テアトル十瑠

1920年代のサイレント映画から21世紀の最新映像まで、僕の映画備忘録。

■ YouTube Selection (予告編)



コードネームはファルコン

2017-07-25 | サスペンス・ミステリー
(1985/ジョン・シュレシンジャー監督・共同製作/ティモシー・ハットン、ショーン・ペン、パット・ヒングル/131分)


 ブックオフで見つけたDVDで、タイトルに記憶があったのでジャケットを見たら監督がシュレシンジャーで主演がティモシー・ハットンとショーン・ペン。ということで即購入した。

 ウィキペディアには<1970年代、アメリカの偵察衛星の情報をソ連側に売った実在の2人のアメリカ人青年、クリストファー・ジョン・ボイス(Christopher John Boyce)とアンドリュー・ドールトン・リー(Andrew Daulton Lee)の事件を映画化>したものと書いてある。

 ティモシー・ハットンがクリス・ボイスでショーン・ペンがドルトン・リー役だった。
 「コードネームはファルコン」なんていうタイトルだから、主人公が何か007みたいなスパイ活動をしているように思われそうだけど、そういう設定ではない。単にクリスの趣味が猛禽類の鳥ハヤブサ(ファルコン)を飼っているからで、何回かクリスがハヤブサを扱っているシーンもある。ン?そういえば一度だけ、ソ連側との暗号連絡メモの差出人名にファルコンとしたシーンがあったな。
 原題は【THE FALCON AND THE SNOWMAN】

*

 冒頭のクリスの家のTVでウォーターゲイト後のニクソンの件で国内がごたごたしている様子が出てくるので時代は1974年辺り。国民の間にも政治不信とかが蔓延していた頃だろう。
 クリスは神学校に通っているが疑問を感じて退学する。元FBIの父親は心配して仕事を紹介するが、それがCIAの下部組織だったという事。
 かたやペン扮するアンドリューはクリスの幼馴染で、若いのに定職に就かず麻薬の売人をしている。家はプール付きの豪邸で親とも同居しているんだが、メキシコに買い付けに出かけた時などは国境の検問所で毎回止められ車を精検される程ブラックリストに上がっている。
 若い頃のショーン・ペンはチンピラが似合ってるなぁ。
 クリスは紹介された会社で働き始め、真面目な態度とバックボーンを評価されていよいよCIA関連の小さな部署に異動する。クリス以外には男女二人しかいない居ない小さな部屋だが、入室時には特定の人しか入れないように暗号キー付きのドアとなっている。
 テレグラムを介して入ってくる色々な情報を整理するのがクリスの仕事だが、システムの都合上か、時に他部署への連絡情報も入ってくる。そんな中、オーストラリアの組合活動に関する問い合わせがクリスの目に留まった。気になったクリスは先輩職員にそれとなく聞いてみる。彼らは反米的な態度を示す、時のオーストラリア首相ホイットラムを批難した。CIAはオーストラリアの政治に干渉するべく、当地の組合にも諜報部員を潜入させていたのだ。チリのアジェンデ政権の転覆にもCIAが絡んでいることも分かった。
 大きな国(アメリカ)が小さな国をもてあそんでいる。クリスには沸々と怒りが湧いてくるのだった・・・。

*

 2013年に発生した“スノーデン事件”と根っこは同じ所なんでしょう。ただ、スノーデンは告発という選択肢を選び、クリス達は売国奴の道を選んだ。
 クリスが何故お金を選んだかははっきりしない。クリスに相談されたアンドリューも最初は協力を否定するが、その後麻薬の取引で逮捕されお金が必要になって協力するようになる。意外にもソ連側(相手はメキシコのソ連大使館)が要求にすんなり応じてくるし、簡単に大金が入ることが分かってからはアンドリューもより積極的になる。
 破滅のきっかけは、ありがちな事だ。
 直接の交渉人になったアンドリューが調子に乗り、非合法活動を自慢げに友人たちに漏らすのをクリスが聞いて激高したり、ソ連側の要求が強くなって怖くなったからだ。
 最期の交渉と乗り込んだメキシコでアンドリューは殺人事件の犯人と間違われ、拷問に耐えかねて漏らしたスパイ活動がアメリカ当局に届くことによる。
 後にクリスが言うが、結局ソ連のスパイも似たようなもので、クリスの正義感を発揮する手段は何処にも無かったのだ。

 若者二人を追った犯罪ストーリーは破綻なく丁寧に描かれているが、彼らの行動が冷戦時代の二つの大国を一発即発の危機に陥れるような事もなく、あくまでも二人のハラハラが描かれただけという印象が強い。
 官憲に監視されているという妄想にクリスがとりつかれるシーンも冗長感が増したな。





お薦め度【★★=悪くはないけどネ】 テアトル十瑠
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ネタバレ雑感 ~「ユージュアル・サスペクツ」

2015-09-24 | サスペンス・ミステリー
 「ユージュアル・サスペクツ」の記事も半分はネタバレですけど、書き足りないものもあったので、ネタバレ前提で書いておきます。

 殆ど褒めていないのにお勧め度★二つはなんぞやと思われた方もいらっしゃるかも知れませんが、例の「カイザー・ソゼ」の部分を無しにして観れば★二つ半~★三つくらいはあると思うんですよね。テンポのいいカット割りとかアングルとか繋ぎとか、流れるように語ってますから。ただ、無条件に★三つ【一見の価値あり】に出来ないのは、登場人物に既視感とありきたり感があって個性がないから(20年前の作品だからしょうがいないっちゃぁしょうがないけど)。加えて小さいことを言うと、元警官と女弁護士との描写が変なフランスのフィルム・ノアールみたいで、しかも中途半端だったかな。
 ま、「カイザー・ソゼ」を無しにするっていうのも難しいでしょうけどネ。

 さて、「カイザー」が出てくる前、つまり前半からヴァーバル・キント(=ケヴィン・スペイシー)は怪しいと思わせる描き方でしたよね。
 サン・ペドロ埠頭でのアルゼンチン船が大爆発して大勢の乗組員の死体が発見された事件で、ただ一人無傷で生き残ったキントが重要参考人として尋問されそうになった時、弁護士が登場した後には検察もお目こぼしをし、尚且つ市長や知事までもが介入してくる事態になったと担当刑事は言ってました。NYから来た関税特別捜査官のクイヤン(チャズ・パルミンテリ)に「あいつには誰か力のある黒幕がついている」と刑事が話した時点でキントには裏があると思わせましたよね。
 なので、「カイザー」の存在が滲み出てくる後半から、ほぼキントに焦点は当たりました。でもあまりに分かりやすい展開だから、僕はディーン・キートン(=ガブリエル・バーン)の恋人の女弁護士イーディが実は裏でキントと繋がってるんじゃないか、そんな事も考えました。それでも想定内ですが、繋がり方は白紙状態なので、その辺に興味は移っていったんですがね。実際は・・・残念でした。

