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心のたねを言の葉として

山形)大賞作品決まる 山形国際ドキュメンタリー映画祭

2017-10-16 03:41:50 | 映画

山形)大賞作品決まる 山形国際ドキュメンタリー映画祭

朝日新聞

2017年10月12日

 

 

 

 15回目になる山形国際ドキュメンタリー映画祭は11日、表彰式があり、インターナショナル・コンペティション部門で大賞にあたるロバート&フランシス・フラハティ賞に「オラとニコデムの家」(アンナ・ザメツカ監督、ポーランド)が選ばれた。12日は大賞など受賞作8本が上映され、閉幕する。

 同部門では、121の国・地域の1146作品から選ばれた15作品が上映された。「オラとニコデムの家」は自閉症の弟の面倒を見る14歳の少女を中心にした家族の物語。ザメツカ監督は「ここにいられるだけで幸せだと思っていたのに、大きな名誉」と喜んだ。

 新進作家の発掘を目的としたアジア千波万波部門の最高賞の小川紳介賞に「乱世備忘――僕らの雨傘運動」(陳梓桓監督、香港)が選ばれた。2014年、香港で民主的な選挙を求めた「雨傘革命」の記録だ。

 市民からの投票で選ぶ「市民賞」には、原一男監督の23年ぶりの長編「ニッポン国VS泉南石綿村」が選ばれた。原監督は「山形に来る前に市民賞はもらいたいと念じてきた。出演者の人たちにこの賞を贈りたいと思う」と話した。(桑山敏成)

 ■インターナショナル・コンペティション部門 ロバート&フランシス・フラハティ賞(大賞)「オラとニコデムの家」▽山形市長賞(最優秀賞)「カーキ色の記憶」(アルフォーズ・タンジュール)▽優秀賞「孤独な存在」(沙青)、「私はあなたのニグロではない」(ラウル・ペック)▽特別賞「激情の時」(ジョアン・モレイラ・サレス)

 ■市民賞 「ニッポン国VS泉南石綿村」

 ■アジア千波万波部門 小川紳介賞「乱世備忘――僕らの雨傘運動」▽奨励賞「人として暮らす」(ソン・ユニョク)、「あまねき調べ」(アヌシュカ・ミーナークシ、イーシュワル・シュリクマール)=日本映画監督協会賞も受賞▽特別賞「パムソム海賊団、ソウル・インフェルノ」(チョン・ユンソク)▽翡翠之城(趙徳胤)

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ⅩⅩⅩⅩⅩⅦ「家族の肖像」を観る聴く、 『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2017/10/3

2017-10-03 06:16:53 | 映画

ⅩⅩⅩⅩⅩⅦ「家族の肖像」を観る聴く、     『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2017/10/3

  診断の測定結果の打ち出しロールの流れる音、響き、時、現実の、日常の、心拍のごとき、音、刻々と死に招かれてある日々、爆音、この現実を破壊する音、戦闘機の飛来する音も、現実と可能性と、主人公は絵画の研究者、家族の絵、古典、新しく見いだされた絵画、画商と貴婦人、主人公は彼女も画商の連れとばかり、だが、画商が帰っても、残っている夫人、上の部屋を借りたいのだと、ビルの高見の部屋、更に上の部屋が開いたままに、何処で知ったか、主人公は貸さないと拒むのだが、どこから入り込んだか、夫人は頑なに去らない、そこに二人の若者、娘と青年、娘は夫人の子どもらしい、青年はボーイフレンド、

