chuo1976

心のたねを言の葉として

竹村さんへ その1     一歩

2012-01-28 06:55:24 | 文学
竹村さんへ その1




 
 今、僕の手元に6枚のコピーがあります。3枚は「いじめ」について書かれたワープロ文書のコピー。残りの3枚は国語のノートのコピーです。これは竹村さんのノートからとったものです。
 まだ雪深い2月、その日は学年末テストの前のノート点検でした。竹村さんのノートは衝撃的でした。なぜなら、そこには14歳の竹村さんがいたからです。
 酒鬼薔薇聖斗の事件のこと、いくつかの詩、そしてノートに貼ってあったワープロの文章。それらは平常点を上げようとして書かれたような点数稼ぎのものとは明らかに違っていました。
 あなたの言葉は、書かずにいられないという情動に引きずられ、抑えきれないエネルギーのほとばしりを感じさせるものでした。世界に対する不満を一身に背負っているような気負いと若者らしい正義感。時には過激で独りよがりな危うさももった、キラキラ輝くガラスの欠片を集めたような文章でした。
 僕は竹村さんのノートを読んだとき、竹村さんにはきちんとした「感想」を書きたいと思いました。


 何度もコピーを読み返しました。そして何度か「感想」を書き始めるのですが、いつもまとまりません。
 僕がものをじっくり本を読んだり、ものを書いたりするのは朝の5時前後です。仕事がつまっていない日の朝、竹村さんのノートのコピーを取り出します。
 「溢れる言葉、諭すように紡いで」という詩の一節に感じられるような言葉への酔い。「支える人を殺すなどという事件はあってはならない」という義憤。あるいは「時が進めば進む程、余計なことを考えるよ」などと人生を達観したような文章…。
 竹村さんのノートの言葉から、感じられることはたくさんあるのですが、それらはいつも断片的です。からみあうことはありません。僕の「感想」は、いつもまとまったものになりません。
 冬が終わり、春が来て、桜の咲く5月になってしまいました。今日こそ、「感想」をまとめようとワープロに向かっています。読んでください。





 僕が今までかかわった生徒の中に、自殺した子どもが3人います。
 僕は教師となって27年になりますが、ほとんど担任をやって来ました。担任としてかかわった生徒は延べ人数にして1000人以上になります。そして、担任として受け持ったわけではありませんが、国語の教師として教えた生徒、また部活動の関わりを含めれば、1万人以上の生徒とかかわってきたと思います。さらに、直接教えてはいませんが同じ学年の生徒、顔や名前ぐらいは知っているという生徒を加えれば、10万人を超えるでしょうか。自殺した3人はいずれも僕のクラスの生徒ではありません。国語を教えていた生徒が1人、あとの2人は同じ学年だった生徒です。僕とかかわりがあった10万人の中の3人のことから、読んでほしいと思います。
 3人のうち、僕が教師になって最初に「自殺」を経験したことになる生徒は、中学3年生の女子生徒でした。9月の学力テストの前の日に、ビルから飛び降り自殺しました。遺書はありません。はっきりとした原因はわかりませんでした。この生徒には国語を教えていましたが、僕が所属していた学年とは違う学年だったので、国語の授業以外のことはほとんどわかりません。なかなか勉強のできる生徒で、大人びた雰囲気を持っている生徒だった記憶があります。
 「自殺」の二人目は、オカルト少女でした。中学2年生です。真っ暗な部屋にろうそくを一本立て、友達と霊的な話をするのが好きだったそうです。ある日、死んだおばあちゃんが夢に出てきた、私を呼んでいる、おばあちゃんのところに行かなきゃ、と親しい友人に話していたそうです。そして数日後の学校帰り、「今日、行く」と友達に言い置いて、走り出したというのです。その場に取り残された友達は、まさかと思いました。しかしやはり心配になって付近を探しました。が、見つかりません。夜になっても、家に戻りません。そして、深夜ビルから飛び降り自殺しているのが見つかりました。死んだ女子生徒の友達は、その自殺を止められなかった、あの日走り出したとき止めていれば、と泣き叫んでいたそうです。
 三人目は中学3年の男子生徒です。彼女にふられた、と友達に相談した後、家に帰らず、近くのマンションの非常階段で首つり自殺しました。それを最初に発見したのは、相談を受けた友達でした。首にヒモをかけてぶら下がっている男子生徒を前に、「彼を助けてあげたかった」と、声を上げて泣いていたそうです。
 こんな悲しいことが3件あったのですが、このうち2件は同じ年に続けざまに起きました。1986年のことです。その年は、全国的に中学生や高校生の自殺が相次いでいたのです。しかもそのほとんどがビルの屋上からの飛び降り自殺でした。
 なぜ、このような自殺の連鎖が起きたのか。それは、岡田由紀子という人気アイドル歌手がビルの屋上から飛び降り自殺したのが発端でした。彼女が自殺してから2週間の間に、全国で30余人の中高校生が自殺したといいます。人気アイドル歌手の自殺報道が、全国の青少年の自殺をあおったのです。アイドル歌手が自殺したのと同じように、ビルから飛び降り自殺する少女や少年たち、その自殺が報道されるたびにまた自殺がおきるといった悪循環でした。
 1986年の未成年者の自殺は802人にのぼりました。1985年が557人、1987年が577人ですから、1986年だけが突出しているのがわかります。僕が知っている生徒のうち二人は、そのあおりの中で死んでいったのです。
(つづく)
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象徴的な死:アンゲロプロス 「三上のブログ」より

