去年、松代温泉に行ってその泉質の素晴らしさに感動。再訪もしましたが、時間切れで真田家の城下町松代探訪はいまだ実施できていませんでした。
さあ、小布施町の帰りに3度目の松代温泉へ。
北信の山々が雪をかぶって輝いています。
2月にしたら珍しいほどの陽気ですから、宿泊した国民宿舎「松代荘」からすべて徒歩の旅。
まずは、真田家の菩提寺「長国寺」
ちょっと見学してのつもりが、寺守の方の丁寧な説明を受けて、一挙に歴史の世界に引き込まれました。真田家歴代の知恵や蓄財。それを吐き出させるためのこの墓所ではあるのですが。
周到な用意をした旅には旅のだいご味がありますが、予想外の展開というのも楽しいものです。
写真を撮るアングルまで教えてくれました。真田家歴代の墓。
旧市街に向けて、徒歩の旅が続きます。
さしあたり、真田宝物館・真田家の住宅新御殿・文武学校へ。
宝物館には戦国武将の直筆書状や、細密な異人画など「宝物」がたくさんありました。
真田邸。新御殿と呼ばれる大名屋敷
。
藩校文武学校
立派な武道場が何棟も建っています。
梁組が見事です。
松代象山地下壕(大本営予定地の跡地)
ほんの一部の公開です。
佐久間象山の象山神社
城下町ですから、武家屋敷も残り家並も風情あるものでした。
山寺常山邸
水が豊かな松代ですが、生活用水、畑用水、融雪、鯉の養魚など上手に生活に取り入れているところにも感心しました。
道も、いとゆかし。
去年の夏、富岡製糸場に行きました。
高待遇で女工さんを募集したにもかかわらず、「異人さんが夜な夜な娘の生き血を飲むらしい」などのデマが流れまったく集まらなかったそうです。
そこに、松代藩の武士の娘、和田英が名乗りを上げて、それをきっかけに全国から様々な出身の娘たちが集まって工場が稼働できたこと、その和田英が正確な記憶をもとに「富岡日記」を書き残したために、当時の様子がよくわかったことなど知りました。
和田英は結婚後の名前で、横田瑛。その横田家も修復展示されていました。
横田英の弟二人も、大審院長、鉄道大臣となり優秀な家系だったことがわかりました。
富岡製糸場に行ってないとしたら、これほど熱心に横田家見学はしなかったでしょう。経験を積んで前頭葉は深まるものですが、こういう体験をすると実感できます。旅はこうして深まるものですね。