chuo1976

心のたねを言の葉として

『歳月』    田中冬二

2012-03-31 07:07:10 | 文学
『歳月』    田中冬二


妻が嫁入りの時に持って来た箪笥も鏡台も古びてしまった
鏡台はがたがたになった
そんなにも歳月はたったのだ
乏しきに堪へて来た私達だ
今更新しいのを 購ふでもないが
一寸さびしい気もする
五月の庭のみずみずしい若葉が
溢れるやうに映ってゐる鏡の面
そこに私の顔
その顔の何と老いこんだことだろう

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みちのくの しのぶもぢずり たれ故に 乱れそめにし われならなくに

2012-03-30 05:40:53 | 文学

百人一首《14番》

「みちのくの しのぶもぢずり たれ故に 乱れそめにし われならなくに」河原左大臣




『古今集』

「陸奥のしのぶもぢずり たれゆゑに乱れんと思ふ我ならなくに」

 


源 融(みなもとのとおる) 弘仁十四年(823)~寛平七年(895)

加茂川のほとり「河原院」に住んだので、「河原左大臣(かわらのさだいじん)」と呼称される。
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「チェルノブイリ・ハート」(2003年 マリアン・デレオ監督、ウクライナ、米国合作)

2012-03-29 16:04:38 | 文学
「チェルノブイリ・ハート」(マリアン・デレオ監督、ウクライナ、米国合作)

 

   

 1986年4月26日に起きた旧ソビエト連邦のチェルノブイリ原子力発電所4号炉の爆発事故。それから16年、アメリカ人の女性ドキュメンタリー作家がベラルーシ共和国を訪れ、いまもなお被爆被害に苦しむ人々の姿をつづったドキュメンタリー。第76回アカデミー賞でドキュメンタリー短編賞を受賞。


 チェルノブイリ・ハートとは、“穴のあいた心臓”、“生まれつき重度の疾患を持つ子ども”の意味である。ベラルーシでは現在でも、新生児の85%が何らかの障害を持っている。1986年4月26日、旧ソビエト連邦(現ウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所4号炉が爆発事故を起こし、放射性降下物はウクライナ、ベラルーシ、ロシアを汚染した。2002年、ベラルーシ共和国。原発から半径30キロ以内の居住は禁止されている。さらに北東350キロ以内に、局所的な高濃度汚染地域“ホット・ゾーン”が約100ヶ所も点在している。ホット・ゾーンでの農業や畜産業は、全面的に禁止されている。そんななか、ホット・ゾーンの村に住み続ける住民、放射線治療の現場、小児病棟、乳児院の実態に迫る。さらに4年後、事故から20年が経った2006年、事故があってから初めて故郷を訪れた1人の青年は、廃墟となったアパートへ向かう。爆心から3キロの強制退去地域は、1986年で時間が止まっていた。青年は1986年のカレンダーを見つめて、近親者の10人がガンで死んだこと、自分もそうやって死ぬ確信があることを語る。その1年後、青年は27歳の生涯を閉じた。



   
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「鄙ぶりの唄」     茨木のり子

2012-03-29 09:57:50 | 文学
  鄙ぶりの唄
       茨木のり子

 それぞれの土から
 陽炎のように
 ふっと匂い立った旋律がある
 愛されてひとびとに
 永くうたいつがれてきた民謡がある
 なぜ国家など
 ものものしくうたう必要がありましょう
 おおかたは 侵略の血でよごれ
 腹黒の過去を隠しもちながら
 口を拭って起立して
 直立不動でうたわなければならないか
 聞かなければならないか
      私は立たない 坐っています

 演奏なくてさみしい時は
 民謡こそがふさわしい
 さくらさくら
 草競馬
 アビニョンの橋で
 ヴォルガの舟歌
 アリラン峠
 ブンガワンソロ
 それぞれの山や河が薫りたち
 野に風は渡ってゆくでしょう
 
    ちょいと出ました三角野郎が
 八木節もいいな
 やけのやんぱち 鄙ぶりの唄
 われらのリズムにぴったしで
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古今和歌集 仮名序