2012-01-28 04:29:01 | 映画





象徴的な死:アンゲロプロス





   

隧道(トンネル)の中はいつも夜で、這入り込んだ者はオルフェウスさながらに入口から射す光を振り返らないように出口から差し込む光を待つ。アンゲロプロスは振り返ってしまったのだろうか。誰かが言ったようにカメラは夜を運び、光を迎える。トンネルの夜の中でカメラの夜はどんな光を捕まえようとしていたのだろうか。痛ましい事故であると同時に、これほど映画という夜が夢見る夜に憑かれた監督の死にふさわしい事故死はないように思えた。合掌。

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2年4組の皆さんへ 本田技研のお話    一歩

2012-01-25 06:38:30 | 教育
2年4組の皆さんへ 本田技研のお話    一歩



 本田技研のお話です。新聞やテレビのニュースに出てくる大人たちは、子供たちを失望させることばかりしています。では日本で一流、子供たちに誇れるものは何でしょう?一部の企業、早くから国際競争にさらされ鍛えられてきた企業がそれに当たるでしょう。本田技研という会社はまさにそういう企業の一つであり、日本の多くのお父さん達が尊敬している会社です。

 「本田の歴史をひもとくと、ずいぶんメチャクチャをやってきた、いろいろ失敗をしてきたが、目的の正しさにおいて成長してきた、と言える。目的こそ企業、個人の生存の要点であり、目的による連鎖を確立したい。」と本田技研の創設者本田宗一郎は述ています。企業は目的先行、はじめに目的ありきで経営を続けていきなさい、と言っているのです。では、本田という会社の目的は何なのでしょうか?
 「全世界の18%の車好き、へそ曲がりに対して廉価で機能の優れた車を、夢を提供すること。造って喜び、売って喜び、乗って喜べるような車を提供したい」これが本田宗一郎が会社を作ったときの目的です。できたばっかりの小さな会社。朝礼でミカン箱の上に上がり、2、3人の社員に向かってこう語りかけたそうです。

