銀座のうぐいすから

幸せに暮らす為には、何をどうしたら良い?を追求するのがここの目的です。それも具体的な事実を通じ下世話な言葉を使って表し、

横浜国立大学は、どうして、元ゴルフ場と言う、通学が、超・不便な場所に、移転をさせられたのか?

2017-05-26 22:40:04 | 政治

 この一文は、私が、今書いて居る、ミステリー小説の、一章のその中から、独立させたものです。この部分の前後に、いろいろ、書いて居て、それで、文脈上、この件を説明する必要が出て来て、書きました。で、主たるフォーカスが、ここに当たっていないので、傍証づけ等が、足りない文章ではあります。

 で、横浜国立大学と言うキーワードに惹かれて、この章をお読みになる方には、ご不便をおかけしますが、カレンダーの日付をご覧いただき、この前の、章を、10章ぐらい選んでお読みいただくと、いろいろ、ご理解が深くなるやも、知れずと、勝手ながら、おもっております。

副題5ーA、『横浜国立大学は、保土が谷区の奥と言う交通不便な地に、押し込められてしまった。統合キャンパスを作るという名目でだ。最近は地下鉄が、近所を通る事となったが、それまでは、ずっと、バスしかなかったのだ。今、改めて、地図を検索すると、その地下鉄によっても、また、相鉄線を使っても徒歩なら、30分は掛かる場所である。ICUも似た様な位置にある。それで、上智に負けてしまった。ただし、ICUの方は、キャンパス内は、非常に美しい。以前より敷地は狭くなったが、私の通学していた頃など、全学で、1000人強程度の学生なのに、五万坪の敷地を誇っていたのだ。そして、建物類も、昔も、今も、お金のかかっているものが多いし。一方の横浜国立大学だけど、国家が、国立大学にそれほど、お金を掛けるはずがないので、ICUが持っている地の利の悪さを、逆利用した天国性は、無いだろう。と、成ると、これは、死ねと言うに等しい悪意ある措置だ。どうして、関係者(卒業生の中の有力者)は、反対をしなかったのだろう。残念だ。

 同じ横浜市内の大学として、神奈川大学も最寄り駅の、白楽から、相当に歩くらしいのだが、今度みなとみらい地区に移転をするそうだ。それは、賢い。ぼやぼやすると、人気の面で、横浜国立大学を抜くかもしれない。

 この移転は、多分、瀬島龍三が、画策した事であって、神奈川県立近代美術館を、鶴岡八幡宮境内から、葉山の、旧、高松宮様の別荘跡地へ、移動をさせたのも、その同じ趣旨の一つだろう。

 これは、アルバイトをする事を好む、現代の学生にとって、その大学の人気がなくなる理由の一つとなる。刑事が変装した女性であり、ファンを名乗る安藤てる子さんがそれを言ったのか? 別の女性である、同じく、ファンを名乗る女性がそれを、言ったのか? 発言者についての詳細は、忘れてしまったが、二人のうちのどちらかが、「横浜国立大学は、明治大学より下だ。人気も偏差値も下だ」と、言ったのだ。非常に驚いた。

 確かに明治大学は、経営の方向性が正しい。明治大学は、お茶の水に高層ビルをたてた。郊外に散らばっていた各学部を集約した。学生は、都心を好むのだ。明治大学の在るお茶の水は、地下鉄丸の内線を利用すると、池袋、渋谷、表参道(赤坂見附で、銀座線に乗り換えると可能)、銀座まで、自由自在にいかれる。黄色い総武線を利用すると、秋葉原にも、2分とかからないで、行かれる。赤い中央線を利用すれば、新宿まで、15分もかからない。上智大学よりも、便利かもしれない。と、成ると、現代日本最高の、交通の便のいい大学となる。で、学生の人気が高い。それは、認める。

 しかし、1960年代の、横浜国立大学の、人気と、偏差値の高さと言ったら、無かった。東大との、併願校だったのだ。医学部はなかったけれど、千葉大よりも上だったという感覚がある。 

 特に夜間部もあった。国立大学で夜間部があるのは、ここだけではなかっただろうか? 今、どうなっているのか知らないが、京浜急行【弘明寺】駅もよりに、工学部があって、私の主人など、昼間の学部の学生として、応用化学科を出たのだが、子供が生まれてから、この弘明寺の、機械工学科に、学士入学生として、通い、そちらも卒業をしている。どうしてそういう事が可能だったかと言うと、日産自動車の研究所が、同じ京急の、【追浜】にあり、私達夫婦は当時はJR横浜線【鴨居駅】もよりに住んでいたからだ。だから、主人は、二分野に精通している。ので、日産自動車、研究所所員として、酸化窒素ガスの除去装置を開発した。 日本の空気がきれいなのは、主人のお陰なのですよ。(悲哀をもって、これを語るけれど、それは真実です)

 その弘明寺の、工学部跡地なのだけれど、今は付属中学が使っているそうだ。一度も行ったことがないが、以前は、横浜本牧の、立野地域の丘の上にあった、あのどっしりとした校舎は、すでに、跡形もないそうだ。残念至極だ。

 私は以前は、こう考えていた。連合赤軍事件があった。永田洋子が、ある女性の腹を掻っ捌いて、殺した。その女性が、妊娠したことに嫉妬して、その腹を掻っ捌いて、赤ちゃんも、殺した。などと報道をされて居る。そういう事件があった。その時に、妊娠の相手は、父親が一部上場企業の重役をしているおぼちゃま育ちの学生で、多分、横浜国立大学の在学生だったと、記憶している。で、学生運動が盛んだったので、それを抑圧するために、不便な所へ移転をさせたのだと、推察していた。しかし、その後、近代美術館が、八幡宮から葉山に移転をされてしまった経緯などを見ていると、この横浜国立大学の移転は、私達夫婦が、エリートではないのだと言う事にするための、遠大な、計画だったと、思われて来る。つまり、瀬島龍三一派の仕業だったのだ。

  なお、この文章は、実際には、27日の夜に書き、独立させてアップするのは29日の深夜なのですが、これが、隠れてしまうことを恐れて、27日の日付に治させていただきたいと、存じます。壱日に当たり、壱章を当てないと文章が隠れてしまうからです。あしからず、ご了承をいただきたく、・・・・・

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