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一日一句(3067)






どこまでも名月無言であるが佳き






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一日一句(3066)







寂しさになんでもの喰ふ月夜かな






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往還日誌(93)







■9月29日、金曜日。御所東側、寺町御門。

朝から、カンカン照りだった。

パスカルに関する記事にアクセスがあり、何気なく、パスカルのシリーズを読み始めると、2010年くらいの日記ともなっており、なかなか面白かった。なにか、きっかけがないと、過去ログは読まないが、記録をどんな形でも残しておくと、過去との比較ができる。

10年前と同じ部分や違う部分、進展したところや後退したところ。歴史というものの、ミニチュアを見るような気がした。

支配権力というものは、歴史性がないか、言い換えれば、時間が「現在」しかないか、支配権力を正当化する「過去」をでっちあげるか、そのどちらしかないので、こういう、極私的なブログのようなものが、将来、消されずに、残るとしたら、なにがしかの意味もあるかもしれない。

きょうは、中秋の名月だった。

仕事が遅くまでかかり、深夜、南西の空高くに、月を見た。

外に出ると、京都は、この時間は、半そでではもう寒い。

9月の京都滞在も、あと、一日半。

今回も善戦したと思う。

御所外周を回ることが習慣になりつつあるのが収穫。

京都観世会館で、隣に座ったおばちゃんが、やけに意識するので困った。

とくに、もてたくもないのに、もてているのか。

今度は、自由席にしよう。




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一日一句(3065)






ここよりは道なき道や乱れ萩






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往還日誌(92)






■9月28日、木曜日。

朝、ストレッチをして、掃除して、若宮より持ち込んだ道具で薄茶を立てる。

その後、御所一周にでかける。

梨木神社で萩を見ていると、修学旅行で来たという東京世田谷の中学生に声を掛けられた。

梨木神社の手水舎の水は地元の人はどのように使用していますか、という質問なのである。

そりゃ、清めにきっまとろうや、と言いかけて、やめた。

梨木神社の手水舎は、普通の神社のように、手や口を清める竹の柄杓のある水の流れる台の脇に、蛇口が一つ突き出ていて、そこから清めの水を、ペットボトルなどに詰められるようになっているのである。

しかも、そこには、張り紙があって、500ml百円と書いてある!

この中学生たちは、この水の「地元での」使い道を聞いたのである。

いいところを突いている。

観光客が飲み水として使うのではなく、地元ではどう使っているのか、という質問なのである。

これは、答えに窮した。

端的に知らないからである。

想像だが、お茶を淹れたり、珈琲を淹れたり、やはり、飲むために使うのではないだろうか。

ちなみに、地元の人が水を汲んでいるのは見たことがない。

帰りがけに、その蛇口を通りかかると、中学生たちは、水を飲んでいた。冷たくて気持ちがいい、と言いながら。

もちろん、百円払った気配はなかった。

それでいいのだ。かみさんが、金とるなど、とんでもない。

一周、50分ほどでまわると、やはり、汗はかく。

ウォーキング用のジャージなどは、用意がないので、ずっと、普通の黒いズボンで、インターバル・ウォーキングしていたが、やはり、ジャージくらいは必要だろう。

帰りに、アイハートでムネ肉を買う。



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一日一句(3064)







地の底の聲なき聲や百日紅






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一日一句(3063)







白萩やすこし遅れて女人あり






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往還日誌(91)







■9月26日、火曜日。

めづらしく8時間半、覚醒なしで眠れた。気候が良くなってきた証拠だろう。

朝、御所の周りを、時計回りに、インターバル・ウォーキングを行う。時計回りだと、ジョガーなど、向こうから来る人の顔が見えて面白いのである。

御所の周りは、週末はもちろん、平日も、ジョギングをするひとが多い。しかし、ウォーキングをするひとはまだ見たことがない。インターバル・ウォーキングに至っては皆無である。

観光で来ている人々のそぞろ歩きはあるけれども。

今、御所の門の名前を覚えようと思っていて、東側の3つの門は覚えた――石薬師御門、清和院御門、寺町御門。北に1つ、東に3つ、南に1つ、西に4つの計、9つの門がある。

ネットで調べれば、名前はすぐにわかるが、その存在のありようと一致させたいので、時間をかけている。

だいたい、インターバル・ウォーキングで、一周すると、50分程度かかる。

東側の駐車場付近に彼岸花が咲いていた。京都は、まだ、これからのようで、つぼみがたくさんついていた。

これも、京都で3つのライフワークを完遂するための条件作りの一環なのである。




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一日一句(3062)







ゆびさきに風はからまり萩の花






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往還日誌(90)







■9月22日、金曜日。

朝、牛乳を一杯飲んで、御所の散策。石薬師御門の周辺の欅は葉が黄葉し始めている。ポツリポツリと秋雨が腕に落ちかかる。

今週は、ずっと忙しく、仕事が終わるのが遅く、寝つきがよくない。2時、3時まで眠れず、良い睡眠がとれていない日が続いた。

朝、雑穀入り玄米のパンケーキを焼く。パンケーキに使用する牛乳によって、出来上がりが異なってくることに気が付いた。土曜特売で買ったような、安い牛乳で作ると、他の材料は同じでも、パンケーキがもろくなる。

粉と卵と牛乳だけなので、材料をケチると、却って、もったいない。

きのう、珈琲を調子に乗って飲みすぎたので、きょうは、一杯も飲まなかった。一日、一杯か多くて二杯が、長期的に見て、自分には、適正だということが体の調子を観察しているとわかる。

きょうは、アイハートで、京都では今季初の梨を買って食べた。長野県産だった。

終日、六本木の仕事を行う。

「場の言葉」シリーズを始めて、「DELTA」「夜の三つの橋」「一の丘」「石庭、あるいは初秋の劇」と4つの詩を書いた。

自分にとって、どうしても、避けて通れない「場」がある。それは宇治のウトロである。

ウトロには3回行った。

だが、どのように書けばいいのか、まったくわからない。

そもそも、私に書けるだろうか。朝鮮人でもない私に。いわば、朝鮮人をウトロへ閉じ込めた側の人間である。

詩は資料を読めば、書けるものではまったくない。それは百も承知しているが、1923年9月の虐殺の資料を収集し、また、ウトロ関係の本も読み始めている。詩の肉体が立ち上がってくるには、少し、時間がかかる。

私とは何か、を問う地点と、ウトロや1923年9月の聲が交差する地点に、「詩」は、あるのかもしれない。

当分、手探りが続くのだろう。




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