 わずか数人から始まった本田の会社が、現在のような企業にまで成長しできた理由の一つは、社員の一人ひとりが「目的・目標」を持つことでした。そして、「下が上に対等の立場でものを言えるシステム」を作ったことです。
 本田では上から下まで皆が「目的・目標」を毎年書いています。社長も部長も下の人も。会社としての方針もありますから、個人の目的・目標と異なる仕事を要請されることは当然あります。目的・目標が個人の目的・目標と違うと、つまらない、イヤになる。それではいけないので議論が始まる。「おかしいじゃないか」「あなたこそおかしい」。議論をやるときは対等の立場でやろう、仕事の方向性に関する議論に上司も部下もない。この葛藤が組織のエネルギー。組織がナアナアではダメ。ぶつかり合いこそエネルギー、活性化です。意志を持った分子と分子がぶつかり合う組織にしていこう。一人一人が目的を持ち、議論するところから、本田のエネルギーは生まれました。

「組織がそうであるように、そこで働く人、個人も自分の目的先行で仕事に臨むことが大切である。企業と言っても人の集団。個人がまず目的をしっかり持たないといけない。あなたは何をしたいの?あなたは本当に何をしたいの?これが原点となって、このあなたが何をしたいのが積み重なって、企業の目的と連動する。」

「大切なのは、計画+無理。無理が本当の活性化の原点になる。できることだけやっていても活性化にならない。高い目的・目標があるから当然無理が出てくる。活性化とは変化の取り込みとも言えるし、その変化は企業の命運を賭けた変化でなければならない。」

 このような本田宗一郎の言葉に、本田の哲学がうかがえます。
 本田は、42%もの市場占拠率を持っていた軽自動車からあっという間に撤退、トヨタ・日産も諦めたCVCCエンジンに経営を賭けて取り組み、他社に先駆けてオハイオに工場を作り、F1にチャレンジ、こういうことをドンドンやってきました。この意思決定に会社の全員が興奮する、とんでもないことだ、と言って興奮する。それをやるために神経がすり減る。「こういう状態をムンムンカッカというんです。」「分からないのか」「そっちこそ分からんかい」と激しくぶつかる。こういうことをやりながら、これが目的・目標に繋がっていきます。
 
 本田は、こんなふうに成長して、世界のHONDAになったのです。
 
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山田洋次とメディアリテラシー   関川宗英

2012-01-21 17:14:37 | 教育
山田洋次とメディアリテラシー   関川宗英







撮影所システムの監督 山田洋次

 山田洋次は、松竹に入社以来、松竹大船撮影所のみで仕事を続けた。同撮影所の閉鎖後は松竹京都撮影所に移る。撮影所を拠点とし、「山田組」とよばれる固定したスタッフや常連の俳優を使って映画を作ってきた。

 撮影所システム(スタジオ・システム)はアメリカのハリウッドにおいて確立される。サイレントからトーキーへの流れは、資本の増加を伴った。つまり、映画を作ることは多大な金がかかる事業を意味するようになった。映画は、近代的な企業の資本の投入を受け、巨大な映画産業として発展していくなか、撮影所システムは出来上がっていった。

 日本において撮影所システムができあがるのは、1930年代である。日本もアメリカ同様に、監督からスタッフ、俳優もスターから端役に至るまで専属であった。各映画会社には、売れっ子のスターがいて、そのスターを目当てに観客は映画館に足を運んだ。1958年には映画人口が11億人を突破するなど、映画は娯楽の殿堂として不動のものとなる。

 山田洋次は1954年に大学を卒業して松竹に補欠入社する。そして、1961年、監督デビュー作、『二階の他人』をつくる。山田洋次は、日本映画の絶頂期に映画界入りした。

 しかし、テレビの普及に伴い映画人口は激減、映画館数も1970年には半減する。1970年代になると、映画産業の斜陽によって各社は軒並み自社の撮影所を貸スタジオ化し、独立プロやテレビドラマ、CFの撮影もできるようにした。一方、専属スタッフや俳優も解雇していく。撮影所システムは崩壊していくことになる。

