人は目標を達成すると迷い始める。
天下統一という目標がほぼ完成した時、秀吉(竹中直人)は、
「関白にまで上り詰めたこのわしには、もはやこの手に入らぬものなどない。
じゃが茶々だけはこのわしに見向きもせぬ。そこがたまらんのじゃ。
逃げれば逃げるほど追いかけたくなるというものじゃ」
と、茶々(二階堂ふみ)というあたらしい目標に。
官兵衛(岡田准一)も九州、関東を臣従させて天下統一という目標を完成させるという課題はあるが、あたらしい拠り所を求めている様子。
その拠り所がキリスト教だった。
きっかけは有岡城幽閉時に聞いたクリスチャンの歌。
そして、だし(桐谷美玲)の献身。
だしの献身について、高山右近(生田斗真)はこう説明する。
「苦しい時ほど隣人を大切に思うのがデウスの御教えにございます」
目標を失って、秀吉が<個人的な欲望・妄執>に進んだのに対し、官兵衛は<博愛>の道に進んだ。
完全に道を分かったふたり。
だから欲望に生きる秀吉は官兵衛のことが理解出来ない。
「殿下のもと、天下が静まる事のみを望んでおりまする」と語る官兵衛に対し、
「無欲な男ほど怖いものはないのう」
秀吉にとっては<無欲な人間>など存在しないのだ。
人間は必ず何らかの欲を持っている。
その欲を満たしてやれば、その人間は臣従する。
これが秀吉の人間観。
だから欲がない官兵衛のことは信じられない。
裏で何かを画策していると考えてしまう。
道薫(田中哲司)に関しては、解釈を間違えていました。
僕は道薫を枯れ果てた諸行無常の世捨て人と考えていた。
しかし、道薫の心の中には激しい炎がくすぶっていた。
激しい炎が再燃したのは、茶々の要望で、有岡城のことを話した時。
裏切った右近に浴びせられる恨み、つらみ。
妻や家臣を捨てて逃げた自分への嫌悪。
その怒りの矛先は茶々にまで。
「茶々様。父、母を殺されながら、何故、仇のもとで生き長らえておられるのです?あなた様も私と同じ化け物でございます」
秀吉に対しては、
「天下惣無事など絵空事にございます」
道薫の中には、自分自身や他者に対する怒りがうずまいていた。
悟りなどとは程遠い心の中。
そんな道薫を救ったのが、息子の存在。
息子を抱きしめて、「だし、すまなかった……」
息子との別れの祭には、「絵が好きならその道を極めるがよい」
<渇ききった心が潤いを取り戻した>瞬間だ。
道薫の死はナレーションだけで、具体的に描かれませんでしたが、心安らかな死だったと思います。
天下統一という目標がほぼ完成した時、秀吉(竹中直人)は、
「関白にまで上り詰めたこのわしには、もはやこの手に入らぬものなどない。
じゃが茶々だけはこのわしに見向きもせぬ。そこがたまらんのじゃ。
逃げれば逃げるほど追いかけたくなるというものじゃ」
と、茶々(二階堂ふみ)というあたらしい目標に。
官兵衛(岡田准一)も九州、関東を臣従させて天下統一という目標を完成させるという課題はあるが、あたらしい拠り所を求めている様子。
その拠り所がキリスト教だった。
きっかけは有岡城幽閉時に聞いたクリスチャンの歌。
そして、だし(桐谷美玲)の献身。
だしの献身について、高山右近(生田斗真)はこう説明する。
「苦しい時ほど隣人を大切に思うのがデウスの御教えにございます」
目標を失って、秀吉が<個人的な欲望・妄執>に進んだのに対し、官兵衛は<博愛>の道に進んだ。
完全に道を分かったふたり。
だから欲望に生きる秀吉は官兵衛のことが理解出来ない。
「殿下のもと、天下が静まる事のみを望んでおりまする」と語る官兵衛に対し、
「無欲な男ほど怖いものはないのう」
秀吉にとっては<無欲な人間>など存在しないのだ。
人間は必ず何らかの欲を持っている。
その欲を満たしてやれば、その人間は臣従する。
これが秀吉の人間観。
だから欲がない官兵衛のことは信じられない。
裏で何かを画策していると考えてしまう。
道薫(田中哲司)に関しては、解釈を間違えていました。
僕は道薫を枯れ果てた諸行無常の世捨て人と考えていた。
しかし、道薫の心の中には激しい炎がくすぶっていた。
激しい炎が再燃したのは、茶々の要望で、有岡城のことを話した時。
裏切った右近に浴びせられる恨み、つらみ。
妻や家臣を捨てて逃げた自分への嫌悪。
その怒りの矛先は茶々にまで。
「茶々様。父、母を殺されながら、何故、仇のもとで生き長らえておられるのです?あなた様も私と同じ化け物でございます」
秀吉に対しては、
「天下惣無事など絵空事にございます」
道薫の中には、自分自身や他者に対する怒りがうずまいていた。
悟りなどとは程遠い心の中。
そんな道薫を救ったのが、息子の存在。
息子を抱きしめて、「だし、すまなかった……」
息子との別れの祭には、「絵が好きならその道を極めるがよい」
<渇ききった心が潤いを取り戻した>瞬間だ。
道薫の死はナレーションだけで、具体的に描かれませんでしたが、心安らかな死だったと思います。
>秀吉にとっては<無欲な人間>など存在しないのだ。
>だから欲がない官兵衛のことは信じられない。裏で何かを画策していると考えてしまう。
なるほど!ですね。
今後は秀吉との間が益々辛くなりそうです。
来週は「よき同僚」であった蜂須賀小六も亡くなるようですし。
>道薫の中には、自分自身や他者に対する怒りがうずまいていた。悟りなどとは程遠い心の中。
だから、利休は「この魂を救うために」と言って道糞(当時)を官兵衛に紹介したわけでした。
取りあえず、この魂は救われたようで何よりです。
当面は利休が官兵衛の味方になりそうな気配ですが、その利休の運命も周知の通り。
利休と共に「良識派」、つまり三成一派に対する抑えとなっていたのが秀長ですが、ちょっと目立ちませんね。
もう少し存在感があってもよいように思いますが。
結局、今後官兵衛はかつての小寺家の中と同じような立場に置かれてゆくような気がします。
秀吉が拡大版「御着の殿」に、三成が拡大版の櫛橋左京進に、という具合に。
いつもありがとうございます。
>利休は「この魂を救うために」と言って道糞(当時)を官兵衛に紹介したわけでした。
そう言えば、利休は「この魂を救うために」と言っていましたね。
この時、僕はこの言葉の意味がよくわからなかったのですが、今回ではっきりしました。
小六、利休、秀長……歴史というのは面白いもので、なぜか「良識派」の方が先にいなくなっていくんですよね。
秀吉は<派手好み>、利休は<わび・さび>。
秀吉の価値観は、経済を精神的なものより最優先する現代日本社会を思わせます。
あるいは、小六は<民衆の間から出て来たたたき上げの政治家>、三成は<官僚>。
このあたりも現代日本社会ですね。
>今後官兵衛はかつての小寺家の中と同じような立場に置かれてゆくような気がします。
面白い見方ですね!
主君に懸命に仕え、その主君に裏切られる。
結局、同じことを繰り返してしまう官兵衛。
人は持って生まれた思考方法を簡単に変えられるものではないんですね。
このあたりが官兵衛の限界だったのかもしれません。
今後はキリスト教の信仰が官兵衛にどんな影響を与えるのか見ていきたいと思っています。