テアトル十瑠

1920年代のサイレント映画から21世紀の最新映像まで、僕の映画備忘録。そして日々の雑感も。

ハリーとトント

2009-02-07 | ドラマ
(1974/ポール・マザースキー監督・製作・共同脚本/アート・カーニー、エレン・バースティン、チーフ・ダン・ジョージ、ラリー・ハグマン、ジェラルディン・フィッツジェラルド、メラニー・メイロン、ジョシュ・モステル、フィリップ・ブランズ、ハーバート・バーゴフ/117分)


 ポール・マザースキーは、ジル・クレイバーグとアラン・ベイツが共演した78年の「結婚しない女」がアカデミー作品賞にノミネートされたこともある、主に70年代に活躍した監督だ。元々俳優だった人で、69年の「ボブ&キャロル&テッド&アリス」で監督デビュー、最初に注目されたのが今回の「ハリーとトント」だった。「グリニッチ・ビレッジの青春(1976)」なんてのも当時観たいなぁと思っていたけれど、結局、彼の映画はどれも観なかった(と思う)。

 猫と爺ちゃんのロード・ムーヴィー。ハリーが爺ちゃんでトントが猫。
 トントって、あの懐かしのTV西部劇「ローン・レンジャー」のトントか? と思って観ていたら、後半にハリーがそういう風に話していた。やっぱり!
 「ローン・レンジャー」は白馬に乗ったマスクのガンマンが悪者達をやっつける、怪傑ゾロの西部劇版のような番組で、主役のローン・レンジャーを助ける、つまりバットマンで言えばロビンみたいな役どころのインディアンの名前がトントだった。
 「ハリーとトント」ではハリーと近隣の住民との会話の中に当時流行っていたテレビ番組の名前もいくつか出てきて、最初の方には日本でも人気があった「鬼警部アイアンサイド」の話が出てきた。そういえば、終盤にハリーの息子役でラリー・ハグマンが出てくるが、彼もテレビで人気だった「可愛い魔女ジニー」のジニー(バーバラ・イーデン)の“ダーリン”役だった。

*

 NYに住むハリーは、奥さんのアニーに先立たれたヤモメの老人だ。同居人はこれも年老いた雄猫のトントだけ。一人暮らしも長いのか、トントに語りかける独り言もすっかり板に付いている。
 今日もトントに首輪をして一緒にお買い物。そして近所の公園で顔なじみの友人と世間話に花を咲かせる。区画整理でハリーの住むアパートは近々取り壊されることになっているが、彼は引っ越し先を決めていない。ポーランドからやって来たというその友人(バーゴフ)も奥さんが亡くなって一人暮らしなので、家に来ないかと言ってくれるが、『一緒に暮らしたら喧嘩してしまうのが目に見えている。俺は気難し屋なんだ』とハリーは答える。理性的なハリー。彼は長年、教師をしてきた人間だった。

 アパートの最後の居住者になったハリーが強制退去させられそうになった時、郊外に住む長男がやって来て、ハリーは息子の家に同居することになる。孫は男の子が二人。どちらも立派な青年だが、次男の方は口は利けるのに家族とも筆談をし、野菜しか食べないという変わった子供だった。
 嫁に気兼ねしたハリーが新しいアパートを探してみるも、ペットが飼える物件は見つからず、同居を申し出てくれていた友人は知らないうちに独り寂しく死んでしまっていた。
 暫くぶりにシカゴにいる娘に会いに行こうとハリーは思う。元々飛行機は嫌いだったが、搭乗口のチェックで猫と離ればなれになるのが嫌で飛行機も取りやめ、急遽、長距離バスに乗り換える。小便がしたくなったトントの為に、バスも途中下車する羽目になり、とうとう中古車を購入してシカゴに向かうことになるのだが・・・。

*

 淡々としながらも美しい筆致(撮影:マイケル・バトラー、音楽:ビル・コンティ)で描かれたロード・ムーヴィー。淡々とし過ぎて少し物足りないくらい。多分それは、ハリー爺ちゃんがしっかり者だからで、特に激しい葛藤もなく、子供達とのドラマチックな局面もなく話は過ぎていく。途中、数十年ぶりに初恋の彼女(フィッツジェラルド)に逢いに老人ホームを訪れるシーンもあるが、思いの外あっさりと描かれていたように感じた(2度目の鑑賞ではしんみりとしましたです^^)。老人の旅ということで「野いちご」を思い出したが、ハリーさんにはイサク爺さん(←「野いちご」の主人公)程の悔い改めるべき過去はなかったということでしょうか。
 序盤の長男との会話では「リア王」の話も出てくるが、特に内容的には関係無かったみたい(子供達を訪ね歩くところは同じだが、ハリーは立派に自立している)。子供達それぞれの人生模様も静かに描かれていて、ラストでようやくじんわりと効いてくる感じ。
 車の旅では途中でヒッピーのカップルを拾ったり、シカゴの娘に逢った後には更にカリフォルニアの次男にも逢いに行く。アメリカ大陸横断の旅ですな。ヒッピー、変人の孫など、当時の若者風俗の描写も面白かった。

