はんどろやノート

ラクガキでもしますか。

エドガー・アラン・ポー

2008年10月19日 | ほん
 西暦1900年__といえば、19世紀末であるが、その年の9月、ロンドン留学を命じられた夏目漱石は、横浜よりドイツ汽船プロセイン号に乗り南洋へ向けて出港。途中、シンガポールから妻鏡子へ手紙を送っている。その手紙の中にこういう文をみつけた。

〔其許(そこもと)は歯を抜きて入歯をなさるべく候。只今の儘にては余り見苦しく候。〕

 鏡子よ、おまえは歯並びがわるい、だから入歯にせよ、と漱石は言っているのである。
 なんというか… 僕には20代の妻に入歯をすすめるこの漱石のセンスがわからない。 … が、おもしろい。

 さらにプロセイン号はインド洋を西へ行き、紅海を通り地中海へ。漱石は。イタリア・ジェノバで汽船を降り、列車でパリへ。
 1900年、パリ万国博覧会が開かれていた。漱石はこれを見学。

〔今日は博覧会を見物致候が大仕掛にて何が何やら一方向さへ分り兼ね候。名高き「エフエル」塔の上に登りて四方を見渡し申し候。是は三百メートルの高さにて人間を箱に入れてこう鋼条にてつるし上げつるし下す仕掛けに候。〕

 つまりエレベーターに乗って漱石は、エッフェル塔に登ったのである。



 以上は前置き。今日のテーマは、まず、フランス・パリ。(あとで、ボルネオ島)
 「パリ」といえば、凱旋門。それから僕はピカソとかモジリアーニとかの画家を思い浮かべるのだが、その次に出てくるイメージは、山口百恵主演のTVドラマ『赤い疑惑』の、「パリのおばさま」(←岸恵子)。 ただし、今はそれらの話がしたいのではない。


 今、将棋竜王戦七番勝負がパリで開幕したのである。 (ということで今回はパリのネタを書こうとオモイマス。)
 先手渡辺明竜王に対し、後手挑戦者羽生善治は、今流行の(といってももう流行りだして4年くらいになるが)「一手損角換り戦法」。 2日制で、時差があるので、決着は月曜日の早朝になりそう。
 


 さて、話はまた漱石へ。漱石のあの「黒猫」___これは黒にちかいトラ縞猫なのだけど___このブログでは、そこから話を色々とつなげて展開してきた。
 「黒猫」というもの、日本ではもともとは「福猫」であったらしい。病気をなおす力があるとされていた。ところが、欧米のキリスト教文明では、白は善、黒は悪、というイメージが強くあって、黒猫は不吉だとされていた。それに加えて作家エドガー・アラン・ポーの『黒猫』が日本に入って来て、これがとても怖くて強烈な話だったので、黒猫のイメージが日本でも不吉のほうへ傾いてきたようだ。
 エドガー・アラン・ポーはアメリカの作家で、19世紀前半の人(1809-1849)。 ポーが『黒猫』を書いて発表したのは1843年。
 日本でその『黒猫』を最初に翻訳したのは饗庭篁村(あえばこうそん)という人で、1887年。おもしろい偶然だが、これを翻訳した時にこの人、根岸に住んでいたらしい。根岸御隠殿という場所で、ここは子規の住んでいた家(=子規庵)のすぐそば(数百メートルの距離)なのである。(ただし、篁村が『黒猫』を翻訳した明治20年、子規はまだ学生で本郷あたりに下宿していたが。)
 そして饗庭篁村はポーの『モルグ街の殺人事件』も翻訳している。