観るばかりでもと、新たに美貌の青年が、現れる、カメラは主人公にズーム、この青年に見とれたか、惹きつけられて仕舞ったか、臭いばかりのカメラのズームなのだが、斯くて、主人公は彼らの勢いに負けたか、一時のこと故にと認めて、婦人が借りて、トイレばかりを改修の話、が、深夜、上階で激しい振動と音が、天井が落ちてくる、使用人の婦人の驚き、上の階に、美貌の青年が壁を天井を壊している、婦人との約束など知らないとばかり、すべてを改修し、しかも、一時の事でも無い様子なのだ、破壊された部屋、がれきの中に、現れた夫人の言葉など聞かない青年、主人公は買わないと誓っていた絵画に改めて惹かれて、画商に連絡すると既に買われてしまったと、だが、なんと、そこに娘とボーイフレンドがその絵画を持って現れるのだ、単に、主人公の孤独な空想の中ばかりでは無い、現実の仕事にまでも、彼らが飛び込んできているのだ、音楽、美術、蘊蓄の美貌青年、関心する主人公、彼らは、使用人の夫人にも己の身勝手で言いつけて、飲み物、食事、何処か、彼らは家族の様でも、主人公、妻、子供たち、だか、美貌青年は婦人の愛人らしい、深夜、二人の侵入者、階段を廊下を走り去る、上階では青年が倒れている、テロリスト、いや、青年自体が革命家、闘争、抗争、右翼、左翼、判らない、単に主人公の生活ばかりでは無い、政治も経済も絡めて、入り込んできた、主人公の夢見る世界、美しい妻、果たして、妻なのだろうか、別れた、死した、判らない、愛人、そして、美しい娘、母にそっくりとの言葉が、この娘は、己の娘、いや、幻想の、夢の中に見いだした、いつも、孤独に絵画を見詰めながら、心の中に、家族を見詰め癒やしていなかったか、一人作り出した世界、一方に、測定器のロール音、死、一刻の猶予も無い、怯えるばかり、だが、全くの孤独の肉体、一人孤独の内に収まりこむ幻想など在るはずも無いのだ、存在自体が、家族、国家なのだから、視線が、聴覚が、言葉が、色彩が、食事が、生活が、己の側から、主体が世界を見詰めるようで居て、それは既に、捕らわれたものに過ぎないのだ、上階での、裸の若者たち、リズム、音楽、ダンス、裸で戯れる、見せられて、魅せられて、戦いて、惹かれて、拒めない、引き寄せられて、誰と誰が、恋して居るのか、青年同士、娘と青年、判らない、大テーブルでの食事、まさに家族の肖像画、主人公、夫人、娘、ボーイフレンド、青年、この疑似家族、でも、疑似家族以外の家族があるのだろうか、何処まで行っても、いかがわしい家族しか居ないのだ、老人、大人、若者、血、地、どれもが怪しいでは無いか、斯くて、上階の爆発、駆けつけると美貌の青年が倒れ込んでいる、煙霧の中、主人公が抱きかかえて、何処に、確かに、含めて、すべてが、主人公の一人の幻の世界とも、孤独が、彼らを引き寄せた、亡霊たち、この亡霊と共に、暮らすのだ、上階の漏水で、あの貴重な絵画も濡れてしまって、亡霊たちは、長閑な日常は許さない、襲いかかるのだ、このように、襲いかかられ、己自身で襲いかかり、破壊、破滅していくブルジョア、このブルジョアを生きることこそが、その自覚こそが革命なのだ、この滅していく場、間には、見事にエロスも抱え込んで、破壊とは、エロスなのだから、そこにこそ、今日の家族が、肖像が、だからまた、新たなる、見知らぬ響きが、部屋の上に、下に、横に、ベランダの外に、こだましないか、己自身に、安保法制も、共謀罪も、家族なのだ、

 

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ⅩⅩⅩⅩⅩⅥ「天竜区奥領家大沢別所製茶工場」2014を観る聴く、 『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2017/7/17

2017-07-17 08:40:31 | 映画

ⅩⅩⅩⅩⅩⅥ「天竜区奥領家大沢別所製茶工場」2014を観る聴く、   『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2017/7/17

  山間の村、緑、空、雲、木々、高い山からの視点、村、小屋、茶摘み、働く人々、語らいながらも、何を話すかは判らない、茶葉を袋に詰めて、単線貨車で運ぶ、急な斜面の茶畑、狭い土地を利用して、段々畑として、緑緑した畑、美しい色彩、若くない叔母さんたち、労働、語らい、手仕事、袋に詰めて、運んで、小さな工場の中に、エンジン音、回転音、多様な機械、温度計、蒸して、刻んで、運ばれた葉が筵に撒かれて、機械の中に、コンベアー、運ばれて、透明なボックスの中で、舞う、選別、洗い、蒸し、乾燥、刻み、響き渡る機械の音、蠢く人々、叔母さんたちが、老人たちが、行ったり来たり、こうして、また茶葉が摘まれ、運ばれ、袋から吐き出され、機械の中に、出来上がった茶は四角い箱の中に、反復、音が止まることは無い、工場から上がる湯気、山間の中、労働、ビジネス、生活、ここには、働く姿しか無い、僅かに犬が、カメラを見詰め、振り返り、ぶらつき、若い人々は、子供たちは、日常の姿は無い、何処までも、工場の運営の中に、システムの中に、まさに近代、こんな山間の中の近代、天空の村の中の近代、否応なく押し寄せた近代、この近代の外は無いのだ、こうして生活してきた、永年月に渡って、しかし、後継ぎはあるのだろうか、これからも、続いていくのだろうか、どのくらいの収益があるのだろうか、ベアリング、工具、回転機械、車輪、ベルト、近代です、現代のオートメーションとは何処か違う、未だ手作業が残って、根気よく、カメラは追う、生産工程を単純に追うのでは無い、その時々の、人々の動きに会わせて、邪魔にならない位置にカメラが、だから、知って居るのだろうが、誰もカメラを見詰めはしない、話しかけもしない、そのシーンは在っても見事に編集されて、何処までも、客観の世界で、工場の動きが撮られて、時が来て、季節労働の人々は去って行く、また来年、犬は残る、工場の主は残る、山、雲、靄、霧、空気、陽射し、時間を告げる音楽、村全体に響く放送、否応なく、在る、この近代、彼らは、この近代を生かされて、今、これは一つのイデオロギー、決して遁れることの出来ない、エピステーメー、さて、ここから、始まる、  

 