 それにしても、キントの話のどこまでが事実のつもりで脚本は書かれたんでしょうかね?
 最後の27人の殺害は、ソゼと敵対する組織への報復も兼ねてますから動機はあるんですけど、市長や知事を動かせるくらいの黒幕が自分の手を汚しますかね。実際はコバヤシ以外の手下を使ってやっつけて、最後にキートン等を自分の手で殺害したんじゃないですかね。
 だから、あの事件の部分もすべて嘘って言いたくなるわけですよ。そうなるとその前の宝石強奪事件についてもどうなのってなる。
 ちんけな詐欺師を仮の姿にしてるっていうのも、考えるのも馬鹿馬鹿しいくらいだしね。

 ということで、これ以上は時間の無駄という事で考えないことにしました。
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ユージュアル・サスペクツ

2015-09-22 | サスペンス・ミステリー
(1995/ブライアン・シンガー監督/ガブリエル・バーン、チャズ・パルミンテリ、ケヴィン・スペイシー、スティーヴン・ボールドウィン、ケヴィン・ポラック、ベニチオ・デル・トロ、ピート・ポスルスウェイト、スージー・エイミス/105分)


 まずはgoo映画さんからストーリーの一部を御紹介します。

 <ある夜、カリフォルニアのサン・ペドロ埠頭で船が大爆発。コカイン取引現場からブツを奪おうとした一味と組織の争いが原因らしい。27人が死亡、9100万ドルが消えた。生き残ったのは2人。しかも1人は重傷で、関税特別捜査官のクイヤン(パルミンテリ)はただ1人無傷で生き残った男、ロジャー・“ヴァーバル”・キント(スペイシー)を尋問する。……話は6週間前に遡る。匿名の情報を得たN.Y.市警察と合衆国関税局は、銃を大量に積んだトラック強奪に関わったと見られる5人の“常連容疑者(=THE USUAL SUSPECTS)”を連行する。元汚職警官ディーン・キートン(バーン)は、数年前に自分の死を偽装したが、今は刑事弁護士の女友達イーディ(エイミス)の助けで、表面上は更生の道を歩んでいた。気弱なヴァーバルは、半身が不自由だが計画の天才。タフなマクナマス(ボールドウィン)は家宅侵入のプロで、クレイジーな犯罪者フェンスター(デル・トロ)とコンビを組んでいる。トッド・ホックニー(ポラック)は、ハードウェアと爆破のプロ。市警と関税局はキートンに狙いを定めるが、イーディから証拠不十分を理由に解放を要求される。釈放された5人の犯罪者はこれを機会に結束し、市警の汚職警官の金儲けの手段で、禁制品を乗せて走るパトカーの襲撃を計画、みごと大量のエメラルド原石強奪に成功する。奪った獲物をさばくため、L.A.に向かった5人はマクマナスの知り合いの故買屋レッドフッドと取り引きするが、新たにテキサスの宝石商襲撃を持ちかけられる。彼らは迷いながらも襲撃を実行するがうまくいかず、宝石商とボディガードを全員殺してしまう。しかも、レッドフットの説明とは全く違い、獲物は麻薬だった。5人はレッドフッドを問い詰め、彼から伝説的なギャング、カイザー・ソゼの右腕と名乗る謎の英国人コバヤシ(ポスルスウェイト)から頼まれたことを聞き出す。やがて5人の前にコバヤシが現れ、拘置所で彼らが会うように仕組んだのは実はソゼであり、それぞれがそうとは知らずに彼から何らかの物を盗んだ過去があるのだという。コバヤシは彼らに仕事を強要してきた。ソゼの商売敵であるアルゼンチン・ギャングがサン・トロペ沖の船で大量のコカイン取引を予定しており、ソゼへの負債は船と積み荷を破壊すれば帳消しにするという。生命の保証はないが、9100万ドルの分け前も約束された。とまどう5人だったが、嫌がって逃げたフェンスターが全身に銃弾を浴びて殺され、残った4人はコバヤシに従わざるをえなくなる・・・>

 108円で売っていた中古DVDの鑑賞。
 あっと驚くどんでん返しの結末が有名らしくて買ったんだけどねぇ。

*

(↓Twitter on 十瑠 から[一部修正アリ])

今年のいつかは忘れたけど、中古DVDを買っていた「ユージュアル・サスペクツ」を観た。今日はお休みなので2回観れた。どんでん返しがあるって聞いてたので楽しみにしていたが、後半の流れが“謎の人物”が本当に居るのか、そしてそれは誰か?に絞られていたので、即分かったけれど・・・。
[ 9月21日 以下同じ]

あまりに判り易いので、もうひと捻りあるかもとも思ったのに、まんまだった。残念。これはどうしてももう一度観なければと2回目を観たが、観客を騙すのに夢中で、映画文法の基本を外している個所がいくつもあってガックリした。3回目は無しだな。

アガサ・クリスティーの「アクロイド殺し」だって、読み手を騙す為に文法上の工夫が為されてたのに、この映画は何の躊躇いもなく観客を騙す映画文法の禁じ手を使っている。ブライアン・シンガーという監督、信用できんなと思ったら、他に観るべきものも無さそうだな。

allcinemaのコメントにこんなのがある。<最後は、目から鱗が落ちるような結末だった。とは言っても、元から付いていた鱗が落ちたのなら値打ちはあるが、この映画の中で騙されて付いた鱗が落ちただけのことだから感動も喜びもない>。ハンドルネーム「徘徊爺」さん、最高!!

「ユージュアル・サスペクツ」は要するに誰かが語っている話がメインで使われているわけ。なので嘘が入ってるんだけど、語っている話を映像化するのは、サイドストーリーかファンタジーとかコメディなら許せるけど、メインストーリー、ましてやサスペンスとなるとこりゃ反則だよね。
[ 9月22日 以下同じ]

スティング」も騙されるけど、あれは真っ当な文法だから、二度目に観ると登場人物の心情が違って見えるっていう、一粒で二度美味しい映画だ。「ユージュアル」は二度目を観ると当該人物の心情、行動が???となる。

「ユージュアル・サスペクツ」。最後の大事件は、謎の犯罪者が自分の正体が官憲にばれるのを防ぐために証人の男を殺したという話なんだけど(大仰過ぎ!)、結局最後は顔がばれちゃってるんだよね、警察に。颯爽と街の中に消えていく男を勝利者のように描いているけど・・・これって微妙。

*

 今朝、ウィキを読んだら<アガサ・クリスティの『アクロイド殺し』を下敷きにしたという計算された脚本>と紹介されていた。な阿呆な! コレは嘘を描いているけど、「アクロイド」は嘘は書いてませんよ。ただ、幾つかの省略と数か所を遠回しな表現にしてるだけです。
 ついでに「スティング」も観客に対して一つも嘘は描いてないです。あれも省略しているだけですから。

 宝石強奪とか個別のアクションシーンは結構迫力があって巧さを感じるけど、街中のシーンにしては通行人とか、周囲の描き込が無くて臨場感でいえば物足りなかったな。これも証言者の法螺話だから?