 じつは今回の記事では、『モルグ街の殺人事件』の話をしたいのである。
 が、その前に『黄金虫』のことを書いておく。

 僕が小学校の図書館で、最初に読んだ本がポーの小説『黄金虫』だった。この本は借りたのではなく、図書館で全部読んだ。それはたぶん授業の中の、「読書の時間」か何かで、僕は三年生か四年生だったと思う。図書館で本を借りるということを、僕はまだこの時、したことがなかった。周りの友達らも、そういう人があまりいなかったので、わざわざ行き慣れていない三階の図書館(教室は二階だった)まで行くという習慣がなく、本を読むという面白さもまだ知らなかった。
 『黄金虫』は、「おうごんちゅう」とも「こがねむし」とも読めるが、僕としては、「おうごんちゅう」と読みたい。これは「宝さがし」の話だから。
 今読むと、ポーの『黄金虫』はけっこう(子供には)むつかしい。だから僕が読んだのは子供向けにやさしい文章で翻訳したものだったと思う。『黄金虫』は、カリブ海の島に海賊が埋めた宝をさがしあてる話だが、その宝の場所を示す「暗号」の解読をするという展開になる。その「暗号」は、おそらく英語をカモフラージュしたものであり、英語では最も多く使われる文字が「e」であることからその暗号解読を解いていく、というところをよく憶えていた。英語を習ってもいない小学生が、よくこれを選んで最後まで読んだもんだと、今では思うが、でもたしかに読んだのだ。
 僕が図書館で本を何冊も続けて借りることに熱中するのは、もっと後で、小学5、6年生の頃である。読む本は、SFと、『江戸川乱歩・少年探偵シリーズ』(「江戸川乱歩」のペンネームは「エドガー・アラン・ポー」からとったもの)、それから『シャーロック・ホームズ』のシリーズなど…

〔 シャーロック・ホームズは立ちあがって、パイプに火をつけた。
 「もちろん君は褒めたつもりで、僕をデュパンに比べてくれたのだろうが、僕にいわせればデュパンはずっと人物が落ちる。 … 」 〕 
     (コナン・ドイル 『緋色の研究』)

 シャーロック・ホームズといえば超有名なロンドンの名探偵で、生みの親は作家コナン・ドイル。イギリス作家のドイルがこのホームズのシリーズの最初の作品『緋色の研究』を発表したのは1887年。
 ということは1900年にロンドンへ行った夏目漱石も、この名探偵ホームズのシリーズを読んだだろうか。たぶん、読んだだろう。漱石の興味を惹いたかどうかはともかく。
 このコナン・ドイルがこの推理小説を創作するにあたって手本にしたのが、エドガー・アラン・ポーの小説なのである。というわけで、ポーは推理小説の元祖ということになっている。
 こうしてみると、僕の中でのエドガー・アラン・ポーの影響度は相当なものだとわかる。いや、本好きだった小学生なら、みんなそうかもしれない。


 エドガー・アラン・ポー『モルグ街の殺人事件』は、パリを舞台とした推理小説であり、これが史上最初の探偵もの推理小説とされている。パリ・モルグ街で殺人事件が起こった。それを解決したのが、探偵C・オーギュスト・デュパン__もちろんポーの創作上の架空の人物である。ホームズよりも46年早く小説界に登場した「名探偵」、それがデュパンである。

 モルグ街に住むある母娘が誰かともみあって殺されるという事件が起こった。不可解な殺され方で、そのときに「声」を聞いたという住人も、何語なのかわからなかった。
 と、そういう事件を名探偵デュパンが鮮やかに解決するのである。
 実は、僕はこれを数週間前にはじめて読んだのだが。前置きが長くて、短編のわりに読みにくい印象だ。(これに比べるとホームズはすごく読みやすい。)

 ええ~と、推理小説の結末をばらすなんてのは、エチケット違反というもの。ですよね~、それが常識。でも、いまさらこの小説を読む人もいないだろう、なんて勝手に決めて、ええーい、オチをばらしちゃえ! (ていうか、もうばらしちゃっている…のだけれ…ど… )

 「モルグ街の殺人事件」、この事件の犯人は____!!  それは…


 それは、オランウータンなのでした!