「天竜区旧水窪町 祇園の日、大沢釜下ノ滝」2014  さて、この段々畑の老夫婦、耕し、芋を掘り、茶葉の仕事は一時のこと、日常は、こんな生活、畑を耕し、野菜を収穫して、料理して、だが、こんな語りの中に、過去が、社が、鳥居が、写真が、歴史が、昔は焼き畑、同じところに止まっては、土が固まってしまう、定期的に移動して、焼き畑として、再生して、いつこの地に、誰が、何百年も前の話、そして、何故に止まる、茶畑故か、近代故か、富国強兵、農地、兵隊、国のための生産、労働、しかし、小さな、土地の中、多様なものを植えて、土地を再生して、今もって、過去を生きている老夫婦、この近代の中に取り入れて、足場の悪い畑、滑って、それでも、良い芋が取れて、果実が実る、山、夜、雲、月、花火、遊び、祈り、燃え上がる火、魂、伝統、祈り、ご先祖、勿論、近代としての過去しか見渡せない、写真が残るのもまた近代として、近代として、祖父母、両親の代として生きてきた、そして今、この老夫婦も、しかし、そこには、見えない、更なる過去が、いや、知らず、生活の中に、過去が、耕し方、土地の使い方、作物の取り入れ、林、金の為に植えられた木々、一攫千金、破れて、山もまた近代の中に利用されて、私たちは、映像の中に、近代の壊れを見いださないか、しかし、花火は村を近代を燃え尽くさない、 

 

「天竜区奥領家大沢 夏」2014    製茶工場 祇園の日では語りは無くて、ここに来て、語りが、映像に語りが重なる、語りもまた、近代なのだが、山、夏から次第に秋に、映された、土地の耕しに、芋掘りに、近代では語り尽くせない、間が、在りはしないか、帰宅の音楽の流れる山の中、山への祈り、仏に対する祈り、社、道祖神、近代の彼方に、

 

「天竜区奥領家大沢 冬」2015  なんと、スタッフが、監督が画面の中に、撮影と山の生活と、近代と、ここではショットの多様、果実、木々、実り、色彩、山、靄、夜、昼、縁側、スタッフに漬け物が渡されて、映画は、監督は、老夫婦は、何処に向かう、掘の映画は、始まりに、結婚に捕らわれ、「宙ぶらりん」、アニメに捕らわれ、「妄想少女オタク系」、義理の母に捕らわれ、「東京のバスガール」、未来からやって来た娘に捕らわれ、「燐」魔法少女に捕らわれ、「魔法少女を忘れない」、斯くて主人公は対向する思いに言葉にも蠢き翻弄される、どちらにも収まりつかずに漂うばかり、まさにこれが現代、私たちなのだが、この映画の中に在っても、老夫婦は、近代と、遠い過去からの山の生活との狭間に、在り続ける、そして、その間にスタッフも、カメラも招き入れられたのでは無いのか、だからこそ、この映画は、ここから始まる、見詰める私たちも、ここから漸くに、映画を生きるのだ、それは、闘いだ、近代をしっかり始末するために、だが、始末とは何のこと、さてさて、重い腰を上げる、映画の終わりに、いや、映画の始まりに、

 

「天竜区旧水窪町 山道商店前」2017  ロングで、監督と村の人だろうか、得離れて、誰と誰が何処に居て話しているのかも良く判らない、山間の道、高架線、走り去る電車、歩き去る人、バイクで走る人、黒画面、繋ぎ、何かの予感、始まり、未だ、何も判らないのだが、予告編、まだまだ、これから続く、何処に、

 

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ⅩⅩⅩⅩⅩⅤ「剃髪式」を観る聴く、 『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2017/6/14

2017-06-14 05:27:21 | 映画

ⅩⅩⅩⅩⅩⅤ「剃髪式」を観る聴く、   『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2017/6/14

