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ドイツ語の俳人たち:David Cobb(2)

■旧暦8月3日、火曜日、

(写真)初秋の空

今日も朝から仕事である。江戸川の草むらで飛蝗が跳ねた。このところ、コミックを読むように、藤沢周平の時代小説を読んでいた。短編集『時雨みち』読了。町人物が多い。武家物は、後味がいいものが多い気がするが、この短編集は映画化された「山桜」を除くと、なかなか苦い。ただ、既成の現実に適応することしか知らなければ、歴史は弱者に苦いものなのだから、それを反映しているとも言える。だが、現実の中には、奇跡のような一瞬一瞬がある。もとより、奇跡は待つものではなく、地道にそのベースを作り出すものなのだが。




und wieder Ebbe-
die Kieferknochen des Wals
versanden tiefer


another tide-
the beached whale's jawbone
deeper in the sand



またしても引き潮
鯨の顎の骨が
深々と砂に


■これは印象的な俳句。この句を読むと太古の時間の中にいるような気分になる。三鬼の秋の暮大魚の骨を海が引くが思い出される。コッブの作品は、海が引いた後の情景。三鬼の作品は、海が引いているところ。J・Gバラードの「溺れた巨人」もなんとなく思い出した。ドイツ語版と英語版は、内容的には、違いはないが、シラブルを5・7・5に整える関係上、単語が多少違っている。


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