 1995年のアカデミー賞で、助演男優賞(スペイシー)と脚本賞(クリストファー・マッカリー)を受賞。
 ケヴィン・スペイシーはNY批評家協会賞でも助演男優賞を獲り、ゴールデン・グローブでもノミネートされたらしい。





・お薦め度【★★=映画文法の禁じ手を理解するのには、悪くはないけどネ】 テアトル十瑠
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ネタバレ備忘録~「柔らかい肌」

2015-07-15 | サスペンス・ミステリー
 浮気夫ピエールさんが地方都市での講演に愛人ニコルを同伴させて、まったりしっぽり濡れようと思ったら、どっこい慣れないことには突発事故がつき物という一連の面白いエピソード、そしてトリュフォーの才気が走る描写について書いておきましょう。

 勿論、「柔らかい肌」を未見の方には“ネタバレ注意”です。



 講演があったのはパリから北東に100キロちょい行った所のランスという町。車で行くのにちょうどいい距離ですな。
 セレブな文芸評論家がパリで愛人といちゃつくのは、知り合いも多いし危険がいっぱいだなぁと感じてた所に、パリの友人から今回の講演の依頼が舞い込んでくる。
 ニコルは仕事を休み、ピエールは普段はかけない黒縁メガネなんぞかけてシトロエンを走らせれば、如何にもな不倫旅行の体(てい)。
 『な~んだ、今日はジーパンか』
 『あらっ、やっぱりスカートがいい?』
 なんて会話を車でしながら、ガソリンスタンドに寄れば、こっそりとスカートに穿き替えてくるニコルちゃん。
 『ホテルは何処にする~?』
 『大きな所は(主催者が)迎えに来たりするから、目立たなくて、でもちゃんとした所を探そう』なんてミシュランガイドかなんかを調べる二人。

 町で3番目くらいに名前が挙がっているホテルにチェックインすると、ピエールは早速友人に会いに行く。探される前にこっちから顔を出しておこうってわけだ。
 出かけるピエールに、ストッキングの買い物と、今夜の講演のチケットを頼むニコル。
 ここまでは順調だったんですけどねぇ・・・。




 講演会場で友人と会うと、地方の名士が数人宴会を用意しているので付き合ってくれと言われる。奥さんは連れて来てないといった手前断る理由もないわけで、ピエールさんはちょいと車の調子が悪いので車屋に持って行くといって外へ出る。
 何事かと思っていると彼は街の方へ行ってストッキングを買うんですな。そして、そのままニコルの待つホテルに帰る。バタバタと。
 ピエールさんは愛人にストッキングを渡し、宴会の話をし、講演が終わるまで相手ができない旨の説明をする。
 『チケットは?』
 『ごめん。自分でとってくれないか』
 予定外の局面に右往左往するピエールさんのショットがジャンプカットで編集されていて、一目瞭然に慌ててるのが感じられる上手いシーンでした。

 さて、宴会が始まって暫くした頃にも面白いシーンが有りました。
 セレブの文芸評論家に何かと質問をぶつける地方の名士や奥様方。にこやかに答えるピエールさん。と、ホテルの執事が声をかける。
 『ラシュネ様に、若い娘さんがご面会です』
 えっ、すわ、ニコルか!?
 同席している奥様達も興味津々で見つめるし、僕もどうなる事かと思ってたら、これはラシュネ氏の完全なるファンの女の子がサインを貰いに来たのでした。やれやれ。
 サスペンスらしい脚本でしたね。




 こうして、ニコルとの時間が少しも取れないままに講演の仕事に入るピエール。
 ニコルは一人でやって来るが、すでにチケットは完売。エントランスで終わるのを待つばかり。
 映画の前説的な講演を済ませて、会場を後にしようとするピエールを友人が『一杯やろうぜ』と酒に誘う。
 ふと見ると、入り口の所でニコルが手持無沙汰にしているのが分かる。だけど友人の手前声はかけられない。なにせ、この友人は妻の事もよく知っているからだ。

 外に出る。ニコルもどうしていいか分からない風情で外へ出る。
 友人はすぐ近くのバーに入ろうと言う。
 ニコルの傍に何処からともなく男が近づいてきて声をかけている。ナンパか。
 バーに入ったピエールは、友人の肩越しに、男に絡まれているニコルを探す。大丈夫だろうか・・・。

 ホテルで再会したニコルはベッドで泣き暮れておりました。『惨めな思いだった』と。
 不倫で発生するであろう不都合な事態をこれでもかと言わんばかりに描き倒す。
 この2段、3段構えのシチュエーションの展開には、トリュフォーさんのヒチコッキアンらしさが全開となっておりましたな。
 これらの一連のエピソードに優秀シークエンス賞をあげたいと思います。
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柔らかい肌

2015-07-10 | サスペンス・ミステリー
(1963/フランソワ・トリュフォー監督・共同脚本/ジャン・ドザイー、フランソワーズ・ドルレアック、ネリー・ベネデッティ、サビーヌ・オードパン/118分)


「柔らかい肌」を何十年かぶりで観る。とは言っても大昔に観たのは深夜放送の吹き替え版のはずで、多分全部は観てないと思う。主役の不倫夫が、愛人の太ももを撫でている映像を覚えているけど、あれだって多分映画雑誌のスチールを記憶しているだけなんだろう。それにしても濃密な2時間だった。
 [ 2015年 6月 21日(→twitter より(一部修正有り))]

*

 フランソワ・トリュフォーの長編監督作としては4作目に当たる作品。
 妻子ある男性が独身の若い女性とめぐり逢い、妻の目を盗んで逢引きを重ねるという所謂浮気男の映画で、男と愛人との関係がいつ、如何にして妻にばれるかというのがハラハラさせるサスペンスです。ま、よくある話ですが、半世紀前に作られたにもかかわらず登場人物の心情は今も理解しやすいし(不倫を認めているわけではありませんぞ)、意外な小展開、トリュフォーの才気を感じさせる自在な表現が楽しめる映画です。しかもこの男性の若い愛人への思いが恋心に近いものなので、前半は恋愛心理映画と言ってもいいような趣さえ感じます。お茶の間の昼ドラの浮気サスペンスでは味わえない深みとコク、でしょうか。

 ポール・マッカートニーをソフトな印象にしたような仏俳優ジャン・ドザイーが扮した主役の不倫夫がピエール・ラシュネ。
 結婚15年目のパリ在住の文芸評論家で、執筆以外にもラジオやテレビに出ることもあるし、講演もよく頼まれて忙しいプチセレブ。小さな事務所も借りているが、本人以外にいるのは秘書だけ。一人娘はまだ幼くパパが大好きという、絵に描いたような幸せな男なんですがねぇ。

 ピエールが恋に落ちるのが、講演の為にリスボンへ向かった時に乗った飛行機のスチュワーデス、ニコル(今でいうキャビンアテンダントですな)。扮したのはカトリーヌ・ドヌーヴの一つ年上の姉フランソワーズ・ドルレアック。ドヌーヴのようなどこか冷たい印象はなく、色気が脚元から匂いたってくる感じ。25歳の若さで亡くなったのが本当に惜しい女優さんでした。