 21世紀の今、現存する日本の映画撮影所は、東宝スタジオ、松竹京都撮影所、東映京都撮影所、東映東京撮影所、日活の日活撮影所など数えるほどしかない。その中にあって、山田洋次は撮影所で映画を作り続け、2010年の『京都太秦物語』まで82本の映画を作る。

 「山田洋次」という作家性を語るなら、それは撮影所が映画の宝庫であった幸福な時代の延長線上に位置する。山田洋次は、日本映画の黄金期を源泉とする、撮影所システムの、最後の映画作家かも知れない。



映画の文化的価値

 山田洋次を企業内監督と批判する向きもある。退屈なメロドラマを作り続ける松竹の中にあって、「庶民をユートピア的に賛美する」映画を作り続けたと明治大学院教授四方田犬彦は切り捨てる(『日本映画史100年』四方田犬彦)。しかし、この冬の新文芸座の「山田洋次監督映画祭」は期間中ほぼ満員であり、場内は連日のように笑いに包まれた。その笑い声は、昭和へのノスタルジーなどという揶揄を払いのける。映画を巡る饒舌はつきない。

20世紀を刻んだ映画は、今も人々を楽しませる。一方、映画を娯楽とは違った視点から見る人もいる。民俗学、歴史学、ある人は比較文化学…、またこれから先、多くの人が映画を娯楽とは違った見方で見ていくだろう。

ところで、映画は20世紀の人々を「戦争」に駆り立ててきた、という事実もある。アメリカ、ドイツ、そして日本…、世界の多くの国々は映画をプロパガンダとして利用してきた。映像の持つ力は、何億という人を一度に、いとも容易く騙す。映画が権力と結びつき、20世紀の悲劇を生んできた。

今私たちは、映画やテレビなどの映像メディアを受け身ではなく、批判的に受け取り、自らの判断で情報を選択する力(メディアリテラシー)が求められている。



高度情報化社会とメディアリテラシー

映画をいかに見るか。映像メディアの氾濫する今、いかに情報を読みとっていくか。高度情報化社会といわれる今を生きる私たちには、メディアリテラシーという新しいスキルが必要不可欠である。

学習指導要領は、明確にメディアリテラシー教育をうたっていない。メディアリテラシーの考えは、「国語を適切に表現し正確に理解する能力を育成し、伝え合う力を高める」いった表現に表れていると言えなくもない。また、インターネットの利用や携帯電話の使い方、著作権など情報モラルとしての学習を指摘することも可能だ。

しかし、現代社会に氾濫する情報メディアは、私たちの生活全般への影響にとどまらず、「情報化による生活世界の再編」という新たな現代的な課題を投げかけている。情報メディアは、社会構造、文化的内容をも規定する装置として機能している。

なぜなら、「わたしたちは、情報メディアが作り出す環境(メディア環境)がもたらす情報の網の目の中で、そして、情報メディアによって評価され方向付けられる傾向のある社会文化の中で、否応なくメディアに依存して生活している。」(『変わるメディアと生活』児島和人/橋元良明)からであり、さらに、

「メディアは、世界の出来事をありのままわたしたちに伝えるのではない。さまざまな事象を特定の視座から切り取り、一定の意味を付与してわたしたちに提示する。現在、わたしたちが構成する認知的世界は、こうしたメディアのフレームに基づいて形成され、また話題にのせるテーマ自体が、メディアによってすでに用意された議題リストに上がっているものの中から選ばれる。」(同上)とも言える。新たな情報技術が日進月歩で進化する情報メディアは、実態として社会の各領域に浸透し、社会的にも文化的にも大きな影響をもたらす装置として機能しているのである。

そのような映像メディアに囲まれた、高度情報化社会を生きている私たち。その社会の中でこれからさらに生きていく子どもたち。今、必要なスキルとは何なのか。学習指導要領のどの切り口からメディアリテラシーを実践できるか、考えていきたいと思っている。
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「ひとりの日本兵」  陳輝(チェン・ホイ)

