テアトル十瑠

1920年代のサイレント映画から21世紀の最新映像まで、僕の映画備忘録。そして日々の雑感も。

孔雀夫人

2008-08-08 | ドラマ
(1936/ウィリアム・ワイラー監督/ウォルター・ヒューストン、ルース・チャタートン、ポール・ルーカス、メアリー・アスター、デヴィッド・ニーヴン、グレゴリー・ゲイ、マリア・オースペンスカヤ、ジョン・ペイン/101分)


 熟年離婚という言葉を聞くようになって久しいが、概ね御主人の定年退職か、バブルがはじけた後はリストラによって家庭の中で夫婦が向き合うようになって発生するものらしい。
 70年前のアメリカ映画「孔雀夫人」もそんな夫婦が主人公。コチラの御主人は一代で大きな自動車メーカーを興した人物なので、定年ではなく、他社の買収話に応じた結果での離職である。買収先での副社長のイスも用意されていたが、御主人は奥さんのために引退の道を選ぶ。資産は充分にあり、新婚当時から夢見ていた豪華客船でのヨーロッパ旅行を楽しもうというのである。夫の名前はサム・ダズワース。年の離れた奥さんはフラン。
 『サミー、華やかな生活をしたいの! ヨーロッパでは女性は人生を満喫している。ダンスは娘より上手だし、容姿だって自信があるわ。これからは、貪欲に人生を楽しむの!』

 アメリカ人初のノーベル文学賞受賞者、シンクレア・ルイス原作の辛辣な人間ドラマであります。【原題:DODSWORTH

*

 フラン(チャタートン)は若い頃スイスの女学校で学んだことがあり、ヨーロッパには強い憧れをもっていた。サム(ヒューストン)と結婚をし、一女をもうけたが、アメリカ式の慣習が蔓延る地方都市での生活にはうんざりしていた。妻としての仕事はキッチリこなすものの、地域の集まりには極力行かないようにしてきた。
 最近結婚した娘やサムの友人達に見送られながらヨーロッパへ旅発つ。新婚旅行も出来なかったサムは、夫婦水入らずの旅行を楽しもうとしていたが、フランは船内での食事に着ていく洋服のコーディネートに余念がなかった。サムもヨーロッパ式にタキシードを着せられることになったが、いざラウンジへ行ってみるとその華美さが廻りから浮いて見え、少しばかり居心地の悪さを覚えるサムであった。

 若くして結婚したフランはまだ30代で、美しいドレスで着飾った彼女は、早速一人のイギリス人男性(ニーヴン)に声をかけられる。
 もうすぐイギリスに着こうかとする頃、大陸の灯台の灯りに見とれるサムを尻目に、二人きりになったフランの部屋で男はイギリスでも逢いたいと迫り、口づけをする。フランは『私をそんな女だと思わないで』と誘いを断るが、『その気にさせたのは君じゃないか。中途半端な態度はやめてくれ。言っておくが、君は自分が思っているほど洗練されちゃいないよ』と言う。

 イギリスには入りたくないと言うフランの為に、夫婦はすぐさまパリへ向かう。パリでも、夫婦の時間の使い方は違っていた。サムは遺跡や新しい建物を見て回り、20年間、仕事に取られていた時間を取り戻すかのように異国の文化を積極的に吸収していった。一方、フランの方はといえば、美容院の予約や洋服の買い物、パリの友人との付き合いに時間を費やした。それこそ、彼女が望んだヨーロッパ式の人生だったのだ。