 さて、二人の出逢いは上に書いたように、飛行機の中であります。
 機内でもなんとなく気になる女性だったのに、なんと宿泊先のホテルも同じ。無事に講演を終えてホテルに帰って来たら、又してもエレベーターの中で一緒になり、こりゃ運命ではないかと思ったのかどうかは知りませんが、ピエールさんはホテルの部屋から彼女の部屋に電話をかけるんですね。エレベータの中で彼女が部屋の鍵を落とし、偶然部屋番号を目にしたからですが、この出逢いから親密になる過程もじっくりと描かれてました。次の日の夜のデートが決まった後に、部屋中の灯りをつけて廻るのが(初めてのデートの前の)若者のようで思わず笑っちゃいます。
 出張先でのアヴァンチュール。よくある話ですが、どうもこの男性は浮気はコレが初めてだったようで、家に帰った後も彼女の事が忘れられない。
 少しの空き時間に空港まで出かけて行ってニコルに逢おうとするシーンもあり、この辺の描き方はトリュフォーらしいです。未見ですが「アデルの恋の物語 (1975)」にもそういう狂おしい情念は描かれているようだし、苦い別れ方をしたかつての恋人同士がそれぞれに既婚者となり、数年後に偶然お隣同士として再会するというW不倫映画「隣の女 (1981)」の男女にも通じるものがある。

 都合のいい事に田舎町での講演の依頼が発生。パリでニコルと逢うのはリスクがあるが、地方都市へ仕事で出かけたとあれば知人に見られる心配も無いし、妻にも何の疑いも出ないはず。こうしていよいよ深みに嵌まっていくピエールさん。決して奥さんが嫌いになった訳じゃないみたいなんですけどねぇ。





 ピエールの妻、フランカに扮したのはネリー・ベネデッティ。一見肉食系の女性に見えますが、序盤から良妻賢母的に描かれています。ただ、上の画像にもありますように、旦那さんが仕事から帰ってくる時間を秘書か宿泊先に連絡を取って確認、空港まで迎えに来るような女性です。
 スキンシップが少なくなったのを察知した後から徐々に嫉妬深さというか情の深さというか、エキセントリックな面が表れてくる、上手い脚本でした。

 パリの友人がセッティングした地方都市での講演は予定外の名士との会食があったり友人との反省会があったりして、ニコルとの時間が取れなくなり彼女を怒らせてしまうという一連のエピソードもとても面白かったのですが、長くなるので割愛します。後日備忘録として書くかもしれません。

 終盤は奥さんの復讐劇。
 『浮気したでしょ?』
 『いいや、独りになりたかっただけだ』との痴話喧嘩のあげくに奥さんの方から離婚話が出て、これ幸いにとピエールさんは応じる態度を示す。あまりにあっさりと離婚をOKされて奥さんも『いやん、ちょっと待って』と愁嘆場になったりもするのですが、一方のニコルは、新しいマンションを探し出すピエールを見て『急ぎ過ぎだわ』と冷めた態度。そんな愛人の態度にさっきまで燃えていたピエールさんも、初恋が一気に覚めるように我に返る。
 友人夫婦から今ならまだやり直せるわとフランカに連絡をとることを勧められるが、偶然に浮気の証拠をつかんでしまった彼女は怒り心頭で・・・。
 有名な衝撃のラストまで、ハラハラというよりはドキドキしてしまう展開です。

 お勧め度は★四つ半。ドルレアックで★半分おまけしときましょう





※ ネタバレ追加記事はこちら


・お薦め度【★★★★★=大いに見るべし!】 テアトル十瑠
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アルゴ

2015-06-21 | サスペンス・ミステリー
(2012/ベン・アフレック監督/ベン・アフレック、ブライアン・クランストン、アラン・アーキン、ジョン・グッドマン/120分)


 2012年度のアカデミー賞で作品賞を獲った映画でありますな。
 1979年にイランで発生したアメリカ大使館人質事件に題材をとった作品で、殆どの大使館員がイラン側の人質にされる中、一時避難的に大使館を脱出した6名の職員のその後の救出劇であります。
 実話と謳ってる割には事実と違う所が一杯あるじゃないかと文句を垂れてる鑑賞者もいらっしゃるようですが、事実通りに作って面白い映画ができるなら誰も苦労しないわけで、同じようなシチュエーションの中で発生したかもしれないフィクションを色々と肉付けし、サスペンスフルに組み合わせるのがプロの力なんですね。
 監督は主演(CIAのトニー・メンデス役)も兼ねたベン・アフレック。親友マット・デイモンと共同で書いた「グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち (1997)」の脚本でオスカーを受賞した才人ですが、名前が先に上がっているデイモンの方がメインで作ったのかなぁと思っていたら、その後の仕事っぷりを見ていると、どうやらクリエイティヴな才能はアフレックの方が豊かなようです。「ゴーン・ベイビー・ゴーン (2007)」、「ザ・タウン (2010)」に続く監督第三作とのこと。
 因みに、作品賞以外にオスカー像を獲ったのは、脚色賞(クリス・テリオ)と編集賞(ウィリアム・ゴールデンバーグ)。そして助演男優賞(アーキン)や作曲賞(アレクサンドル・デスプラ)、音響賞にもノミネートされたそうです。

*

 “事実通りではない”「アルゴ」のストーリーは、まずはイラストとナレーション、そして当時のニュース映像も混ぜて語られる今回の事件の要因となった歴史から。

 1950年に国民の圧倒的な支持を集めて首相に就任したモサデグは、欧米が実権を握っている石油関連事業の国有化を断行しようとしたが、怒った英米は陰で操って1953年にクーデターを起こしモサデグ政権を転覆させ親西欧派のパーレビを国王に据えた。パーレビはイランの近代化に努めたが大変な浪費家であり、市民生活の西欧化もイスラム教シーア派教徒たちの反撥を招いた。パーレビは権力が強大になるにつれて秘密警察による反体制派の拷問を含めた弾圧を行ったが、ついに1979年に反対派の革命防衛隊が蜂起、パーレビは国外に脱出した。同年11月、パーレビは末期癌の治療の為にアメリカに亡命申請し、許可された。これに反撥したイラン市民はテヘランのアメリカ大使館に大挙押し寄せ、パーレビの引き渡しを求めた。そして11月4日、ついにデモ隊は大使館の中に乱入したのである。

 ここからがいよいよ本筋。冒頭のデモの群集からイラン人の描写は完璧に客観的に終始していて、所謂ドキュメンタリー・タッチは一貫して成功していますね。
 大使館にいたアメリカ人は総勢60人程度。重要書類の破棄くらいしか為す術も無く人質になってしまうが、この時裏口から脱出した大使館員が6名いた。6人は若い夫婦が二組と男性が二人。彼らは今回の騒動が明日には解決するだろうが、とりあえずは館の中に居ては危険が大きいので近くの外国の大使館に避難しようとしたのである。
 本国アメリカも大騒ぎ。6名の脱出も把握したが、とりあえずは極秘扱いとなった。イラン側はパーレビの引き渡しを要求、アメリカ側は「人道的見地」から引き渡しを拒否、併せて人質全員の即時解放を要求。6人の思惑は外れてその後も膠着状態は続くことになったのです。