2012-01-21 15:26:52 | 文学
「ひとりの日本兵」

                 陳輝



ひとりの日本兵が

晋察冀の原野で息をひきとっていった。

彼の眼窩には

赤黒い血が凝固し、

あふれるばかりの涙を凍らせ

悲しみを氷結させていた。

(略)

ふたりの農夫が、鍬を担いで、

やって来て、

彼を華北の岡の上に埋葬した。

(略)

中国の雪は音もなく、

彼の墳墓の上に降りていた。

このうら淋しい夜中、

とおい海をへだてた故郷の寒村で、

腰の曲がった老婆が、まだらな白髪を垂らして、

いっしんにはるかな戦地の息子の無事を祈っているにちがいない……



                  (秋吉久紀夫編訳「精選中国現代詩集」から)

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言葉なんか覚えるんじゃなかった

2012-01-21 15:22:42 | 文学
  帰途

             田村隆一



言葉なんか覚えるんじゃなかった

言葉のない世界

意味が意味にならない世界に生きてたら

どんなによかったか



あなたが美しい言葉に復讐されても

そいつは ぼくとは無関係だ

きみが静かな意味に血を流したところで

そいつも無関係だ



あなたのやさしい眼のなかにある涙

きみの沈黙の舌からおちてくる痛苦

ぼくたちの世界にもし言葉がなかったら

ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう



あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか

きみの一滴の血に この世界の夕暮れの

ふるえるような夕焼けのひびきがあるか



言葉なんかおぼえるんじゃなかった

日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで

ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる

ぼくはきみの血のなかにたったひとりで帰ってくる
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『草のそよぎ』 天野忠

2012-01-21 15:20:49 | 文学
『草のそよぎ』 天野忠



時間という草のそよぎに頬っぺたを吹かれているような老年。ヴァレリーが云ったように神は無からすべてのものを創り出したのだから、人間の材料も無から成り立っているわけで、老年も幼年も青年も、すべて無であるというわけだ。草のそよぎというような無の情感は、老年の無をやさしく撫でていく。暖簾が揺れているのは無が無と遊んでいるような風景であろうか。
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『カンダハール』     関川宗英

2012-01-21 15:13:28 | 映画
『カンダハール』     関川宗英

                    2002年の日記から

                           





 『カンダハール』は果たして西欧側の映画なのか。それとも、アフガニスタンの内実を訴える映画なのか。
 アフガニスタン空爆を正当化する映画なのか。地雷で足をなくした妻に、ぴったり合う義足を持って帰ろうとする愛と平和の映画なのか。

 2001年10月、アメリカのブッシュ大統領が『カンダハール』を見たいと、当時この映画が公開され始めたフランスから英語字幕付きのプリントをホワイトハウスに取り寄せた。ブッシュは、この映画の何を見たかったのだろう。ブルカに抑圧された女性たちだろうか。あるいは、銃を手に学ぶ神学校の子ども達の姿だろうか。「テープレコーダーを捨てろ」という言葉に象徴されるタリバンの圧政だろうか。
 それとも、「あの石仏は破壊されたのではない、恥辱のあまり自ら崩れ落ちたんだ」と語ったマフマルバフのメッセージだろうか。バーミヤンの石仏を破壊したタリバンは国際社会から非難されていたが、マフマルバフは長い間国際社会がアフガニスタンを見捨ててきたことを「恥」と糾弾する。世界の富の59%を所有しぶくぶく太ったアメリカは、その「恥」の中心に位置する。

 おそらくブッシュの目に『カンダハール』は、アメリカの国益のそうものだったのだろう。今年の1月、アメリカで『カンダハール』は公開された。日本でも1月19日だったかに公開となった。折しも、東京で「アフガン復興会議」が開催される直前だった。『カンダハール』の日米同時公開と、「アフガン復興会議」の開催は、勿論偶然ではないだろう。
 日米公開の前、ニューヨークのコロンビア大学の「9月11日の犠牲者を悼む集会」で『カンダハール』が上映された。マフマルバフはアフガン難民キャンプの教育の現状を訴えているが、そんな彼のメッセージもアメリカのリベラル派を、“タリバン追放そしてアフガン復興”というストーリーに巻き込むことに一役買ったに違いない。