 フランの友人たち、サムが船旅で知り合ったミシガン生まれで今はイタリアで暮らす女性イディス(アスター)などを呼んでホテルで食事をした後、夫婦は喧嘩をする。サムはフランの友人達の実のない話に興味が湧かず、そろそろアメリカに帰ろうというのだが、フランはそんな夫を思考が中産階級的だとして、『あなた、一人で帰ったら。飽きたらまたコチラに来たらいいわ』と言うのだ。結局、サムは一人で帰ることにする。
 その後、アメリカからフランに宛てて帰国するように手紙を出すが、フランからはその気がないという返事ばかり。やがてサムは、フランがパリで知り合った美術評論家の男(ルーカス)と浮気をしているのではないかとの疑いをもつ。事の真相を探るべくパリへ向かうが、はたしてフランは二人きりで男の別荘に居たことを認めた。離婚も辞さない覚悟のサムに、フランは二度としないので許してと男と逢わないことを誓うが、これは二人の破局の序章に過ぎなかった・・・。

*

 一見したところでは、この夫婦が20年間も連れ添ってきたのが不思議なくらいに水と油ほどに考え方が違う男女で、ありえな~いドラマに見えないことはない。想像するに、サムは若くて美しいフランに夢中になり、フランは仕事ができるうえに男性的で優しいサムの求愛を受けたのでしょう。サムは、多少我が儘でも可愛いフランのために目をつむることも多かったでしょうし、すぐに子供も出来、サムは社長業に忙しく、夫婦の時間も少なかったに違いありません。そうこうする内に、お互いを真に理解せぬまま、今日を迎えたと理解しました。

 夫婦の話だけでは暗すぎるというわけではないでしょうが、フランと対照的な女性イディスも登場して、それはサムと彼女とのロマンスへと発展します。映画では詳細には語られませんが、彼女も憧れのヨーロッパに渡ったアメリカ人のようで、サムと船であった時には既にバツイチ。パリで美術評論家に口説かれているフランをみて、『あなた、およしなさい』と諭すところは、彼女にも苦い過去があったことを想像させます。


▼(ネタバレ注意)
 美術評論家と別れた後もフランは、ダンスや買い物に明け暮れた。ウィーンからパリに来ていた貴族のクルトとも知り合い、求婚される。酔って深夜に帰った後、またもやサムと喧嘩になったフランはクルトと結婚するからと離婚を申し出る。クルトが彼女よりも若い事を知っているサムは、彼が本気かどうか確かめてからでいいだろうと言う。未練というのではなく、20年連れ添った妻の将来を心配しているのである。

 フランと離れ、一人イタリアを旅するサムの前に偶然現れたのが、客船で知り合ったイディス。フランの人となりも知っている彼女はすぐに事情を察し、ホテルを転々としているというサムに家に泊まることを薦める。イディスがバツイチであることを知っているサムは近所の目を気にするが、『ここはイタリアよ。それに、一つ屋根の下で暮らしたって、“そうなりゃなきゃいけない”ってことはないでしょ』と言う。
 ナポリの海のそばで暮らすイディス。サムは彼女のためにアメリカ料理を作り、地中海での釣りを楽しんだ。フランから開放された彼には、再び活力が沸き上がる。イディスに新しく始めようと思う事業について話し、彼女にも付いてきて欲しいと言う。それはイディスも待ちこがれたサムからのプロポーズであった。

 その頃、フランはクルトの母親(オースペンスカヤ)と会っていた。貴族の出である彼には母親の意見は絶対であり、フランとの結婚を反対する母親を彼女に会わせ、考えを変えてもらおうとしたのだ。結果は、ただフランの自尊心を傷つけただけであり、クルト親子が帰った後、フランはイディスの家に居候しているサムに電話をかけてくる。

 終盤では、このフランの電話にまつわるシーンが面白いです。
 イディスの家に朝から何度も長距離電話がかかってくるが、家政婦がイタリア人ということもあり、なかなか通じない。やがて電話がウィーンからなので、フランがかけてきたのだと気付くイディス。たった今サムから求愛されたのに、この電話を繋いでしまってはサムが離れて行ってしまうに違いない。そんな予感に揺れ動くイディス。
 深度のあるカメラ(撮影:ルドルフ・マテ)で、手前の電話と向こうでハラハラしているイディスを捉えた構図が、ワイラーらしい演出でした。
▲(解除)