 「69日後」。
 外国の大使館を占拠するという前代未聞の事態は収まるどころか、米国内では市民レベルでも諍いが起こるようになってくる。そんな中、米国国務省の一番の気がかりはカナダ大使館の私邸に匿われた例の6人の事だった。大使館内に残っていた50数名についても『彼らが外交官である証拠は何処にも無い。むしろスパイである証拠ばかりだ』と言い張るイラン側にとってみれば、隠れていた6人は明らかにスパイであると判断して抹殺するに値する存在に違いないからだ。大使館員の名簿や写真はシュレッダーにかけたが、イラン側は子供たちを使って書類の復元を行っており、早晩6人の不在と顔写真が明らかになるだろう。急がねば。
 こうして映画は時限サスペンスの色合いを濃くしていくのです。チラチラと挿入されるイランの子供達がシュレッダーで刻まれた顔写真の細い断片を繋ぎ合せていくシーンが怖いですね。

 事件を担当する国務省はCIAに意見を求めながら6人の救出方法を模索する。CIAからは人質奪還の専門家トニー・メンデスとその上司オドネル(クランストン)が顧問として出席した。政府の案は6人を外国人教師に見立てたり、農業支援のNGOに見立てたり、はたまた自転車によってトルコ国境を超えるというどれも実現不可能なものばかり。さりとてトニーにもそれ以上のアイディアはなかった。『あえて言えば救出は堕胎と同じもの。嫌な手術だし、素人には出来ない仕事だ』
 トニーの奇想天外なアイディアは偶然の産物だった。
 自宅に帰ったトニーは別居中の妻と暮らす小学生の息子に電話をした。イランの6人の救出方法が見つからないので気分転換にかけた電話だ。
 『宿題は済んだのか?』
 『簡単さ』
 『(今、TVは)何見てる?』
 『「最後の猿の惑星」』
 『何チャンネル?』
 『5だよ』
 何気なく息子と話をしながらその映画を見ていたトニーは、はたと思い付く。これだ・・・、SF映画だ・・・。





 タイトルの「アルゴ」はトニーが思いついた偽装用のSF映画のタイトルですね。
 ロケ地に中東の砂漠を使うことが多いSF映画を作ろうとしているカナダのクルーがイランでロケハンを行うという設定を作り、6人をそのクルーに偽装させてテヘラン空港から民間航空機で堂々と脱出させようというわけです。
 まさに事実は小説より奇なり。映画なら思いつきそうな話ながら、まさか現実にそういうことを実行する人間がいるとは思わないでしょうね。

 偽装がばれれば6人はもとよりトニーの命も危ない。
 隠れていた6人もスパイの訓練を受けたこともなく、あまりに難しい試練に成功を危ぶむ声もあがる。
 最終的には計画は実行され、全員無事に脱出するわけですが、映画の後半はトニー及び6人にとっての一難去って一難の事態が続いてハラハラしっぱなし。中には実話としてみるにはあまりにスリル満点に出来上がったエピソードも確かにあるけれども、映画として疑問がつくものはなく、終盤で彼らが乗ったスイス機がイラン領空を出た時にはこちらも胸が熱くなりました。特にトニーの計画に反対を唱えていた男性職員とトニーの握手シーンに。だって、空港での最後のシーンでこの職員の機転が功を奏したのですから。

 イラン側の情報が少ないというご指摘もあるようですが、これは政治映画ではなくサスペンス・ドラマ。イランの民兵等は主人公達にとって極めて危険な存在であるという表現で充分であり、これ以上の情報が入るのはサスペンスが緩むだけと思われます。

 アラン・アーキンはトニーに協力するハリウッドのプロデューサー、レスター・シーゲル役。
 同じくトニーに協力したハリウッドの映画人ジョン・チェンバースを演じたのがジョン・グッドマン。チェンバースは「猿の惑星」の特殊メイクアップなどで有名な実在の人物ですが、シーゲルは架空の存在のようです。





・お薦め度【★★★★★=大いに見るべし!】 テアトル十瑠
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ジャッカルの日

2015-04-29 | サスペンス・ミステリー
(1973/フレッド・ジンネマン監督/エドワード・フォックス、ミシェル・ロンズデール、デルフィーヌ・セイリグ、オルガ・ジョルジュ=ピコ、ミシェル・オークレール/142分)


 基本的に今ブログに載っける映画は★★★以上を期待して選んでいるわけですが、今回は満点を狙って再見映画を数十年ぶりに観ました。1973年といえば「スティング」や「ペーパー・ムーン」、「アメリカの夜」、「エクソシスト」・・などなど。そして「ジャッカルの日」。実に傑作揃いでありますなぁ。

*

 1962年8月。アルジェリアの独立を認めた、時の仏大統領ド・ゴールに反撥した右翼過激派連合は暗殺を企てるが失敗。首謀者の元軍人は捕まり死刑を執行される。オーストリアに逃げ延びた残党はド・ゴール暗殺を外国人のプロの殺し屋に依頼することにした。殺し屋の暗号名は「ジャッカル」。
 銀行強盗を繰り返しながらも、一向に目立ったテロ行為に移らない残党の幹部連中に不審なものを感じた官憲は、残党の一人を捕まえて拷問の末にプロを使った暗殺計画の存在を知る。殺し屋とは誰か? またその暗殺の決行日は・・・?【原題:THE DAY OF THE JACKAL】

 当時大ベストセラーとなったフレデリック・フォーサイスのスリラー小説が原作で、現実にはド・ゴールは暗殺されていないのでジャッカルの計画は失敗するに決まっているんですが、それでも2時間20分を飽きさせないサスペンスでした。

 沈着冷静な殺し屋ジャッカルを演じたのは英国俳優のエドワード・フォックス。芸能一家の出ですが、まだそれ程有名とは言えず、その事が却って不気味なスナイパーの印象を与えていましたね。
 計画も実行もすべて一人でやるというジャッカル。フォックスのクールで端正な顔立ちがストイックな殺し屋にお似合い。図書館に籠もり過去の新聞記事からド・ゴールの動きを分析したり、使用する武器について設計してその道の裏稼業の職人に製作を依頼する。そして偽旅券や偽パスポートも二重、三重の予備策を揃える。資金の受け取りはスイスの銀行、偽造書類や武器の調達はイタリアのプロに。前半はそんなジャッカルの用意周到な事前準備が丁寧に描かれていて、初見の人には何のことやら分からない部分もあると思いますが、そういう意味でも二度美味しい(もう一度観たくなる)映画ではないかと思いますね。
 特注した銃の試し撃ちのシーンは初見時から印象深かったんですが、ブルース・ウィリスでリメイクした「ジャッカル (1997)」もこのシーンだけは記憶に残ってますね。