 翻訳によっては「猩々(しょうじょう)」となっています。猩々というのは中国に伝えられる伝説の怪物なのですが、日本でこの怪物の名前がこの熱帯産の動物オランウータンにつけられたようです。
 『モルグ街の殺人』に犯人として登場したこの大型のオランウータンは、ある船員がお金儲けのために、ボルネオ島からパリまで連れてきたのだった。それが逃げ出してモルグ街に紛れ込み殺人を犯してしまったのである。
 デュパンは、「オランウータン買います」というような広告を新聞に載せ、すると犯人であるオランウータンの持ち主(船員)がノコノコとデュパンのところにやってきたのであった。


 さて、では、話題は、真犯人君の故郷、「ボルネオ島」へ。
 日本の南、赤道のあたりのある大きな島、それがボルネオ島。ただしボルネオという呼び名は欧州のもので、地元の呼び名は「カリマンタン島」。 国でいうと、この島はマレーシアとインドネシア共和国、それとブルネイになる。
 オランウータンは、「森の人」とも呼ばれ、このボルネオ島とその隣にあるスマトラ島と、この2つの島の熱帯雨林にしか生息していない。森林破壊がすすんできてオランウータンもその個体数が減少しており、ワシントン条約でペットとしての輸出入は禁止になっている。ところが1998年に日本のペットショップで違法に4頭売られていて騒ぎになったことがあるようだ。


 さて、話はまた「次」へとぶ。僕の子供時代の思い出話。

 「ボルネオ島」という名前を、小学生の時に、僕は、近所のともだちのヨウちゃんから聞いた。
 ヨウちゃんとはよく遊んだ。歳がひとつちがうので、あそんだのはおもに幼時から小学生時までだけど。
 ヨウちゃんのお父さんは、「船乗り」なのだった。 僕の田舎は、山に囲まれた盆地で、海はないのだが、でも、だからこそ、ヨウちゃんのお父さんは海に強く憧れて「船乗り」になったのかもしれない。ヨウちゃんのお父さんは、普段はだから、家にはいなかった。いつも船に乗って外国に行っているのだ。2年ぐらいずっと海の上にいて、休みがもらえると帰ってきて半年くらい家にいる。海賊の出てくる小説の船長と同じように、アゴヒゲ(ジョージルーカスのような)を生やしていた。おまけにパイプでタバコを吸っていて…。ベタな人だったなあ…と振り返って今は思うのだけど、そんなふうにヨウちゃんのお父さんは、近所のほかの大人と見かけがちょっと違っていた。「異国の雰囲気」があったのだ。パパって呼びたくなるような。だけどヨウちゃんたち子供は「お父さん」と呼んでいたし、家はふつうに土間があって畳のあるありふれた田舎の小さな家だったし、お母さんもまわりの人と変わらない感じだったけど。パイプにヒゲのお父さんだけが、微妙に「異国」だった。
 ヨウちゃんのお父さんは、子供達のためによく外国の「おみやげ」を買ってきた。それは、日本の店では見たことがないような形をしたチョコレートだったり、モデルガンだったり、かわった植物(食虫植物とかサボテンとか)だったり。たぶんお父さんは、普段は家にいなくて子供にさみしい思いをさせているので、その代わりにとおもしろいものを選んで買って来ていたのだ。俺は海の男で外国に行っているんだぜ、という自慢でもあっただろう。
 ヨウちゃんの「ヨウ」は太平洋の「」なのだ。もちろんお父さんがつけた名前だ。



 そうそう、「ボルネオ島」の話をするんだった。
 ヨウちゃんのお父さんはよくオウムやインコをおみやげに買って帰った。それで僕は、ヨウちゃんの家で、インコがひまわりの種を食べるところをよく見たものだ。田舎にはペットショップなどないので、そういう鮮やかな色の鳥は僕らにはとても珍しく感じた。でも、インコにとってはかわいそうだったかもしれない。というのは、僕らの田舎は冬は雪が積もる寒冷地だったから。当時はどの家もエアコンなどなかったし、インコたちも冬を越せず死んでしまうこともあったようなのだ。
 「このインコは、ボルネオ島のインコなんじゃ。」
とヨウちゃんが言ったので、僕はそれ以来、学校の壁に貼ってある世界地図を見ながら、「ボルネオ島の形」をしっかり意識したのだった。たぬきが服を着ているような形の島だと思った。(この島にオランウータンも住んでいるわけだ。)


