散日拾遺

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3月26日 ナンシー梅木がアカデミー助演女優賞を獲得(1958年)

2024-03-26 03:34:01 | 日記
2024年3月26日(火)

> 1958年(昭和33年)3月26日、日本ではナンシー梅木の芸名で知られるミヨシ・ウメキが日本人として初めてアカデミー助演女優賞に輝いた。受賞作は1957年のハリウッド映画『サヨナラ』で、主演はマーロンブランドだった。実は、このアカデミー賞受賞は、日本人で初めてというだけではなく、英・米人以外の助演女優賞の受賞という意味でも初めての快挙だった。
 1929年、ナンシー梅木(本名梅木美代志)は九人兄弟姉妹の末子として小樽に生まれた。ピアノを習ったのがきっかけで音楽の道に入り、兄が進駐軍の通訳をしていた関係で、キャンプでジャズを歌うようになった。19歳で上京、1950年ゲイ・セプテットのボーカルを経て米軍横浜キャンプのクラブ専属歌手となり、1955年に渡米した。
 渡米してからの彼女は、チャンスに恵まれていた。人気テレビ番組に出演し、タレントスカウト番組で優勝する。実力を認めればチャンスを与えるのがアメリカである。こうして渡米して二年後に初出演したハリウッド映画で、見事にアカデミー賞の栄冠を手にしたのである。その後、ブロードウェイミュージカルや映画、人気テレビドラマなどに出演したが、1972年引退し、現在はロス郊外で暮らしているという。
晴山陽一『365日物語』(創英社/三省堂書店)P.91


Miyoshi Umeki
1929年5月8日 - 2007年8月28日

 そこそこの映画好きを自認していながら、このことは知らなかった。実力を認めればチャンスを与えるのがアメリカ ~ 真にその通りで、なるほど格好の実例ではある。
 『365日物語』の初版発行は2005年12月。残念ながらその少し後で鬼籍に移っている。

 『サヨナラ』の原作はジェイムズ・ミッチェナーの同名の小説。ミッチェナーは、同じく映画化された『南太平洋』の原作者でもある。もともと大学で教えたり編集の仕事をしたりしていたが、第二次世界大戦中に海軍で南太平洋戦線を経験した。それが1947年の最初の作品『南太平洋物語』"Tales of the South Pacific" に結実したということらしい。
 『サヨナラ』は1954年に上梓されている。その着想をどこで得たか、戦後に日本で取材するようなことがあったのか。
 ミッチェナーの三度目の妻は日系人とのこと。戦争をはさんだ文化交流の諸相であり、女性たちの物語でもある。


James Albert Michener
1907年2月3日 - 1997年10月16日

Ω

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