 一方、フランス警察でジャッカル担当を命じられたのがルベル警視。扮したのは「黒衣の花嫁 (1968)」などのミシェル・ロンズデール。そういえばアイヴォリーの「日の名残り (1993)」にも出演しているようで、アレではエドワード・フォックスの弟ジェームズと共演していたんですねぇ。
 一見冴えない風貌のルベルですが、その自信無さげな表情に反してやることはきっちりやるというのが段々と観客に分かってくるのがよろしいです。国籍も判らない殺し屋を探すために関連国の捜査陣と連絡を取りつつ、捜査の進展状況を内務大臣及び側近との会議につぶさに報告する。ジャッカルの動きが見え始めてからは、自らも最前線に赴く。ジャッカルと一夜を過ごしたマダムを尋問する時は笑わない刑事コロンボみたいでした。

 さて、脚本はそんなジャッカルの動きとフランス政府を含めた捜査陣の状況を交互に見せるスタイルで、それらのエピソードの積み重ねでジワジワとサスペンスを盛り上げておりました。特に面白いのは終盤。8月25日のパリ解放記念日の式典で大統領がパレードに出席する時がジャッカルの狙いだと読んだ捜査当局は厳重な警備を準備するんですが、沿道に街の人々が集まって来るショットや四方の建物の窓から見物しているショット、警備陣の緊迫した様子のショットの編集が、まさにドキュメンタリーフィルムのよう。それが結構長く続くにも関わらずジャッカルは一向に姿を見せない。まだかまだかと観客が思っているところに意外な格好でジャッカルが登場するんですね。このじれったいけれども、彼奴が出てくるまでは決して待つのを諦めないぞと思わせる間の巧さ。この映画の優秀場面の一つじゃないでしょうかね。
 1973年のアカデミー賞では編集賞(Ralph Kemplen)にノミネートされたそうです。





 その他の出演陣では、ジャッカルに都合よく利用される資産家マダムを演じたデルフィーヌ・セイリグ(↑)と、冒頭で銃殺刑に処せられる右翼連合のトップの元婚約者ドニーズを演じたオルガ・ジョルジュ=ピコが印象的でした。
 ドニーズは大統領官邸の役人に色香を使って接触、ジャッカル捜査の進展具合を聞き出す役目でした。女スパイですな。この時代の映画は俳優でも女優でもすぐにスッポンポンにさせられますが、オルガさんも大胆でした。

 英国アカデミー賞では作品賞、監督賞、脚本賞(ケネス・ロス)、助演男優賞(ロンズデール)、助演女優賞(セイリグ)にノミネート、編集賞を受賞したそうです。
 尚、フランス人やイギリス人、イタリア人にデンマーク人も出てくる映画ですが、どなたも英語をおしゃべりになっています。ま、しゃあないかな。





・お薦め度【★★★★★=大いに見るべし!】 テアトル十瑠
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戦争は終った

2015-03-31 | サスペンス・ミステリー
(1965/アラン・レネ監督/イヴ・モンタン、イングリッド・チューリン、ジュヌヴィエーヴ・ビジョルド、ジャン・ダステ、ミシュエル・ピコリ/122分)


 総合図書館でアラン・レネの「戦争は終った」を借りてきた。ずっと以前には家の近くのツタヤにもDVDが置いてあったんだけど今は見当たらない。双葉さんがその年の外国映画ナンバー1に選んだ作品で、<レネの作品としては大変わかりやすい部類>と評されていた。「ぼくの採点表」では☆☆☆☆★(85点)の傑作だった。

*

 スペイン。戦前から1970年代後半まで続いたフランコ独裁政権下で、その迫害を逃れてパリに移り住んでいる民主化運動の活動家の数日間を描いた作品だ。一度目の鑑賞で大まかなストーリーは分かったし、フラッシュ・バック、フラッシュ・フォワード、そして主人公の意識下にある空想までをもフラッシュで挿入したシーンが多数みられ、それらのサスペンス効果が抜群な面白さだった。所々意味が把握しづらいシーンもあり感動的とまではいかず、二度目を期待したが意図不明が再確認されただけの印象になった。フラッシュ・ショットの多用は当時としては斬新な手法だったのではないだろうか。

 主人公のカルロス・モラを演じたのは当時40代半ばの渋さ満点のイヴ・モンタン。カルロスも相応の年齢の男性なのだと思う。

 そんなカルロスの内縁の妻マリアンヌを演じているのがスウェーデンのイングリッド・チューリン。売れない女流市民作家だが、自立は出来ている感じ。カルロスは亡命者なので子供はいない。マリアンヌはカルロスをディエゴと愛おしそうに呼んでいた。
 二人のベッドシーンは男女の体の部分のアップ・ショットを編集した「二十四時間の情事」に似た雰囲気のもので、彼女のヌードも鮮烈で更に官能的だった。

 映画の冒頭が、半年間スペインで裏活動をしていた主人公が仲間と共に車で国境を越えてフランスに戻ってくるシーンで、彼らの想定に無かった検問にひっかかるといういきなりのスリリングな場面だった。
 調査官(若き日のミシュエル・ピコリ!)に提出したパスポートはフランス人協力者の写真を入れ替えた偽造パスポートだが、調査官は念の為にと男のパリの自宅に電話を入れるという。電話に出た協力者の娘は、機転が効くらしく、偽の父親にも普段の応対をしてくれて事なきを得た。彼女の名前はナディーヌ。
 このナディーヌに扮したのが、若きジュヌヴィエーヴ・ビジョルドだった。
 元々はフランス系カナダ人だが、この映画の四年後にアメリカに進出、「1000日のアン (1969)」で見事主演オスカーにノミネートされた。

 パリに帰った後、カルロスはナディーヌを訪ねて礼を言う。その二日後にナディーヌがスペイン民主化を支援するグループに入っていることが分かり、その若い仲間たちともカルロスは知り合うことになる。嘴の黄色い連中にしか見えなかったが、帰国以来カルロスに尾行がついている事を教えてくれたのも彼らだった。

 国境の検問の後カルロスは、マドリッドでは一斉検挙が始まっており、今仲間がスペインに入るのは危険だという認識になった。それをパリの指導者層に進言するが、上層部は迫っているメーデーのゼネストを成功させることが優先だと却下した。カルロスは近視眼的に成り過ぎていると批判され、しばらく休暇をとるように言われてしまう。
 上層部への不満を漏らすカルロスにマリアンヌは引退をすすめ、スペインで穏やかな家庭を築く道をも願うのだが、先にスペインに入った仲間の急死が発覚、カルロスは再びバルセロナに向かうのだった・・・。





 フラッシュ・ショットについて書いておこう。
 ナディーヌに助けられた後、何度もナディーヌの家の映像がフラッシュされ、若い女性の後ろ姿もフラッシュで複数出てくる。まだ逢ったことのない彼女の事をカルロスが想像しているという事なんだろうけど、ショットの分量が多過ぎ、しつこいという印象も受けた。
 同じように捕えられた仲間のフラッシュ・ショットも何回も挿入されて、サスペンス効果は認めるが、あまりに出てくるのでこれが事実の映像なのかカルロスの想像の画なのかが迷ってくる。