 ワイラーの完璧主義者らしいエピソードが、この作品にも残っているようです。
 サムから届いた手紙をフランが燃やすシーンでは、その手紙が風に吹き飛ばされる様が気に入らないとリテイクを繰り返し、半日もカメラを廻し続けたとのこと。又、フランの描き方について演じるチャタートンと大喧嘩をして、終いにはチャタートンがワイラーを平手打ちして部屋に籠もったこともあったらしいです。

 1936年のアカデミー賞では、作品賞、監督賞、主演男優賞、助演女優賞(オースペンスカヤ)、脚色賞(シドニー・ハワード)などにノミネートされ、美術(監督)賞を受賞したそうです。

 メアリー・アスターは5年後にウォルターの息子、ジョン・ヒューストン監督の「マルタの鷹」に出演しています。
 サムの娘婿を演じていたのは、「三十四丁目の奇跡」のジョン・ペインでした。

 バブル以降、日本にも孔雀夫人は増えたように思います。更には孔雀娘に孔雀男、CG隆盛の映画界にも孔雀映画と呼びたくなる薄っぺらいモノが増えましたなぁ・・・。

・お薦め度【★★★★★=大いに見るべし!】 テアトル十瑠

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4 コメント

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いい映画でした… (豆酢)
2008-08-09 22:01:40
過去記事で申し訳ないのですが、TB特急便でお持ちしました(^^ゞ。

あんまり有名ではない作品みたいですが、こりゃ観ていて本当に良かったと思いましたねえ。今作られている映画で、こんなに素晴らしいドラマが描けているものってないんじゃないでしょうか。描くべき事柄がタイトにまとめられていて、冗長なシーンは一切ないように感じられました。

>一見したところでは、この夫婦が20年間も連れ添ってきたのが不思議なくらいに水と油…

おそらくそういうことでしょうね。
私も一応女なので(笑)、フランの満たされない思いというのもわからんではないですが、イディスとの対比があるからか、彼女のエゴが突っ走るほどに感情移入できなくなってしまいます。その辺の描写が容赦なかったような…(^^ゞ。さすがは「女相続人」を作ったお人よのお。

>バブル以降、日本にも孔雀夫人は増えたように思います。

バブル全盛の時代には、まさしく孔雀のごとき扇子を振り振り、おしりが見えそうなお衣装でクネクネしてらした孔雀様がおりましたねえ(違)。
うちのマンションにも、孔雀夫人、よっけこと(たくさんの意)いますよお。
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いらっさい^^ (十瑠)
2008-08-10 10:58:31
ポートレイトクイズのコメントにも書きましたが、スピーディーなのに“描くべき事柄がタイトにまとめられていて”人間関係の移ろいがよ~く分かるホンでした。人物の表情にも時々の心理がうまく表現されていましたねぇ。

>よっけこと(たくさんの意)いますよお。

まだまだ知らにゃあー名古屋弁、ありますなぁ。(笑)
返信する
Unknown (vivajiji)
2009-04-26 11:00:47
羽根を広げてメスを惹きつけるに加え
発情期のオスはヤタラメッタラ
声の限りに鳴き続けるとのこと。
羽根を広げるにも鳴き呼ばるのも
かなり体力消耗するらしく
もの凄くやつれるんですとか。

オースペンスカヤがとてもよかったですね。
正論、真っ只中。
あの台詞が身に沁みるにはいささかお時間が
必要ですけれどね。(^^);

マルクとなっていましたか?
私はクルトと覚えていましたが。
返信する
ヒャーッ! (十瑠)
2009-04-26 12:47:20
何でマルクなんて書いちゃったんだろう
クルトです、クルトです。
早速訂正スルトです

>この映画の邦題は淀川ジーチャンの言う通りおかしいんだってば・・・

なるほど、派手派手になるのは雄だからネ。
でもニュアンスは良~く伝わってきますなぁ
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