ラムの大通り

愛猫フォーンを相手に映画のお話。
主に劇場公開前の新作映画についておしゃべりしています。

『それでもボクはやってない』

2006-11-20 23:30:34 | 新作映画
※カンの鋭い人は注意。※映画の核に触れる部分もあります。
鑑賞ご予定の方は、その後で読んでいただいた方がより楽しめるかも。



----“全世界衝撃のとことん社会派ムービー”?
これって周防正行監督の作品だよね。
彼ってコメディの人ってイメージがあるけど…。
「そうなんだよね。
今回も最初はコメディのつもりだったというのを
どこかで読んだような記憶がある。
ところが、題材を調べているうちに
日本の裁判に疑問を抱き、
本格社会派ドラマへと変わっていったようだ」

----確か、テーマは痴漢の冤罪事件だよね?
「うん。
ここで断っておきたいのは、
この映画は、主人公が有罪か無罪か、真実はどこに?という
『真実の行方』タイプの映画ではないということ。
試写では、『あなたは無罪と思うか有罪と思うか?』みたいな
アンケートを取っていたけど、
それって話題作りには効果的かもしれないけど、
あまり意味がない」

----どうして?
「だってタイトルがズバリ、中身を表している。
『それでもボクはやってない』。
この映画が描いているのは、
刑事事件で起訴された場合の有罪率99.9%という
驚くべき数字の裏側。
欧米では推定無罪が普通。
『十人の真犯人を逃すとも一人の無辜を罰するなかれ』という
格言もあるように、日本でも本来ならば
“疑わしきは罰せず”であらねばならない」

-----そうはなってないの?
「そういうことだね。
なぜならば、もし無罪にしてしまうと、
警察の誤認逮捕、検察の起訴の誤りを認めることとなり、
権力機構に傷がつくわけだ。
この映画では、“疑わしきは罰せず”で無罪判決を重ねた裁判官が
なんと左遷されると言う実態まで描いている。
周防監督は、この裁判のあり方に怒りを覚えているわけだ。
『それはもしかすると、
今現実に日本に生きている多くの人たちの
気持ちの反映かも知れません。
多くの人に取って、「疑わしきは罰せず」よりも
「疑わしきは捕まえといて」の方が本音に近いのかも知れません』。
これは周防監督の言葉だけど、
鋭く今の日本の現状を見据えていると思う。
つまり、この映画は痴漢の冤罪事件裁判という
一見、特殊な事件を描いているように見えながら、
実はすこぶる現代的な日本評となっているわけだ」

-----けっこう、骨太というわけだ。
「うん。
くどいようだけど、
この映画はハリウッドによくあるような
リーガル・サスペンスにはなってはいない。
真っ正面から日本の裁判に向き合っている。
コメディだけではなくシリアスもいける……
周防監督は、まさにビリー・ワイルダーの道を歩もうとしているかのようだ。
ただ、そこで描かれる世界が
あまりにも日本的なところから、
アメリカあたりから見ると、
ちょっと理解しがたいかもしれないね。
なにせ『十二人の怒れる男』という名作を生んでいる国だから…」

-----映画は2時間半近くあるよね。
退屈はしなかったの?
「うん。前半の留置、勾留シーンでは、
普通の人が名前を呼び捨てで呼ばれ、
その行動を強制されると言う不条理を
体制側のルーティンの中で描き、
観る者を主人公(加瀬亮)と同じ不安の中に叩き込む。
一方、後半の裁判シーンでは、
判決の行方が裁判官の心証で変わると言う、
これまた戦慄の恐怖を見せてくれる。
しかもそれらはテンポよく進み、
まったく飽きることない。
たとえば、主人公の母(もたいまさこ)と友人(山本耕史)が
弁護士事務所を訪ねるシーン。
そこでは椅子に座って不安げなふたりと、
仕事にいっぱいいっぱいで
彼らに見向きもしない弁護士たちの姿が描かれる。
さて、フォーンならこの後、どう写す?」

-----やはり『お待たせしました』と弁護士が現れ、
話を聞くんじゃない?
「いやいや。これが違うんだ。
次のシーンでは瀬戸朝香扮する女性弁護士が被告(加瀬亮)と接見。
主任弁護士(役所広司)が行くのかと思っていただけに
これは完全に虚をつかれたね。
なにせ二人の弁護士の前打ち合わせさえ描かれないのだから…。
こういう省略の妙が映画をオモシロくする。
脚本は誰だろうと思ったら、これも周防正行。
もうまいりましたって感じだったね」


                      (byえいwithフォーン)

フォーンの一言「えいも気をつけるのニャ」身を乗り出す


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16 コメント

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傍聴マニア (隣の評論家)
2007-01-08 17:04:30
>試写では、『あなたは無地と思うか有罪と思うか?』みたいな
アンケートを取っていたけど、

こんにちわ。えいさーん、『無地』ではなくて『無罪』ですよね?