 ツイッターにも書いたけど、マリアンヌの『(あなたの)子供が欲しい』という台詞の少し後で、二人の住むアパートに子供部屋がありカルロスが入っていくとベッドに男の子が寝ているシーンがある。これも前後の関係から彼の空想の画だと思うが、結構曖昧で、しばらくどっちなんだろうと考えさせられる展開だった。男の子のショットがフラッシュではなくノーマルなカットだったのも判断が遅れた要因だと思う。


▼(ネタバレ注意)
 そして、一番理解に苦しんでいるのが終盤の展開だ。

 カルロスがバルセロナに向かった後に、ナディーヌの家に警察がやってきて父親のパスポートを確認する。そのやり取りによって、ナディーヌはカルロスが明確に官憲にマークされていることを知り、父親を通じて危険が迫っていることを知らせようとする。
 カルロスにその情報が届くことはなく、車は国境に向かっている。

 ラストシーンは(いきなりだが)マリアンヌがバルセロナに飛行機で向かう所だった。カルロスが今回の任務に先だち覚えたのと同じ合言葉を復唱しながら、搭乗口に向かう彼女。
 これって何を示唆してるんでしょうかねぇ。
 車のカルロスとマリアンヌのショットはオーバーラップされているので、時間差はそんなにはないと思われ、あのマリアンヌはカルロスを助けに行っているのか、又はカルロスの替りに抵抗運動に従事するようになったというのか・・・。曖昧だ。
▲(解除)


 かくして、この映画の評価は★三つ半。
 革新的な語り口は映画ファンには★四つでお勧めしたいけど、分からない部分が多いので一般的映画ファンには★半分減点にしました。残念!
 フラッシュ・ショットは今も使われているけど、数少ない要所で使った方がその効果が上がるように感じますな。

 カメラは「夜と霧 (1955)」以来組んでいるサッシャ・ヴィエルニ。
 音楽はジョヴァンニ・フスコ。
 1966年のカンヌ国際映画祭で、FIPRESCI(国際映画批評家連盟)賞とルイス・ブニュエル賞をW受賞。
 1967年のアカデミー賞では脚本賞(ホルヘ・センプラン=原作者でもあります)にノミネートされ、NY批評家協会賞では外国映画賞を獲得したらしいです。





・お薦め度【★★★=今も斬新な語り口は、一見の価値あり】 テアトル十瑠
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ヒストリー・オブ・バイオレンス

2014-11-15 | サスペンス・ミステリー
(2005/デヴィッド・クローネンバーグ監督/ヴィゴ・モーテンセン=トム・ストール、マリア・ベロ=エディ・ストール、エド・ハリス=カール・フォガティ、ウィリアム・ハート=リッチー・キューザック、アシュトン・ホームズ=ジャック・ストール、ハイディ・ヘイズ=サラ・ストール、ピーター・マクニール=サム・カーニー保安官/96分)


(↓Twitter on 十瑠 から[一部修正アリ])

デヴィッド・クローネンバーグの「ヒストリー・オブ・バイオレンス」を観る。一昨日レンタルしてきて今日で2回目。クローネンバーグは「クラッシュ」と地上波TVの「フライ」くらいしか観てない。個性的という印象で、好んで観たい監督ではないが、今作は評判も悪くないので気にはなっていた。
[11月14日 以下同じ]

妻と二人の子供に恵まれた平和な家庭を持つ“穏やかな隣人”と思われた男が、実はかつてマフィアの一員であり、そのマフィアに追われていたという話。名前を変えて十数年、ならず者は小さな町で小さなダイナーを営んでいたが、ひょんな事から全国ニュースで顔が晒され追っ手がやって来る事になる。

オープニングの不気味な静けさとカメラワークがデヴィッド・リンチみたい。(モーテルから出てきた二人組の若い方が、入口のドアの横にあったパイプ椅子の小さなズレを直すのが妙に印象に残るなぁ)





その映画で監督は何が言いたいのか、なんて事を考えるのは不得意だし、そもそも映画は何を描こうとしているかが問題だと思ってるんだけど、この「ヒストリー・オブ・・・」はそのどちらにも明確な答えが出せないでいる。

単純なストーリー展開を振り返れば、ストレートなハッピーエンドのアクション映画にだって出来るモノだけど、クローネンバーグは(少なくとも気分的には)ハッピーエンドにはしていない。脛に疵持つ父親もその家族も、(万々歳といっていい)ラストシーンも浮かない顔だ。

夫の、或いは父親の意外な姿に驚き、戸惑う家族の心情を描きたいなら、奥さんを主人公にしたストーリーにすればいいのに、映画は父親の隠し事も最初は観客に知らせないで、彼を穏健な主人公として展開していく。グラフィック・ノベルの原作があったらしいから、要するに元はエンターテインメントなんだな。

だからさぁ。僕は最初に観た時は北野武も思い出しちゃったんだよね。かっこ良いバイオレンスとかっこ良くない葛藤で。奥さんの悩む姿や夫婦、息子との葛藤も分からんではない。でも見終わると、どうも中途半端な印象が残ってしまう。どっちが描きたかったんだろうって。お薦め度は★三つか四つかで迷って、出来は★四つクラスだけど、お薦め度はやっぱり三つしかあげられない。

それにしても、最初はウィリアム・ハートが分かんなかったぞい。見た事ある俳優だけど・・・てな具合。お見事な悪役でした。

*

「ヒストリー・オブ・・・」の中でお薦め度★四つに値するのは不穏な空気の醸成が上手い事。冒頭の二人組のギャングがモーテルの従業員らをいとも簡単に殺すエピソードが効いてるんだけど、この二人組が再び登場するシーンも凄いね。そして、ギャング達が主人公に殺られるアクションシーンもパンチがあってイイ。
[11月15日 以下同じ]

エド・ハリス扮するフィラデルフィアのギャングは、かつて主人公の仲間で、彼に恨みを持ってるんだが、主人公は人違いのフリをする。このギャングが最初に町にやって来た時の、地元の警官とのやり取りも、いつギャングが拳銃をぶっぱなすかとヒヤヒヤしたな。あの場面も上手い。





主人公は奥さんにもギャングに人違いされてると説明し、奥さんも納得している。しかし悪者が家にまでやって来て、息子を人質にされ、ついに奥さんと息子の前でギャングを撃退する。鮮やかな手練を見せて。これで奥さんも旦那の嘘に気付くわけだけど、この後の夫婦の不穏な空気の中のやり取りも面白いネ。

奥さんに過去が(ほぼ)バレ、息子にも距離を置かれ戸惑う主人公。家にやってきた地元の警官も、通りすがりのギャングだけでなく明らかに東海岸のマフィアらしき3人組までもやっつけた隣人に『どうも腑に落ちないんだが』と問われ、つい本当の事を言いそうになる。と、そこに帰ってきた奥さんは・・。