  抱き合う二人、美しい妻、背の高い夫、ビール工場、視察の役人たち、豚を裁く男、そして、血まみれで肉を扱い、料理する妻、男とじゃれ合う妻、互いに頬に血を擦り付けて、追っかけ、様子を伺う役人、惹かれて、妻の前に現れて頬を差し出す、笑みで去って行く妻、役人の前での夫、何とかビジネスを旨く納めようと、必死、そこに妻が料理が出来たと、今日のところはとボス、こうして食事に、ビールと肉料理、この料理にぞっこんの人々、料理のことばかり語って、妻の美しさに惹かれて、帰って行く、後は明日にと、そんな二人の前に現れる夫の兄、ひたすらに、終わること無く大声でまくしたてる兄、そして、いつも、怪我しまくる青年、早速に、薪を割っていると、兄が巧みに切り刻み、真似て手を切る、白い包帯、その後も倒れ、ぶつかり、刺され、一途に怪我しまくる、近代化の中、怪我人は必至か、夜、闇の中、夫と妻、夫の贈り物、エーテル、光、輝き、色彩の美しさ、二人を照らす、体を擦る、撫でる、関係を豊かに、幻想の中に、箱に入れられた巧みな器具、これもまた近代、怪しいばかりの近代、ロマン、光に晒された肉の輝きと共に、翌日の夫の会議での説明、ビール工場の製品を売り込むための広告、言葉、文字、だが、兄が語る声で聞き取れない、兄は妻と何やら語り続ける、過去の物語、いや、手当たり次第、現実とも、夢物語とも、役人たちは煩いと、夫は部屋に、静かにと、このまま、俺を平社員で終わらせる気なのかと、一時は収まるが、平気で語り続ける兄、妻は何を怒るのかと自然な顔して聴き入るばかり、何が悪いのだと、一人面白くない夫、会議室に戻ってまた語り始めるが、早速に兄の声が響き始めてしまう、斯くて翌日、夫はバイクを走らせる、ポンコツ、排気の破裂音ばかりで、皆が押してやっと走り出す、お得先巡りなのだ、工場のビールの味を逃さない飲み方をせよと、受け入れないと契約を取り消すと苛立ちを露わに、傲慢なのだ、その後から髪を靡かせて自転車で走る妻、神父も老人も笑みで見詰める、彼女は美容室に、美容師は妻に心から惹かれて、子供たちを追い立てて一人妻のために手入れするのだ、心ゆくまで、こうして妻は髪を靡かせて街中を行く、夫の怒りとポンコツバイクとは大違い、皆が妻に見とれる、心奪われて、夫と兄の不和、妻は煙突上に、兄と共に、空間、風景、美しさ、二人が煙突の上で自由に、確かに煙突は近代、工場の象徴、そこに二人は、憩いの場を作り出してしまう、消防隊、皆が危険を察して駆けつける、毛布を広げて、構えて、落下を防ぐべく、妻の病、そこに役人のボス、彼は医師でもあった、美しい露わな胸に頬を埋めて寝てしまう医師、どっちが癒やしているのだ、怪我し続ける男、叫ぶ兄、妻は、何を思ったか、美容院、髪をカットしてしまうのだ、納得出来ない美容師、悲しみ、それでも、彼女の言葉にしたがって、ショートカット、これまた美しいのだが、あの長く美しい髪は切られて自転車の後ろに結ばれて、靡くばかり、皆の驚き、それでも、自転車の妻は相変わらずに美しいのだ、長かったとき同様に見詰める笑みの神父と老人、斯くて、工場の中庭に戻ってきた妻、驚きの主人公、怒りの主人公、鞭を用意して、妻を抱き留め、しかし、スカートをめくり、白い下着が露わに、そのお尻を叩くのだ、いつまでも、しかし、これはお仕置きか、二人の楽しみか、妻は快楽の表情で、吐息を漏らすばかり、近代は、夫は、主人公は、ややもすると、安らぎを、美しさを忘れて、合理的に突っ走る、それでいて、妻という、美しさを抱え込んで居続けていると思い込みながら、あのエーテルの妖しさのように、妻を、美を忘れて突っ走ると妻の側が、在らぬ姿で牽制する、この度は、お仕置きで、お尻を叩いて、収まった、逆に新たなる快楽を生み出した、エーテル同様に、二人は、草原に、寝転んで、抱き合い、今度は妻からの贈り物、妊娠、赤ん坊、詰まりは、今語られているお話の作家の誕生なのだ、妻によって、新たなる快楽を見いだした、さて、これから、主人公の近代が、妻の美が、新しい、関係を、快楽を、作り出せるだろうか、今、今日の私たちは、この二人の、いや、あらゆる人々と妻との関係の中、その先に、何が作り出せている、だからこそ、この妻が居なくては成らない、居ないのならば、作り出さなくては成らない、余りに困難なのだが、

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ⅩⅩⅩⅩⅩⅣ「君とひととき」を観る聴く、 『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2017/6/13

2017-06-13 04:49:55 | 映画

ⅩⅩⅩⅩⅩⅣ「君とひととき」を観る聴く、   『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2017/6/13

 

