太陽と写真日記

思い思いに撮った写真を貼りつけてるだけのblogです。
愛犬・太陽の思い出も、、

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2022年01月31日 08時55分32秒 | たい

北九州市小倉北区散策

北九州メディアドーム

競輪場です。

全国初の競輪事業を誘致し、昭和23年11月に第1回のレースが開催されました。
「競輪発祥の地」記念碑があります。
オリンピックの自転車競技のなかにも「ケイリン」という競技があります。



綿津美神社


創建等は不詳ですが、毎年1月16日に「わいわい祭」というのが行われているそうです、
いまはコロナで中止ですが、、

車の上にニャンコ(=^・^=)


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2022年01月30日 08時47分24秒 | たい

北九州市小倉北区三萩野地区 散策

東岸寺

享保10年(1725年)京町からの火災により炎上し、宝暦3年(1753年)に再建されたお寺。
昭和34年に現在地(片野地区)に移転したそうです。道理で新しい建物だ、、



東岸寺は、マンションが立ち並ぶ一角にあります。

金ピカの仏様。 最近の建立でしょうね。


東岸寺の入り口にある、身代わり地蔵尊。
延宝8年(1680年)の建立。





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2022年01月29日 08時38分44秒 | たい

北九州市小倉北区三萩野地区 散策

モノレール片野駅の近くにあったお堂


なかにはたくさんの仏様がいらっしゃいました。

常徳寺 

寛永年間(1624~1643年)に紫川が氾濫し浸水した為、現在地へ移ったそうです。
ご本尊は十一面観世音菩薩。

お寺ですが、狛犬?がありました。




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2022年01月28日 09時19分19秒 | たい

北九州市小倉北区三萩野散策の続き

角神社

貞観2年(860年)宇佐神宮より門司甲宗八幡神社へ、神宮皇后が使われた甲を神霊として運ぶ際に
片野に一泊されたことが起源とされています。

古来より、婚姻の祖神、安産、家内安全、商売繁盛、交通安全の神として
片野、三萩野一円の氏神様として大切にされています。


境内にある猿田彦大神(右側)
文政4年(1821年)


こちらは建年が判らないが、同じく猿田彦神。

ニャン


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2022年01月27日 09時06分34秒 | たい

北九州市小倉北区三萩野地区を散策

享和4年(1804年)に作られた猿田彦大神


ここには、旧萩崎村と旧片野村を結ぶ江戸時代からの道が
現在も残っています。



西宗寺
天正年間に了円師が開基し、寛永13年(1636年)11月、本願寺より寺号を頂いたとのこと。
大正9年に現在地へ移転しているとのこと、、




浄土真宗本願寺派だそうです。

三萩野交差点付近に、旧九州鉄道「足立停車場」が設置されていたそう。
現在ではマンションやホームセンターになっています。


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2022年01月20日 08時54分07秒 | たい


砥石山天疫神社
元禄10年?(1697年)銘の刻まれた鳥居がありました。


天疫神社の境内には、10数基の古墳時代後期の円墳があります。
この写真は、盛り土が無くなり横穴式石室の内部主体が露出した古墳だそうです。


天疫神社の南側に御堂があり、そこでは宝篋印塔の笠石が大切に祀られています。

神社付近の祠の横にあった大黒様と恵比寿様の木彫り

太陽さん お空の上から、コロナには気をつけろよ!と言ってるかな?
(2012年1月 7歳)


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2022年01月19日 08時56分25秒 | たい

貴布祢神社

升塚
 境内に、康永2年(1343年)に建立された自然石の梵字が刻まれた板碑があります。
 梵字は、阿弥陀をあらわす「キリーク」が彫られています。


猿田彦大神
 境内に、文政7年(1824年)に建立された猿田彦大神があります。


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2022年01月18日 08時40分48秒 | たい

若宮神社



神社縁起碑
 神社の縁起が刻まれた碑

重留遺跡
 弥生時代中期から後期にかけての集落跡で、竪穴住居跡、貯蔵用竪穴などが
 発掘調査されています。


竪穴住居跡から、祭祀に使われて広型銅矛が、土の中に収納された状態で
発見されたそうです。
現在では復元され公園として残されています。
(福岡県の指定史跡)

太陽さん 久しぶりの登場 忘れてないよ!(2012年1月 7歳)


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2022年01月17日 09時08分32秒 | たい

陸軍兵曹長檪(くぬぎ)哲造の墓 
西南戦争時に、失態で自決しようとした乃木希典少佐(当時)を止めた人だそうです。

城野遺跡の横にあった石塔

若宮神社 地蔵堂


板碑
 碑面上部に梵字らしきものが刻まれているとのことだが、よくわからなかった。