12月17日午前10時半ごろ、大阪市北区の繁華街・北新地にある雑居ビル4階で火災が起きた。出火元は心療内科・精神科の医療機関「西梅田こころとからだのクリニック」だ。この事件で、24人もの尊い命が失われた。

 同日、クリニックを訪れた男が、油のような液体の入った紙袋を暖房器具の近くで蹴り倒して火をつけたとみられ、大阪府警は殺人と放火による重大事件として天満署に捜査本部を設置した。

火災現場 (読者提供)© 文春オンライン 火災現場 (読者提供)

 当初、現場は混乱のなかにあったが、徐々に事件の詳細が明らかになってきた。火は約30分で消し止められたため、建物の外見上はあまり大きな被害が出たようには見えない。

「男が引火させた場所が、クリニックの入口付近だったことで、被害が拡大しました。外に避難するためのエレベーターと非常階段は、入り口の奥にあり、クリニックの中にいた人が逃げるためには火元を通らなければならない。油による火が激しく、逃げられなかった人が多く、被害者が増えてしまったとみています」(消防関係者)

 放火した疑いのある男は何者なのだろうか。

男は意識不明の重体で大阪市内の病院に入院

「火をつけたとみられる男は、現在大阪市内の病院に入院しています。死んではいないが意識不明の重体。年齢は61歳で、このクリニックの診察券を持っていたことから患者の一人だったことが分かっています」(捜査関係者)

 男の住む同市西淀川区の自宅では、火災事件の約30分前にぼや騒ぎが起きていた。事件担当記者は「男の住む部屋から煙が上がり、1時間あまりで消火されました。自宅についても放火の疑いが持たれています」と解説する。府警と消防は、18日午前、男の自宅の実況見分を始めた。

 男が住んでいたのは古びた3階建ての戸建て。直前にボヤ騒ぎがあったこともあり、壁は煤けていた。

「近所付き合いがほとんどなかったようで、近隣の住民はまったくどのような男だったのか把握していません。かつて結婚はしていたようですが……」(事件担当記者)

男が起こした衝撃の事件「玄関に血溜まりが…」

 取材班が、男の元妻が住んでいるというマンションに足を運ぶと衝撃的な話を聞くことができた。近隣の女性住民はこう証言する。

「元々近所付き合いがない方々でしたが、やはり10年くらい前に起きた“あの事件”が気まずいんとちゃいますかね。事件の数年前になるんかな、父親以外の3人で15年ほど前に越してきました」

 この近隣住民によると、女性と息子2人の一家だったようだ。父親である男が同居していたかは不明。近隣住民は姿を見たことはなかったという。

「私の息子が見たんですけど、ある日、朝方に警察の方がたくさんいたことがあったそうなんです。しかもあの部屋の玄関が空いていて、中を見ると血溜まりができてたって。親子トラブルで、お父さんが息子さんを刺したそうなんです」(近隣女性)

 別の近隣住民の男性も「血まみれの部屋から男性が救急車へ運ばれてた」と約10年前の事件の状況を振り返る。

「刺されたのは2人の息子さんのうち、お兄さんの方。どうやらお兄さんが働くか働かないかで揉めたのが原因やったと聞きました」

 当時の報道によると、男は長男の頭部などを包丁で刺したとして、殺人未遂容疑で逮捕。別居していたとみられる男が、妻と息子の住む部屋へ来て食事、飲酒し、酔った勢いでかばんに入れていた包丁で刺したという。

 何が男をそんな凶行に駆り立てたのだろうか。当時の裁判を知る関係者にも取材することもできた。

「2008年秋頃に男は離婚し、ひとり暮らしを始めています。しかしひとり暮らしの寂しさが募り、翌年に元妻へ復縁を申し込むも失敗。孤独感が深まり、次第に自殺を考えるようになったそうです。しかし1人で死ぬのは怖かった。そこで、“働かず元妻に迷惑をかけている”という理由で長男を道連れにしようという考えに至ったようでした」

 その後、男の心情は移り変わり、「家族は一緒でなければならない」という理由から、元妻や次男も道連れにすべきだと考えるようにもなった。そこで男は2011年4月、ついに実行に移す。

長男と酒を酌み交わした後、頭部に包丁を振り下ろした

「長男から家族みんなで遊びに行こうと誘われ、家族が一堂に会すことがあったんです。男は日中、家族と一緒に過ごし、その後に『寿司を買ってるから』という理由で元妻の家に上がり込みました。その際、包丁を数本、鞄に忍ばせていますが、まだ無理心中に対してはためらいがあったようです。

 しかしその後に長男と2人で酒を飲み交わした。どんな話をしていたかはわかりませんが、酒の勢いも手伝ってか、明け方6時頃に長男に切りかかったのです」(同前)

 男は持ってきていた刃渡り15㎝ほどの出刃包丁を長男に向け、何度も頭周辺を刺した。長男は血だらけになりながらも男を玄関に押し出し、なんとか最悪の事態は免れることができたのだという。

「こうした経緯から、裁判では男の弁護側が、孤独によるうつ病といった精神疾患などを原因に減刑を求めています。しかし当時、男は仕事を辞めたにも関わらず、金を競馬に費やして自身の生活費にも困るような状態でした。裁判官は自身の行いが招いたことを打開するために、家族を犠牲にするのは『家族に対する甘え』と切り捨てて、懲役5年を言い渡しています」(同前)

 元妻に話を聞こうと自宅を訪れたが、報道陣の取材には固く口を閉ざしている。前出の近隣住民の女性はこうも話していた。

家族は新生活を始め、男は孤独を深めた

「事件後はよりいっそう近所付き合いを避けるようになってはったけど、事件後に一度だけまともに会話する機会がありました。私の家のテレビの音がうるさいと、お兄さんが直接文句を言いにこられたことがあるんです。特にトラブルにはなりませんでしたが、どうやらお兄さんが家でパソコン仕事をしていて、音が気になったみたいです」

 元妻や長男が新生活を始めた一方、男は刑期を勤め上げた後、出所してからも一人暮らしをしていたとみられている。またもや孤独な生活に苛まされていたのだろうか。「病院と男の間でトラブルがあった」という話もあり、府警の捜査の進展に注目が集まっている。

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