  警察隊、ボスの挨拶、パリ、春、公園に恋人たちが集まっては、厄介だと、カフェの売り上げが落ちるばかりで無く、不謹慎きわまりない、外国からも集まってくる、取り締まらなくては、斯くてカップルの居並ぶ公園に、ボスの前のベンチには主人公ら二人、私たちは夫婦だと、真実かどうか、キスして、抱擁して、追われて家に、主人公が語り出す、カメラに向かって、私たちは本当の夫婦ですと、そんな二人に何が、ベッドに、さっさと灯りを消して夜の世界に入りたい夫、妻は明日友人の女性が来ると、灯りを点ける、親友だと、それは後の話と、許せない妻、この反復の最中、遂に灯りが壊される、翌日、雨、主人公がタクシー呼んで居る、そこに夫人が現れて、車に、この夫人を見詰める夫と弁護士、夫は妻との離婚を勧めたいのだ、そんな算段の最中、夫人は車の中、後から主人公、しめしめと、これは利用できると夫と弁護士、笑み、結局二人を乗せて車は走り出す、浮気っぽい夫人の笑み、視線、欲求、欲望、色っぽさ、他人が見たらどうでしょうと、私たち二人、困惑の主人公、初めて気づく、慌てて降り立つ、夫人の誘いを拒んで、さて、主人公の妻の元に現れる友人こそが,この夫人、語らう二人の騒がしさ、次々に、言葉が弾んで途絶えることを知らない、そこに夫が戻ってくる、夫人と眼を会わせて戦き、紹介されて、笑みの夫人、しめしめと、夫人は家に戻って、ソファーに横になって悶える、いや、病故に胸を押さえて苦しむ、メイドを呼んで、医師である主人公を呼んで欲しいと、夫は拒む、タクシーの中の事があるのだから、でも、親友の為だと妻の言葉に、遂に折れて、夫人の元に、誘いの夫人、何とか遁れて、誠実な夫、どこまでが、だって、私たちが見ていることを夫は知っているから、演じているのだ、私たちの知らないところでは何を、そもそもに、あの夫人の屋敷の前に現れた夫、タクシーを止めて居た、怪しいではないか、まさか往診と思いはすまいね、さて、主人公の屋敷での宴、集まる人々、夫人のお屋敷では夫人の夫と弁護士は笑み、夫人一人が出かける、メイドには夜は非番にと、拒む娘、苛立ちの夫人、彼女は主人公を屋敷に招く段取りなのだ、さて、お屋敷では、主人公の妻に次々に電話が、一人の駄目教授からも、未だ独り者の教授、ハムレットの衣装、仮装の宴では無いのかと、妻は何をと、普通の姿でいらしてと、執事に問う、何でこんな姿にしたのだと、あなたのタイツ姿を見たかったと執事、嫌らしい、ここにも又、恋が、憧れが、執事と教授のロマン、真に怪しい、いかがわしい人々、妻の下着姿のすばらしさ、美しさ、堪りません、ミュージカルでもあるから、歌も挿入されて、愉しいです、そんな最中、主人公が名札の位置を変えるのを見てしまう妻、主人公の横に今一人の夫人を並ばせて、親友の夫人を離してしまう、怒りの妻、嫉妬の妻、信頼している夫にも浮気心が、親友に相談、大丈夫と親友、しめしめと親友夫人、妻は名札を戻す、が、親友は利用して、又入れ替える、斯くて、主人公の前にエロい今一人の夫人が、夫の困惑、妻の嫉妬、嘆き、踊りでは、主人公とエロ夫人、気が気でない妻、そこに親友が割って入って主人公と踊る、安心する妻、愚かしさ、彼女は言い寄る教授とダンス、焦がれている教授、しかし、主人公と親友が外に、ベランダから庭に、親友の夫人は主人公のネクタイを解いてしまう、結べないと困惑の主人公、夫人は庭の林の中に、困り果てて、主人公は後を追う、心配な妻は外に、見詰める、すると、なんと、主人公のネクタイをあのエロ夫人が結んでいるのだ、斯くて、宴が果てて、親友夫人は主人公を誘う、車で待つと、結局折れる夫、夫人の言葉を受け入れて、まずは妻の前に、諍いが見えている、嘆きの妻は、相手にしない、連れない妻、故に斯くて主人公は外に、車で待つ親友夫人と共に、仕舞ったと妻は夫の後を追う、するとそこには、愚かしい教授が佇む、入り込んで、決意して告白、キス、笑みの妻は、相手にもしない、やさしく拒んで送り出す、項垂れる教授の滑稽、さて、探偵の報告、親友夫人の夫の元に、斯くて、夫人は引っ越し、大きな荷物を車で、笑みで、彼女にもまた自由が、窓から手を振る夫とメイド、そうなのだ、メイドが非番で休まない筈だ、きっと夫と明度の二人は出来ている、離婚も成立、それぞれの笑み、斯くて、手紙が、親友夫人の夫から、告げられる宴の後の行動、偽れない、あくまで主人公は白を切るのだが、嘆きの妻、そこに親友夫人の夫、親友との離婚、浮気故に、相手は誰かと、主人公なのだ、怒りの妻、悲しみの妻、二人の諍いの最中に、愚かしい教授がやってくる、妻はそうだと、何も夫ばかりが浮気したのではない、私だって、教授を捕まえて宴の後のキスを語り出す、一つ一つ教授に問う、教授は困惑して主人公を妻の肩越しに見詰める、妻は教授に抱き寄る様にして語っている、夫は、妻の芝居と知って、受け入れろと教授に合図、怒った振りで立ち上がる夫、振り向いて、座りなさいと、更に、抱擁までを一つ一つ語り問いかけ、教授の返事を待つ、夫の仕草、答える教授、反復、斯くておあいこだと妻、それぞれに浮気、にも関わらず恋している、ならば、さあ、巧みに、語らって、笑み、しかし、どこに、真実が、この二人はそもそも、本当に夫婦、判らない、教授の思いは、親友夫人の狙いは、その夫の思惑は、主人公は親友夫人と何処まで、しかも更に、あのエロ夫人と真に関係がないのだろうか、実は観ている私たちの前で演じているばかりでは、裏では、あのエロ夫人とも繋がっているのでは無いか、一方の妻だって、教授は巧みな誤魔化し相手で、親友の招きも、語らいも、宴での悲しみも、嫉妬の芝居も、皆が見ているから、見えないところでは、親友夫人の如く、遣り手ではないのか、危ない、危うい、どこまでも、誰もが、今宵のひとときに、招かれて、離れられないのだ、

