chuo1976

心のたねを言の葉として

「晩秋の酒」      三木卓

2019-12-15 06:54:08 | 文学
「晩秋の酒」      三木卓
 
 自分のことを酒好きだと思ったことはなかった。若い頃は、付き合いでは飲んだが、自分から大酒を飲むというようなことはまったくなかった。
 酒がからだに合わない、と思っていた。それにはわけがあって、わたしが腸が丈夫ではないせいだろう。わたしは、三歳の頃腸チフスを患って伝染病棟に入れられ、動くと腸壁が破れて死ぬといってベッドにしばりつけられたことがある。また一九四五年の冬から数年間、栄養失調気味の下痢がとまらなかった。
 今でも沢山飲むことは出来ない。ウイスキーだったら、一本を四回ぐらいにわけて飲むことになる。しかし、だんだん酒に親しみをおぼえはじめている。若い頃だったらウイスキーの銘柄による味のちがいなど、どうでもよかった。今は、ちがうものはずいぶんちがう、などと思うようになりはじめている。
 しかし深まってくる秋とともに飲みたくなるのはやはり日本の酒である。一人で部屋で仕事から解放されたあと、魚のひらきなど焼いて飲む。この時のものさびしさは、やはり捨てがたい。心もからだもつかれきっている時、その酒がうまいほど、魚がうまいほど自分が死ぬべき存在として生きているという強烈な実感にとらえられる。とくに闇夜で外がまっくらだったりすると、胸がつまってくる。
 わたしの父親は四十二で死んだ。酒を好まなかったが四十を過ぎて飲みはじめた。あの人も、そんな思いをしただろうか。
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