2組のギャングに狙われたり…。
同僚2人も合流し、かれらと軽口を叩きながら、クレーンはシカゴの町を奔走する。

3人称クレーン視点。
ジャンルとしては、軽ハードボイルドというところだろうか。
個人的には、右往左往小説とよんでいるもの。
たとえば、フランク・グルーバーの「ゴースト・タウンの謎」(創元推理文庫 1999)のような、登場人物たちが、本人もきっとわかっていないと思われるほど、あっちにいったりこっちにいったりする小説のことだ。

ただでさえ、意味不明なほどうごきまわってわかりにくいのに、加えて訳文が古くて飲みこみにくい。
仕方がないのでメモをとりながら読んだ。
訳文が古いのは、たとえばクレーンがギャングに脅かされるところ。
ギャングはクレーンに、「拳銃の鞘を革紐で括りつけた胴っ腹」をみせる。
これはたぶん、ホルスターに入れた拳銃をみせたんだと思う。

ほかにも、「乳当」はブラジャーのことにちがいないとして、「分類別電話案内」とはタウンページのようなものだろうか。
また、「美容室の毛髪電気乾燥機から流れでる風のように暑いムッとする大気」とは、「ドライヤーからでる風のように暑いムッとする大気」という意味か。

さらに、文章はときどきこんな風になる。
「ウィリアムズは試験的に酒を味わった」
…翻訳は、この50年でとても進歩したのだと実感。

ストーリーは途中、ずいぶん右往左往するけれど、ラストはちがう。
関係者全員が一堂に会し、クレーンが推理を披露して犯人が捕まる。
軽ハードボイルド調なのに、ラストは大時代な本格探偵小説のよう。
軽妙さと謎解きがいい具合に混ぜあわさっている。
これが、本書のいちばんの魅力だろう。

この本、古本屋で買ったといったけれど、扉のところに丸をした優の字が書かれていた。
元のもち主は満足できたよう。
それを知り、こちらも嬉しいかぎりだ。

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