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ⅩⅩⅩⅩⅩⅢ「シアター・プノンペン」を観る聴く、    『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2017/4/24

2017-04-24 04:10:03 | 映画

ⅩⅩⅩⅩⅩⅢ「シアター・プノンペン」を観る聴く、     『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2017/4/24

  現代娘、ボーイフレンド、バイク、疾走、夜の街、良家のお嬢さんで大学生の主人公、、弟は心配そうに見詰める、全く気にせず平気な娘、あまりに美しい娘、綺麗な女優さんです、この娘さんを見ているばかりで映画は楽しい、バイクの疾走シーンもなかなかでしょう、街の通り、路地、アクションシーンの遊びです、こうして、いつも、主人公とボーイフレンドが連れだって、バイクを走らせ、そのバイクを止めている駐輪場、そこは、昔の映画館の跡地、廃墟、何も知らない、主人公とボーイフレンドたち、単なる空き地としてしか見ていない、若者たち、夜の街に繰り出して、音楽、歌、ダンス、敵役のグループの若者たちとの喧嘩、まさに、先進国の大戦後の復興のさなかの、怒れる若者たち、ヌーヴェルヴァーグ、そんな最中に主人公一人、この廃墟の中、見いだすのだ、上映されている、映画、スクリーンに、入り込んでしまった、招かれてしまった主人公、一人の若くない男が、孤独に、映像を見つめている、いかがわしい男、不審な男、客席も、映写室も、廃墟、それでも、過去のポスターが張られている、主人公は気づくのだ、映画のスターとは、母親なのだ、理解に苦しむ、なにゆえに、今の母とは大違い、何が有ったのだろうか、家では、厳しい父親、軍部の幹部、その長に当たる男の息子との結婚話、父親にとっては願ったり叶ったり、知らない男と結婚など理解できな主人公、母は夫に従うばかり、何も言葉を挟めずに、こうして、父親の世代の実際が次第に明るみに、廃墟の男の実際が、母の実際が、まさに、この夢物語のような、世界こそが、実際なのだ、この物語の外は無かったのだ、その物語から離れた世代の、主人公たちが、今、父親たちの世代に入り込んでいく、なかなか、本がしっかりしているのだ、スター女優だった母、その恋、監督との恋、ポル・ポトの時代には、監督と判れば処罰、処刑、誰が告げたか、明らかに、主人公の父親も同じ革命施設の中に、美しい母に恋していた、だが、母は、監督とともに、いつも、二人の恋は絶対、残された映画では、監督が自ら主演、母とともに、そこに敵役のごとき弟が、ドラマは、この裏切が、故に、二人の恋は果たして、しかし、映画の最後の缶は消えて、廃墟の男は己が監督のごとく振る舞う、主人公も、そう思い込んで、理解して、大学の映画の教授も招いて、学生スタッフも招いて、最後の缶の消えたシーンの再生をと、皆が理解して、傲慢ボーイフレンドまでも、この芝居に、ドラマの中に導き出されて、そうなのだ、現代の何も知らない人々が、この映画の中、過去の歴史の中に、招かれて、己の母に、父に、家族に、友人に、再会するのだ、始まりとして、素晴らしい、ロケ地、過去に、沢山の人々が、焼かれた場所、亡霊が彷徨う場所、不気味な場所、そのままに放っておくのではない、今、映画の中に、取り入れて、祈りの中に、実はポル・ポトに、捕えられて、殺されたのは、廃墟の劇場の映像を見詰める男の兄、彼こそが、監督、この死、そのあとに、美しい女優を娶ったのが今の父親である若い兵士、彼もまた、囚われ中に、しかし、監督の死の中に、今、生き延びて、今日の解放後を幹部兵士として、それでよいのか、妻は、疲れ切って、全てを忘れたい、何も、語れない、かくて、主人公らの世代、何も知らないのだ、明らかになる現実、監督を射殺したのが、主人公の父親なのだ、命令で、この地獄、妻には何も言えない、知った主人公の地獄、今、カンボジアに生きるとは、全てにおいて、加害者、被害者、この外は無いのだ、主人公とボーイフレンドは、偶然か、必然か、誘われて、招かれて、この歴史の現実の中に、そこから始まるしかない、生きるしかない、こうして、消えた、ラストの撮影に、母も、過去のスターも、理解して、父親も、だが、妻に全ては語られまい、いや、妻は、知っているか、主人公は、子どもたちは、廃墟の男の、その後、坊主に、祈りの世界に、この現実を受け入れるべく、母は、改めて映画に、今、若くない、母が、着飾って、小舟に乗って、流れるように、夫は死した、それでも、また、幻の船が、流れる、いや、夢ではないのだ、私たちの希望の船が、花嫁が、若かろうと、年老いていようと、恋に、走るのだ、女優さん、若者たち、廃墟、廃墟の男の、坊主姿の、祈り、しかし、ポル・ポトの、平等への夢は、終わったのか、いや、含めて、今、始まりなのではないか、主人公は、弟は、父は、母は、ボーイフレンドは、坊主となった男は、そしてまた、同時代を生きていた、私たちの始まりでないはずがあろうか、