 『カンダハール』を観終わって、何か物足りないもの、中途半端な印象を持った。それは、国際社会から見捨てられた人々のために撮影されたとコピーにもうたわれたこの映画が、ブッシュの目にもかなうというところにあるのだろうか。ユネスコの職員たちからも、敗走したタリバンの兵士たちからも支持されるものを『カンダハール』は持っている。

 「世界貿易センターの二棟の高層ビルは誰が破壊したのでもない、恥辱のあまり崩れ落ちたのだ。」とマフマルバフの言葉をもじって細見和之は書いている。その一方で、細見は、映画『カンダハール』が全く別のコンテキストにおいて見られる可能性を指摘している(「図書新聞2570号 細見和之 理性の光を取り戻すため」)。

   合衆国による空爆が現に実施され、タリバン政権が「崩壊」した現在、
   この映画はまったく別のコンテキストに置かれている。とりわけ合衆国
   においては、タリバンの抑圧性をいち早く「告発」した映画として、あ
   たかも合衆国による空爆を正当化するものとして「鑑賞」される可能性
   をも内包しているのだ。このような途方もない転倒をはらんだ力学のた
   だなかで、いま『カンダハール』が上映されているということを、ぼく
   らは忘れるわけにはいかないだろう。(同論文より) 

 『カンダハール』はいかなる映画か。西欧側の視点から作られたものか、羊の糞を拾い集めて燃料にしているアフガンの人々の視点か。それは、あくまでも観る側の問題だ。監督の意図がどうであろうと、明らかなメッセージが込められていようと、観てしまった以上その映画とどう決着をつけるかはこちら側の問題だ。マフマルバフが商業的な計算もあって、あえて両面的な観方が可能な、「途方もない転倒をはらんだ力学」の映画を作ったとしても、ともかく観てから先は、こちらの「これから」にかかっている。

 今、タリバンが崩壊して、アフガニスタン復興計画が進みつつある。マスメディアにのって届くものは首都カブールのものばかりだが、国際支援団体と、金と、物資がカブールに集まっている。音楽を聴けるようになった、映画が観られるようになった、女性が学校に戻り始めたと、「新しいアフガニスタン」をマスメディアは伝える。
 しかし、まだまだ復興への道のりは遠いようだ。

 ドルの流入により既に国内通貨市場は混乱しており、価格が大幅に変動している。
 「急に101もの外国団体がやってきて、家を借り、カーペットを買い、ペンキで塗るなどして、全ての物価が跳ね上がった」、とカブールに本拠を置く『セーブ・ザ・チルドレン』の開発アドバイザーは言う。
 同団体のカブール事務所の家賃は9月11日以前は月500ドルであったものが、1月には6000ドルにもなり、別の場所への移転を余儀なくされた。(中略)
 ドルの流入と政治的楽観主義の復活が相俟って、現地通貨アフガニも9月11日以前の1ドル7万アフガニから3月には35,000アフガニにへと急激に強くなった。(後略)    〔2002年3月22日 BBCニューズ〕

 マフマルバフや主演のニルファー・パズィラは、『カンダハール』の公開にあわせて、世界を回った。今年の冬には日本にも来た。NHKにも出た。彼らの精力的な行動が、アフガンの復興に結びついていることは確かだ。アフガンの教育への援助を根気よく訴え続けるマフマルバフにとって、このBBCニュースのようなアフガンの混乱は予想していたことだろう。ペシャワール会の中村医師のように、元気よくまた映画を作って欲しいと思う。