このシーンも巧かった。この後話題になった階段でのセックスシーンになる。なんか他の人の記事では夫の暴行のように書かれてたけど、そうじゃなかったな。それとそれ程過激でも・・。
 少し前に「ニンフォマニアック」の予告編を見たからかな^^

*

 2005年のアカデミー賞で、助演男優賞(ハート)、脚色賞(ジョシュ・オルソン)にノミネート。
 全米批評家協会賞では、助演男優賞(ハリス)と監督賞を受賞したそうです。






・お薦め度【★★★=一見の価値あり】 テアトル十瑠
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冷血

2014-04-03 | サスペンス・ミステリー
(1967/リチャード・ブルックス監督・製作・脚本/ロバート・ブレイク=ペリー・スミス、スコット・ウィルソン=ディック・ヒコック、ジョン・フォーサイス/133分)


リチャード・ブルックスの「冷血」をレンタルで観る。何年ぶりだろう?淀川さんがコメントされてるのをぼんやり覚えているので「日曜洋画劇場」の鑑賞だったでしょう。てなると、そうとうカットされていたことになるな。例の殺害シーンをクライマックスとして回想で持ってきたのは成功だった。
 [ 3月 27日(→twitter で 以下同じ)]

モノクロカメラはコンラッド・ホールだった。あれは強烈だ。「カポーティ」では描かれなかった、事件の経緯や、二人の犯罪者の事件後の行状が描かれている。カポーティは出てこない。観客は結末を知っていて観るわけだけど、それでも怖いのは殺人があんな動機で発生するのを見せられるからだ。

*

 トルーマン・カポーティが自らノンフィクション・ノベルと名付けた「冷血」をリチャード・ブルックスが映画化した作品。文芸作品の多いブルックスは脚本家から入った人らしく監督と脚本を同時にやる人ですが、この映画ではプロデュースも担ったようです。つまりそれだけ惚れこんでいたということでしょうか。
 「カポーティ」で彼の作家生命を終わらせたに等しいと描かれた因縁の大ベストセラー。暗い不気味な雰囲気も、起伏の乏しいカンザスの田舎町の風景も同じでしたな。

 ストーリーの構成は小説と同じだと思われます。
 第一部は事件が発生する直前のエピソード。
 恐らくは刑務所で知り合ったであろうペリーとディックが、カンザスの田舎町ホルカムの大農場クラター家に押し入り現金強盗を働こうと準備をしているシークエンスで、ソレと平行するように、彼らとは縁もゆかりもない被害者家族の平和な一日の様子が途切れ途切れに挿入されていきます。マッチカットを使いながら、サスペンスの序章らしさを演出しておりました。

 ペリーが先に出所していて、その後ディックが仮出所し、その間にディックはある囚人からカンザス州ホルカムのクラター家で働いていた時の話を聞く。囚人の話ではクラター家では諸々の支払いが毎週1万ドルあったという。それ程の現金が動いているのなら農場主の家には金庫があるに違いない、いや絶対にある。だから二人で頂けば一人5千ドル。一家四人を皆殺しにすれば証人はいないし、なにしろ俺達とクラターを結びつけるモノは何もないんだから、まさに完全犯罪だ。
 これがディックの計画だった。

 ペリーとディックが落ち合った所からホルカムまでは600キロ。武器はディックの鳥撃ち用のショットガンとナイフ。途中で、被害者達を縛る紐やガムテープなどを買う。
 ディックは人殺しをしたことは無かったが、この計画を完全犯罪にするためには一家四人を亡き者にしなければいけなかった。そこでかつでシカゴで殺人を犯し、朝鮮戦争でも大勢を殺したことのあるペリーを誘ったのだ。

 深夜。二人を乗せた車がクラター家の前まで来る。時は11月14日から15日に変わる頃。
 道中で計画の内容を聞いて半信半疑だったペリーは、『止めよう。今ならまだ止めることが出来る』というが、ディックは『俺が一人では出来ないと思っているのか』とリアシートのショットガンを掴む。
 外はカンザスらしい強い風の吹く夜だった・・・。





 ココまでで上映時間30分。
 次のシーンは「カポーティ」にもほぼ同じように描かれていた、クラター家の次女ナンシーの遺体を友人の少女が発見するところでした。つまり、事件本体の描写はありません。ノベルにする為にカポーティがどうしても理解したかった殺人者達の心の闇、なかなか掴めなかった事件当夜の詳細。「カポーティ」でも小説執筆の終盤で掴んだであろうと描かれたそのシーンは後半に回想として描かれるのでした。

 第二部は捜査状況の様子と、ペリーとディックのその後の行状を追っています。
 そして、20分位すると、例の囚人がディックの犯行に違いないと証言をするのです。序盤でディックがペリーに書き送った手紙に記された計画を聞いた段階で、観客には事件が発生すればその囚人が直ぐに怪しむだろうし、懸賞金でも付けば警察にも情報はいくなとピンと来るのですが、まさにこの事件はそのように流れていったわけです。

 映画の後半(第三部)に入ると、容疑者は二人に絞られ、警察はそれぞれの父親に会い、犯人達の生い立ちや家族構成なども分かってくる。
 80分近くでついに二人はラスベガスで逮捕され、90分には白状する。
 そして二人は現場検証の為にクラター家に再び向かうことになり、そのパトカーの中でペリーが事件当夜のことを捜査官に“ありのままに”語り始めるのです。

 終盤の30分(第四部)は死刑が確定した後の二人の様子が描かれます。5年後の死刑執行のその夜までの死刑囚の反省も懺悔もない淡々とした、しかし重苦しい日々が。

*

 この映画には当然カポーティは出てきませんが、主任捜査官と話をするジャーナリストらしい人物が出てきます。小説には無いというその人物はモノローグも語ったりして、主人公のいないこの話の狂言回しになっていました。
 まだ二人の容疑者が捜査関係者の頭に入っていない時期に、そのジャーナリストがカンザス州のある病院が発表した殺人犯に関するレポートを語るシーンがあります。捜査官は内容には興味ないそぶりをしましたが、小説の作者としてはこの事件を理解する為のまさにキモともいうべき部分であったのだろうと思います。

<クラター事件の半年前、“動機の認められぬ殺人”にかかわった4人の殺人犯をカンザスの病院が調べた。すると、彼らには次のような共通点があった。
 脈絡のない殺人を犯した点。自分の肉体や性的能力に劣等感がある点。虐待を経験した点。片親がいなかったり、他人の手で育てられた点。
 彼らは空想と現実の区別が付けられず、犠牲者を知りもしなかった。罪悪感はなく、犯行に関する感情は皆無。彼らは警察や精神科医にこう語っている。
 “殺人を犯す前に殺人への衝動を感じた”と。>

 1967年のアカデミー賞で、監督賞、脚色賞、撮影賞(コンラッド・L・ホール)、作曲賞(クインシー・ジョーンズ)にノミネートされたが無冠だったそうです。





・お薦め度【★★★★=サスペンスファンの、友達にも薦めて】 テアトル十瑠
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