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「映画監督ケン・ローチが見つめる世界」1(3月16日放送)

2017-04-07 05:29:42 | 映画

「映画監督ケン・ローチが見つめる世界」1(3月16日放送)

 2016年のカンヌ国際映画祭で最高賞のパルムドールを受賞した作品「わたしは、ダニエル・ブレイク」が公開されています(2017年4月現在)。社会派映画の巨匠として尊敬を集めるケン・ローチ監督が引退を撤回して作った今回の作品では、息の詰まるような現代社会で、忘れてはならない人間の尊厳と優しさを描き出しました。

 一貫して過酷な環境にいる人々や社会的弱者の目線から作品を作り続けてきたケン・ローチ監督にロングインタビューを行い、映画やイギリスのEU離脱、現代社会の問題について、様々な角度から話を聞きました。

(3月16日放送 TBSニュースバード「ニュースの視点」)

http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3019298.html

 

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『人生フルーツ』

2017-04-03 03:43:51 | 映画

 

『人生フルーツ』

 

 愛知県春日井市の高蔵寺ニュータウンの一隅。雑木林に囲まれた一軒の平屋。それは建築家の津端修一さんが、師であるアントニン・レーモンドの自邸に倣って建てた家。四季折々、キッチンガーデンを彩る70種の野菜と50種の果実が、妻・英子さんの手で美味しいごちそうに変わります。刺繍や編み物から機織りまで、何でもこなす英子さん。ふたりは、たがいの名を「さん付け」で呼び合います。長年連れ添った夫婦の暮らしは、細やかな気遣いと工夫に満ちていました。そう、「家は、暮らしの宝石箱でなくてはいけない」とは、モダニズムの巨匠ル・コルビュジエの言葉です。

 

 

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ⅩⅩⅩⅩⅩⅡ「三姉妹」を観る聴く、 『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2017/2/28

2017-02-28 06:08:58 | 映画

ⅩⅩⅩⅩⅩⅡ「三姉妹」を観る聴く、       『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2017/2/28

  母を早くに失った三姉妹、父と祖母との五人暮らし、長女は母代わりで皆の面倒を見てきて、一家の大黒柱、皆が良いように使ってきたから、結婚出来ずに、家庭の中で甲斐甲斐しく働くばかりの毎日、祖母はそれが心配、父はまだまだといつまでもこのままが続くと思い込んでいる、次女と三女は故に、長女に家事を任せて自由奔放、恋も、遊びも、学校も、始まりは歌で、三人の歌で始まる、ミュージカル、楽しいのです、見事です、祖母の嘆き、連れない父、それでも、祖母の言葉にしたがって、友人を集める、仕事場の、きっと良い花婿が居ると祖母の思い、だが、集まったのは、老人ばかり、覗く次女と三女と祖母、呆れる祖母、あんたは何をしているのだと、友人を集めろと云ったから集めたと傲慢な父親、溜まらず、祖母は、奔放な次女に話して、共に長女を連れ出せと、斯くてハイキング、今までは女性の歌ばかり、ここでは、青年が高らかに歌うのだ、ロケ地の高原、素晴らしい、だが、ここでのドラマの転回は今ひとつ曖昧で、何か脱落があるのだろうか、この歌ばかりで終わってしまって、実際は長女と青年らに何か在ったのだろうが、斯くて、またの日に、やって来たパーティー、ダンス、音楽、次女は直ぐに男らとダンス、一人困惑気味に居場所の無いままの長女、若者たちは、年増の長女をからかって、誘って、溜まらず弄ばれていると思って、次女のボーイフレンドの彼と共に先に帰ってしまうのだ、長女の怒りに、祖母はまたしても落胆、こんな最中に、長女が一人通りに、買い物か、ロケの愉しさ、当時の町の空気、これだけで映画だ、ドキュメント、忙しさにぼうっとしていたか、車とぶつかって倒れる娘、慌てて抱き起こす青年、が、互いに詰り在って、あなたが悪いと、君が悪いと、屋敷まで、力シャーで送って貰って、青年は困ってしまって、それでも家まで付いてくる、謝りに、だが、一向に相手にしない長女、が、翌日も、その次の日も、花束を持って繰り返し訪れる優しい青年、家族らも、気に入って、次第に笑みの長女、互いに惹かれ在って、でも、自由な次女は己から誘って連れ出すのだ、車に乗って、いつものボーイフレンドはバイクで遣ってくるが、相手にされずに、そこには三女が言い寄るばかり、彼女もまた自由人、こうして長女を差し置いて次女と青年のデイトが続く、しかもついには、婚約話にまでも、祖母の怒り、長女が先に結婚しないなどとはあり得ないと、祟りがあるとばかりに、そんなものは迷信だと父、祖母の反対に、怒りの次女、長女までも反対して、私に対するさや当てだと、全ての様子を伺う三女、仕方なしに祖母は親戚の屋敷に長女を預けようと、あの屋敷には息子ばかりだから婿も見つかるかも知れないと、父も受け入れるしか無い、次女の婚約話には、父も驚き己の責任を感じているのだ、今まで長女のことを余りに考えなかったが故にと、斯くて長女は親戚の屋敷に、ここには幼い少年が、甲斐甲斐しく面倒を見る長女、長女から手紙が、面倒を見るその息子の名と、キスと抱擁、ベッドを共にするとの話しに、聴き入る次女の婚約者の驚き、こうして、初めて己の真に恋する相手を認識する、斯くて、三女と祖母の企み、青年に嫉妬させ、お屋敷に尋ねさせようと、こうしてやって来た青年、手紙のことを問いただす青年、何故にあなたに答える必要がと、愛しているからと、この言葉に笑みの長女、そこにこの一家の家族が皆現れて、しかし、長女の手紙の相手の名の息子が未だに、現れない、穏やかで無い青年、幼い少年が遣ってくる、初めて知る青年の笑み、祖母らもやって来た、次女の嘆き、そこにはいつものボーイフレンドが、晴れて、長女と青年の抱擁、美貌の三姉妹、歌在り、ダンス在り、娘さんたちが綺麗で素晴らしいです、少し古いインドネシア映画ですが、楽しいのです、まだまだ、私たちは、いや、わたしは映画を何も知らない、