 しかし、ブルカは美しかった。
 あの美しさは、銃より大切なものではないだろうか。
 この日本にいて『カンダハール』の、その最良の観方は、ブルカの美しさに感応することかもしれない。
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ノーマライゼーション    一歩

2012-01-21 15:11:44 | 教育
ノーマライゼーション    一歩





 私の勤務する中学校には、授業中に、自慰行為をしてしまう男子生徒がいます。
 彼のIQはとくに低いわけではありません。教師の言葉は理解できますが、授業にはほとんど参加せず、妄想にふけり、奇声を発したりして周囲の生徒を驚かせたりします。もちろんノートはとりません。ノートをとろうねと注意すれば、書き始めますが、1分と続きません。性的なことに対する執着が強く、小学校では授業中に性的な言葉を発して、授業を混乱させるということが頻繁にあったということです。中学ではそれはほとんどなくなりました。しかし、思い通りにならないことがあったり、強いストレスにさらされると、他の生徒がいる授業中に、自慰行為を始めます。
 この生徒は、注意欠陥多動性障害(AD/HD)、広汎性発達障害(アスペルガー)、などいくつかの診断が下されています。本来なら、特別支援学級に進み、彼のような生徒をサポートしてくれる環境で力を伸ばしていく方がいいのですが、普通学級にいます。普通学級で学習したいという本人と親の意思を尊重することが第一に求められているためです。

 ノーマライゼーションという言葉があります。障害を持った人も健常者も一緒に生きていくという社会福祉の理念です。わが国では、1993年(平成5年)にノーマライゼーションの思想に基づき障害者基本法が制定されました。学校でもこの理念に立ち、教育活動が進められています。しかし、ノーマライゼーションを実現するためには、サポートする人、施設設備の改善、法的な整備などまだまだ不十分なことが多いのが現実です。
 ノーマライゼーションの名のもと、AD/HD、アスペルガーなどの障害を持った子どもたちへの教育が現場の教師の新たな課題として突きつけられるようになったのは、10年くらい前のことです。
 今私たちは、授業中にぼーっと外を見ている子どもを頭ごなしに怒れないことがあります。その生徒がAD/HDであれば、授業中のよそ見は障害のためだからです。そんな生徒が授業に集中できるように、その授業の目標や流れを視覚化して把握させること、時間の区切りを明確にすること、そして個々の能力に応じたきめ細かな指導が求められます。
 授業中に自慰行為をしてしまうような生徒は特殊な例です。私の勤務校でも彼だけです。しかし、程度の差はともあれ、AD/HDやアスペルガーなど教師の指示を一回で理解できない、周囲の生徒とコミュニケーションがうまくとれない生徒は各クラス4,5人はいます。

 ノーマライゼイションを学校で実現するためには、まず教師を増やすことです。各授業に最低二人の教師が必要です。
 そして、イギリスの「特別な教育的ニーズコディネータ-(SENCO)」のような、特別支援のためのスタッフが必要です。障害を抱えた生徒をどのように指導していくか、その生徒にあった特別な指導計画を考えていく、特別支援のためのスタッフです。
 特別支援のスタッフは、専門的な立場から、その生徒の障害の中身を診断し、指導計画を立てます。そして、その指導計画の共通理解を担任、副担任、保護者、本人とではかりつつ、担任、副担任、教科指導の教師がチームとなって指導計画を具体化します。このような流れで、特別支援の生徒が普通学級で他の生徒と一緒に学習を進められれば、きめ細かい指導が可能になるでしょう。
 しかし、特別支援のスタッフの計画を2次、3次と修正しても、指導がうまくいくとは限りません。そうなったときは、養護学校など専門的な教育機関への転学も検討しなければなりません。それは、特別支援のスタッフと、地域のソーシャルワーカーが判断していくことになります。このスタッフは、校内の支援体制を調整するだけでなく、外部教育機関、福祉・医療機関との連携をはかっていくことも役割に含まれます。
 このように、通常の指導が困難と判断される特別支援の生徒が出た場合、その生徒の指導を特別支援のスタッフが引き受けるという制度を作る必要があります。