 船乗りのお父さんとは関係がないと思うが、それ以上に、ヨウちゃんの家には僕が羨ましく思うものがあった。
 「なつめの木」だ。 なつめの木は秋になると実がなって、それが欲しいだけ食べられるヨウちゃんの家がとても羨ましかったのだ。
 「なつめを食べよう」と、ヨウちゃんはよく僕をさそってくれた。ヨウちゃん家のなつめの木は大きくて、屋根よりも高く、僕らは屋根に登って、その実をとって食べた。


 小学生の時、僕は、仔猫を拾ったことがある。結局、その子を飼うことにはならなかったのであるが…。
 その仔猫に「なつめ」と名前をつけたことを、最近、思い出した。そう、なつめの木のなつめの実からとった「なつめ」である。この「なつめ」は、夏目漱石の「夏目」とは全然関係がない。…なのだけど、偶々に「夏目」と「なつめ」とが、いまここで「猫」を間に置いて僕の中でつながって、それでその仔猫のことを思いだしたわけで…。
 仔猫の「なつめ」のこと、これはまた、別のときに話すとしよう。



 ヨウちゃんはまた、僕が図書館で本を借りたいと思いはじめたキッカケをつくった人でもある。
 小5の夏のある日、ヨウちゃんが、図書館で借りてきた本を僕に見せた。その本には挿絵があり、それを見せつつヨウちゃんはストーリーを説明しはじめたのだった。それがとっても面白そうだったので、僕も読みたくなったのだった。
 その本の題名は、『宇宙船ビーグル号の冒険』(ヴァン・ヴォークト著)。
 「SF」という言葉もその時に知った。「SF」…「えすえふ」…なんだかかっこいいぞ! 「えすえふ」にときめいて、僕は小学校舎三階の図書館へ(勇気をもって)一人で行ったのである。
 「SF小説」の元祖をたどっていくと、19世紀後半のフランス作家ジュール・ヴェルヌにたどり着く。SFの父などと呼ばれる人物でこの人もフランス生まれ。そのヴェルヌがSF小説を書く上で大いに参考としたのが、実はエドガー・アラン・ポーなのであった。なるほど、アイデアとして似ている作品がある。たとえば、ヴェルヌの出世作は『気球に乗って五週間』だが、気球に乗って旅をするという物語はポーがすでに1835年に書いている。それが『ハンス・プファールの無比な冒険』である。ハンスは気球に乗って、ついに月にまで飛んで行く…。
 wikipediaで知ったのだが、ジュール・ヴェルヌが1863年に書いて未発表のままの『二十世紀のパリ』という近未来小説が、1991年になって発見されたそうだ。なんと100年以上も誰にも知られず眠っていた本なのだ。 これ、読んでみたい!


 ___ということでこの稿もぐるっとひと回りして「パリ」へ帰着。 (いや~色々と詰めこんだなあ…)
 「モルグ街」ってのをパリの地図の中でさがしてみても、見つからず。それもそのはず、どうやら架空の「街」らしい。


 竜王戦は一日目終了、羽生名人が封じました。羽生さんの封じ手はきっと△2四同歩、これは間違いないですね。2日目は、日本時間で今日午後4時開始です。
 パリの名探偵デュパンのように、鮮やかに頭脳の切れ味を示すのは、さあどちら? (俺のほうが凄い、とロンドンのホームズ氏は言うのだけれどね。)

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2 コメント

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まだ読んでないのに (hako)
2009-06-02 20:35:42
ネタバレすんなよ~あやまれ~
返信する
それは、 (han)
2009-06-02 22:35:54
すみませんでした。


この長い駄文を読んでくださってありがとうございます。
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