散日拾遺

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ガソリンタンクの食養生

2021-12-06 08:14:02 | 日記
2021年12月6日(月)

 …体調管理やスタミナ確保にも関心を寄せ、登板した夜は水分補給のみで何も食べずに就寝し、翌日の軽食から次第に食事を増やして、登板前日には当時1枚3000円もするステーキなどボリューム満点のものを口にし、焼いたニンニクをガリガリとかじった。時間をかけてゆっくり食べる「米田ディナー」は、金田のキャンプ時代の鍋と共に有名。この米田ディナーのカギを握っていたのが、元松竹の映画女優であった夫人で、急なリリーフの場合を除き、先発予定日に合わせて食材を用意。ローテーションが変わったり、登板日が読めなくなると、監督の西本に直接電話して夫がマウンドに登る日を聞きだすとまで言われていた。
Wikipedia

 朝刊を見ていたら、2年ぶり開催のシニア甲子園に能代OBの先発として山田久志が登板したという記事があり、そこから始まる日本昔話。なるほど山田は凄かったが、同じ阪急に凄い投手はいろいろいた。元祖サブマリンの足立光宏は日本シリーズにめっぽう強く、初めは巨人、江川事件以来ヤクルトファンの当方にはいつも憎らしい壁だった。やや遡って梶本、そして米田である。
 生涯通算勝利数、山田284(歴代7位)、足立187(同30位)、梶本254(同9位)、米田350(同2位)!

 米田哲也、1938年生まれ。鳥取県出身。プロ野球歴代2位(達成当時は歴代1位)の949試合に登板し、歴代2位の通算350勝を記録した。通算先発626登板、通算1940失点、通算1659自責点、通算120与敬遠、通算4561被安打の日本記録保持者。その驚異的スタミナから「ガソリンタンク」「人間機関車」「タフマン」などと呼ばれた。
 勝利数だけでなく、通算敗戦数でも左腕では金田が、右腕では米田がそれぞれ歴代1位。他にも奪三振、投球回数、被安打、与四死球はこの二人が左右の投手のそれぞれ歴代1位(与四死球に関しては米田のほうが多い)である。
 「たくさん勝っているは僕もそうだけど、カネさん、小山正明さん、鈴木啓示と弱いチームに長くいた選手が多い。強いチームに勝ちたいという反骨心が必要なんでしょうね。」
 現役22年で肘や肩の故障はほとんどなかったことが誇りというが、その裏には周到な節制があり、パートナーの支えがあった。

 この項、以上はすべてWikipediaのコピペである。伝記作家が本格的に調べて書いたら、さぞ面白い豪傑伝が生まれることだろう。

 

マウンドに仁王立ちする阪急時代の米田哲也(1968年)。この年は29勝(写真=共同通信) 

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