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ⅩⅩⅩⅩⅩⅠ「ハドソン川の奇跡」を観る聴く、 『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2017/2/27

2017-02-27 05:27:55 | 映画

ⅩⅩⅩⅩⅩⅠ「ハドソン川の奇跡」を観る聴く、         『エイガニッキ』 SASHI-ハラダ  2017/2/27

  時制が入り組んで、事故、取材、調査、ホテルに缶詰にされてのパイロット、主人公と副機長、不安、眠り、夢、女性キャスターの語り、英雄ですか、詐欺師ですか、この問い、女性キャスターからの視線、安心出来る視線を求めて、妻と語らうが、缶詰にされていて直接会えずに、いつも、携帯で話すばかりで、出会えない、抱き合えない、遠く離れて、この不安を生きること、その最中で、生還すること、最前線物語、だから、事故も含めて、どのシーンが、現実なのか、夢なのか、調査の過程なのか、過去を思い出しているのか、全く判らない、事故のシーンも、主人公の再現なのか、副機長の再現なのか、アテンダントの再現なのか、客観描写か、いや、ドラマに置き換えた段階で、既に作り物、だから、この全ては作り物でしかないことの自覚、しかし、それでも、機長たちは、その曖昧さの中で、生き延びたのだ、過去の経験、若かりしころの教官からの教え、戦闘機の事故の最中の帰着、こうしてみると、やはり、機長自身の錯綜の中の映画なのだ、過去が、現実が、調査のデータが、テレビが、酒場で、主人公のサリーがあっちにもこっちにもと、確かに、ガラス窓の前に佇んで、ビルの中、落下して炎上する飛行機を観る主人公、夜の闇の中、ハドソン川に不時着の戦闘機を見いだす主人公、乱反射、どこに実体が、皆に、晒されている、テレビのコミカル有名キャスターインタヴュー、これだって、いつのことだ、全てが終わった後のこと、いや、このホテルにいる缶詰の中では、未来の希望ではないのか、だから、ラストの調査の世界も、これは現実と言えるか、これもまた、主人公のホテルでの、夢の中では無いのか、絶対の自信だろうか、いや、危うい未来では無いのか、偶々、彼らに優位に事が運んだ、確かに、会社は、機長の運転ミスに仕立てたい、保険の問題もあるから、これがビジネス、あの事故の後の生還同様に、陸に降り立っても、また、生還のための戦いが続くのだ、どこまでも、これが現実、パイロットとは、舵を取るとはこの事、皆の視線に晒されて、結果では無いのだ、この晒された、現実を生きるしか無い私たち、機長は確かに生還した、し続けている、が、私は、その私とは、全くもって危ういものなのだ、いつまた、新事実として、何やらいかがわしい問いかけが、現れないとも限らない、取材として、マスコミとして、そこでもまた、しっかり生還し続けようでは無いか、

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札幌国際芸術祭

 札幌市では、文化芸術が市民に親しまれ、心豊かな暮らしを支えるとともに、札幌の歴史・文化、自然環境、IT、デザインなど様々な資源をフルに活かした次代の新たな産業やライフスタイルを創出し、その魅力を世界へ強く発信していくために、「創造都市さっぽろ」の象徴的な事業として、2014年7月~9月に札幌国際芸術祭を開催いたします。 http://www.sapporo-internationalartfestival.jp/about-siaf