 教員の数を2倍に増やし、特別支援のスタッフを各学校に常駐させること。これだけでも、かなりの人とお金が必要です。
 しかし、日本の公的な教育予算は、欧米に比べてかなり低いものとなっています。OECDの調査「公財政教育支出の対GDP比(2006年)」 http://www.oecdtokyo2.org/pdf/theme_pdf/education/20090908eag.pdf
によれば、GDP比は欧米の5%に対し、日本は3.3%にすぎません。
 
 普通学級の特別支援について長々と書きましたが、公立の小中学校が抱えている問題の一端をおわかりいただけたかと思います。しかし、学級には、知的障害や情緒障害の生徒の他に、心臓やぜんそくなどの健康面の不安をもっている生徒、リストカットしている生徒、家庭が不安定な生徒、警察のお世話になっている生徒など様々な生徒がいます。一人ひとりの抱えていることを解決していくためには、それぞれの専門分野からのサポートが必要です。

 そして、学力の問題。基礎学力の定着と、より高い次元の知的能力を向上。文系、理系のあらゆる分野に対応できる、多様で、専門的な教育を実現するために、「人」「お金」が どれくらい必要なのか。私は、特別支援のケースの2倍から、3倍は必要かと思います。




 ノーマライゼーションの導入が、「生徒たちのツケ」となっているのではないか。それは、現実として、否定できません。「~ちゃんと違うクラスにしてください。」そんな声が学校に寄せられるれることもあります。

 ノーマライゼーション導入にあたり、私たちも「人」の増加、「施設」の向上、「法」的な整備を求めました。しかし、「特殊教育」から「特別支援教育」に変わり、学校教育法や学校教育施行規則は改正されましたが、教師の人数は増えませんでした。特別支援の学級はそれまでの特別教室をつぶしてつくる、これが今全国どこの小中学校でも行われています。

 文科省は、特別支援教育推進のために、「特別支援教育コーディネーター」を置くこととしましたが、これも教員が増えたわけではありません。学校内の誰かが、それまでも仕事に加えて、「コーディネーター」になっているというのが現場の姿です。

 学校教育の改善には、人を増やしも金をかけることが必要です。こどもたちは勿論、教師にとってもゆとりのある環境が大切です。



2011年8月
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船が水面にたゆたっている光景   ソロー

2012-01-21 14:11:43 | 文学

船が水面にたゆたっている光景   ソロー



 二人の男たちが乗ったスキッフ・ボートとこの近くですれ違ったが、そのボートは木々を映している水面にたゆたっている。空中に漂う羽毛のように、あるいは小枝から離れた葉が、ひっくり返りもせずに静かに水面に落ちつつあるかのように、動きを止めて、自然の法則に任せてかすかに漂っている。このように彼らがたゆたっている光景は、自然の哲学のなかで展開される美しさを、巧みに具現している。私たちの目には、鳥が空を飛び、魚が水中を泳ぐのと同じく、人間が船を漕ぎ進めることは芸術の域に達しているように思える。人間のあらゆる行動は、さらに高尚で崇高なものにすることができるはずだ、という点に思い至る。私たちは人生のすべての面で、芸術作品や自然に劣らない程度に美しく優雅にやりおおせることができるのではあるまいか。

                 (『コンコード川とメリマック川の一週間』 ソロー  仙名 紀訳)
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札幌国際芸術祭

 札幌市では、文化芸術が市民に親しまれ、心豊かな暮らしを支えるとともに、札幌の歴史・文化、自然環境、IT、デザインなど様々な資源をフルに活かした次代の新たな産業やライフスタイルを創出し、その魅力を世界へ強く発信していくために、「創造都市さっぽろ」の象徴的な事業として、2014年7月~9月に札幌国際芸術祭を開催いたします。 http://www.sapporo-internationalartfestival.jp/about-siaf