2012-03-28 06:37:22 | 文学
やまとうたは、ひとのこころをたねとして、よろづのことのはとぞなれりける。世中にある人、こと、わざ、しげきものなれば、心におもふことを、見るもの、きくものにつけて、いひいだせるなり。花になくうぐひす、水にすむかはづのこゑをきけば、いきとしいけるもの、いづれかうたをよまざりける。ちからをもいれずして、あめつちをうごかし、めに見えぬおに神をもあはれとおもはせ、をとこをむなのなかをもやはらげ、たけきもののふの心をもなぐさむるは、うたなり。

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『母の思いで』    詩人PIKKI

2012-03-27 06:38:39 | 文学
『母の思いで』    詩人PIKKI



脳梗塞のあと
動脈瘤破裂手術で
痴呆症で寝たきりの母を
ベッドから車椅子でソファーへと運んで
朝食を食べさせてあげてからの出勤だった
すぐ側にポータブルトイレを置いて

でも時々仕事から帰ると
ポータブルトイレに座ることも不可能になって
下半身裸で寝転んで
わんわんと泣いている母がいた
母を抱き起こしながら
わんわんと泣いている自分がいた

休みの日には
できるだけ運動をしようと
お手玉やボールを使っての
キャッチボールだった
昔ソフトボールの選手だったという母を
「補欠じゃなくてバケツだったんだろう母さん」と言って
思いっきりぶつけられたこともあったっけ

運動に疲れると
ぼくの大好きな
宮澤賢治の童話や詩や
アイヌ民族のユーカラを一緒に読んだあと
「これはどうだった?」と聞くと
いつもきょとんとした顔をしてた母
でも好き嫌いははっきりしていた母だったので
たぶん気にいっていたんだと思う

会社からの上司の見舞いがあった日から
意識不明となって
一週間後に亡くなってしまった母だった
その時の話を聞こうとしたら
その上司はそのすぐ後に
遠くへと転勤になっていた

ぼくの唯一の心残りは
「今年だけは桜を見せてね」との母の頼みに答えてやれなかったこと
仕事が忙しかったり
冷たい雨の続いていた年だった
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『死んでしまったすべてのものたちへ』    詩人PIKKI

2012-03-26 07:16:11 | 文学
『死んでしまったすべてのものたちへ』    詩人PIKKI




死んでしまった子供は
思い出を残すことだろう

死んでしまった老人は
忘れられない言葉を

死んでしまった女は
子供への愛を叫ぶことだろう

死んでゆきつつあるぼくらは
廃墟と放射能だらけの風景の中をさすらい
それからやっと死の直前に
誰がいったい・・
これだけの破壊冒涜をやったのかと呟くことだろう
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「好きなもの」    詩人PIKKI

2012-03-25 14:38:57 | 文学

好きなもの」    詩人PIKKI

2012年02月11日




「好きな食べ物は?」って
今日もまた聞かれた
昨日スーパーで観たウドが咄嗟に頭に浮かんで
「ウドの酢味噌だべか」

最近いよいよ
朽ちてゆく難破船へと降り注ぐ放射能や怒りの声
振り返ればそこには
涙ぐみ途方にくれる人々の影また影

こんな吹雪の夜に
いつも思い出すのは両親の優しい眼差しと
風邪で寝てたぼくへの問いかけ

「何が食べたい?」
「鰈の煮付け」
それから父が吹雪の中を数キロ歩いて魚屋から買ってきて
母がそれを煮てくれた
次の日の朝の煮こごりが
カラカラに乾いた喉に染み通った

好きなものは
それ以外にもたくさんある
好きなものは
誰もにとっても人間の証しだったはずなのに

家族揃っての晩夏
縁側に並んでの線香花火
目も開けられない吹雪へと飛び出して
はあはあ言いながら
叫んでいたきみの名前


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安部作品は国際評価…三島由紀夫は高評価でない

2012-03-24 04:34:41 | 文学
安部作品は国際評価…三島由紀夫は高評価でない

2012年3月23日(金)読売新聞





 ノーベル文学賞の有力候補と言われ続けた、作家の安部公房は受賞を目前にして急死した――。

 同賞を選考するスウェーデン・アカデミーのノーベル委員会のペール・ベストベリー委員長(78)が21日、日本人作家への評価の一端を明らかにしたことで、改めて安部作品の国際的評価の高さが裏付けられた格好だ。