私の行った試写会でも、『無罪か有罪か?』アンケート用紙もらいました。裏面に感想を書いてくれって言うから、スペースが足りないわよってくらいに一杯書いてみました。
ブログに書くのを忘れてしまったのですが、本作の【傍聴マニア】というキャラクターが面白いと言うか強烈だったと言うか。出番は少ないのですがインパクトありました。実際に居るんですかね
返信する
■隣の評論家さん (えい)
2007-01-08 18:36:34
こんばんは。

ありゃりゃ、ほんとだ。
「無地」になっている(汗)。
ご指摘、ありがとうございます。



傍聴マニア、いそうですね。
よく、わいせつ関連の犯罪では、
そう言う人が多いと言うことを聴いたことがあります。
監督は、緻密な取材を元に映画を作っていますから、
おそらく、その網に引っかかったのでしょう。

返信する
Unknown (april_foop)
2007-01-09 00:17:29
こんばんは!

えいさんも傍聴希望がおありでしたか! 奇遇ですね。
試写の「有罪」「無罪」、けっこう迷ったものの「無罪」に入れました。
いろんな意味で、かなり世間を賑わしそうな映画でしたね。
返信する
■april_foopさん (えい)
2007-01-09 23:31:13
こんばんは。

学生時代の友人が、苦節ン十年で弁護士になりました。

翻って自分はと言うと……
同じく法律をかじっていながら、
法廷に足を踏み入れたことすらないと言う情けなさ(汗)。

この映画を観て頭から「主人公は無罪」と決めつけるくらいですから、
初めから法の世界には向いていないのかも知れません。

あっ、でもリーガルサスペンスは好きです。
返信する
そうでしたか (april_foop)
2007-01-11 01:15:19
法律を専攻されてたんですね。
向き不向きはわかりませんが、映画に対する客観性を拝見する限り、
十分法律家の素養があるようにも思いますよ。

こうなると外国の裁判にも興味が出てきますね。
返信する
■april_foopさん (えい)
2007-01-12 10:59:11
おはようございます。

う~ん。客観的に見えますか?

自分は主観で喋る方だと思っていました。
涙もろく、
情に流されやすいので…(笑)。

学生時代の仲間には、
熱い正義感を持った友人が多く、
そういう環境で10代後半から20代前半を過ごしたこともあって、
ジョン・グリシャムものなんかは、
観ているうちに
いつしか引き込まれてしまいます。

返信する
タイトルそのものでした (たいむ)
2007-01-20 19:43:23
こんばんは。
>もうまいりましたって感じだったね
同感です。
タイトルからしてまずそうでしたし、主人公に感情移入させるようにしながらも、客観視を要求するような感じであり・・・。
キャストもとても良かったですし、ホント「参りました」でした。
返信する
無実≠無罪ではない恐ろしさ (悠雅)
2007-01-20 20:03:17
こんばんは。
TB返しありがとうございました。
こちらのTBの調子が悪く、届いているかどうか確信が持てず、
改めて出直そうと思っていたところでした。

犯罪を犯さなかったこの証明は、とても難しいだけではなく、
日本人的発想で行われる裁判の怖さを知って、
何もそれは、痴漢だけではない、自己防衛の方法はあるのかと、
あれこれ考えてしまいます。

痴漢だけなら、両手を吊り革上部を掴んでいれば、何とか回避できそうですが、
明日、どんな災難が降りかかるかと思うと、
ちょっと怖くなります。
返信する
■たいむさん (えい)
2007-01-20 23:57:23
こんばんは。

コメントありがとうございます。
タイトルだけでは中身が想像つきにくい映画が多い中にあって、
この作品はズバリ核心を突いたタイトル。
その分かりやすさと、
観客に真っ正面から向かい合う姿勢が
周防正行映画の魅力と言う気がします。
返信する
■悠雅さん (えい)
2007-01-21 00:02:43
こんばんは。

一時期、エロ系のTBが多かったため
TBを一時保留・承認制にしております。
そのためご迷惑をおかけしたかも知れません。

さてこの映画、
いちばん驚いたのは
「疑わしきは罰せず」という裁判の基本が
日本では通用しないと言うこと。
警察、そして検察のメンツのため、
起訴されたらほとんどが有罪と言うのも、
簡単には信じられないことでした。

こうなると、
とにかくちょっとでも巻き込まれないようにするしかない。
なんだか、びくびくしながら
毎日を生きていかなければならない気もして、
少し悲しくもありますが…。
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