 前衛的な安部作品は、カフカに匹敵する文学として旧ソ連、東欧をはじめ海外で人気が高く、1968年には「砂の女」がフランスで最優秀外国文学賞を受賞。代表作はスウェーデン語でも出版され、91年に地元メディアが安部を大江健三郎さんと並び、「ノーベル賞候補」と報じたこともあった。また、安部死去の翌94年に日本人2人目のノーベル文学賞を受けた大江さんは、受賞決定後、「日本の文学の水準は高い」として、安部、大岡昇平、井伏鱒二の名を挙げ、「だれがノーベル賞をもらってもよかった」と述べていた。

 安部と親交が深かった、日本文学研究者のドナルド・キーンさんは「北欧の研究者から安部さんが、有力という話を聞いていた。個人的にも親しく、文学賞にふさわしい作家だった」と納得する一方、「ノーベル賞は作家の評価だけでなく、地理的な要因も考慮される」と話した。

 一方、ベストベリー委員長が、三島由紀夫について、安部ほどは受賞に近づいていなかったと指摘したことについては、「スウェーデン人で国連事務総長を務めたダグ・ハマーショルドが『金閣寺』を高く評価することをスウェーデン・アカデミーに伝えており、その推薦は軽視されないということだった。受賞に大変近かったはずだ」と述べた。

 ノーベル文学賞の選考経過は原則、50年後に公開されている。
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「檸檬」   梶井基次郎

2012-03-23 06:40:01 | 文学
「檸檬」   梶井基次郎




「あ、さうださうだ」その時私は袂の中の檸檬を憶ひ出した。本の色彩をゴチヤゴチヤに積みあげて、一度この檸檬で試して見たら。「さうだ」
 私にまた先程の輕やかな昂奮が歸つて來た。私は手當り次第に積みあげ、また慌しく潰くづし、また慌しく築きあげた。新しく引き拔いてつけ加へたり、取り去つたりした。奇怪な幻想的な城が、その度たびに赤くなつたり青くなつたりした。
 やつとそれは出來上つた。そして輕く跳りあがる心を制しながら、その城壁の頂きに恐る恐る檸檬を据ゑつけた。そしてそれは上出來だつた。
 見わたすと、その檸檬の色彩はガチヤガチヤした色の階調をひつそりと紡錘形の身體の中へ吸收してしまつて、カーンと冴えかへつてゐた。私には埃つぽい丸善の中の空氣が、その檸檬の周圍だけ變に緊張してゐるやうな氣がした。私はしばらくそれを眺めてゐた。
 不意に第二のアイデイアが起つた。その奇妙なたくらみは寧ろ私をぎよつとさせた。
 ――それをそのままにしておいて私は、何喰はぬ顏をして外へ出る。――
 私は變にくすぐつたい氣持がした。「出て行かうかなあ。さうだ出て行かう」そして私はすたすた出て行つた。
 變にくすぐつたい氣持が街の上の私を微笑えませた。丸善の棚へ黄金色に輝く恐ろしい爆彈を仕掛しかけて來た奇怪な惡漢が私で、もう十分後にはあの丸善が美術の棚を中心として大爆發をするのだつたらどんなに面白いだらう。
 私はこの想像を熱心に追求した。「さうしたらあの氣詰まりな丸善も粉葉みじんだらう」
 そして私は活動寫眞の看板畫が奇體な趣きで街を彩つてゐる京極を下さがつて行つた。
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札幌国際芸術祭

 札幌市では、文化芸術が市民に親しまれ、心豊かな暮らしを支えるとともに、札幌の歴史・文化、自然環境、IT、デザインなど様々な資源をフルに活かした次代の新たな産業やライフスタイルを創出し、その魅力を世界へ強く発信していくために、「創造都市さっぽろ」の象徴的な事業として、2014年7月~9月に札幌国際芸術祭を開催いたします。 http://www.sapporo-internationalartfestival.jp/about-siaf