 個人的に記憶に引っかかったのが、終盤でヒッチハイクをする事になったハリーが美女の車に拾われるシーンで、なんとこの別嬪さんが高級娼婦。概ねお年寄りが上客だったこの美女が、ハリーと話すうちに『(長旅で持て余していたのとばかりに)ムラムラしてきたわ』と脇道に入っていき、この車をロング・ショットで追いながら、突然“♪Love is a Many-Splendored Thing”=「♪慕情」のテーマ曲が流れてくるので笑っちゃいました。

 ラストのサンタモニカの砂浜で、猫と戯れながら夕陽に浮かぶハリーさんのシルエットには、深い心情が味わえて、人生を考えさせられるショットではありました。もう少し年を取ったら、そうですねぇ、還暦を過ぎて観るとまた一つ違った感慨が湧いてくるのかも。



 ハリーを演じたアート・カーニーは、これでアカデミー賞(主演男優賞)を初受賞。70歳くらいに見えましたが、ネットの情報では撮影当時は50代半ば。2003年に85歳の誕生日を迎えてすぐに亡くなっていました。

 シカゴのバツヨン(!)娘にはエレン・バースティン。彼女は同じ年に「アリスの恋」で主演オスカーを獲っています。
 懐かしやチーフ・ダン・ジョージは、ハリーさんが立ちションの罪で留置場に入れられた時に知り合うインディアン。アーサー・ペンの「小さな巨人」でお会いしましたなぁ。

*

[02.10 加筆]
▼(ネタバレ注意)
 ハリーの子供は3人。
 長男のバート(ブランズ)はNYの郊外で妻と二人の息子との4人暮らし。上の子は来春結婚して家を出る予定だが、弟のノーマン(モステル)は今で言う引きこもりに似ていて、お兄ちゃんにも愛想を尽かされている。ノーマンと同じ部屋で寝泊まりすることになったお祖父ちゃんハリーは、孫を理解しようと使っているドラッグについて質問し、ヘロインはやってないと言うノーマンを『いい子だ』と許し、“沈黙の儀式”とやらで家族とも言葉を交わさない彼に『自分を表現する手段は他にないのか?』と話す。
 ノーマンは映画の中盤にも出てくる重要な登場人物で、車での旅になったハリーを心配したバートに頼まれてシカゴまで迎えにやって来る。その時ノーマンは“沈黙の儀式”を止め、彼言うところの“トーキーの時代”に入っていた。

 長女のシャーリーはシカゴで小さな書店を開いている。父親似で気難し屋だからなのか、4度の離婚を経て只今独身。子供も居ない。ミシガン湖のほとりを、父と娘が肩寄せながら散歩をしているシーンが美しく味わい深い。似たもの同士、あえば口喧嘩ばかりだった親子が、いつの間にか互いを慈しみあう気配を見せるようになる。

 末っ子のエディはカリフォルニアで不動産業をしていたが、不況のあおりで事業は失敗、妻とも離婚をしている。月250ドルのコンドミニアムで暮らしているため金欠状態で、ついには泣き言をもらす次男に、ハリーは『一緒には暮らさないが、援助はする。前を向いてやり直せ。自分の人生を生きろ』とハッパをかける。
 序盤のNYの描写でも景気の悪い様子が窺われるが、ベトナム戦争の戦費がかさんで大変だった時代が背景だったんですな。

 ハリーの車に同乗するようになった家出少女がジンジャー(メイロン)。ハリーには16歳だと言い、シャーリーには15歳だという。最初はカップルでハリーの車を拾うんだが、すぐに男の方はアラバマ行きの車に乗り換え、喧嘩でもしたのかと聞くハリーに『少し前に知り合っただけなの』と答え、呆れられる。
 モーテルで昔の恋物語を聞かせたハリーに、その初恋の女性ジェシーに会いに行こうと提案したのは彼女で、終いにはノーマンと意気投合してしまう。
 ジンジャーと共に世間に出ていこうとするノーマンに車を渡し、祖父ちゃんを心配する孫を送り出すハリーさんも格好良かったなぁ。
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・お薦め度【★★★=一度は見ましょう、あたしゃもう一度観ます】 テアトル十瑠

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6 コメント

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久しぶりに、あたしゃ、これから観ます♪ (viva jiji)
2009-02-08 07:52:29
録画したまんまでしたから
嬉しい十瑠さんの記事UPでした!♪

淡々とアッサリし過ぎるくらいの作風
でも本作は忘れられない映画の1本
P・マザースキー、役者としてもGood

ハーネスをつけてお散歩できるトント
ほんと、うらやましい~
うちのjiji・・ハーネスつけると
絶対、テコでも動きませんから。
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おはよございます、姐さん♪ (十瑠)
2009-02-08 09:58:10
今朝、2度目の鑑賞。
若干加筆修正しました。ネタバレの加筆はネタは仕込んであるんですが、も少し後になりそうです。

老人ホームのシークエンスは、今回の方がしんみりしましたです。想定内ですが、やっぱりね・・・。

記憶に残った台詞。
『I Love My Work』
散りばめられたユーモアも効いてますね
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この映画の評価は・・ (アスカパパ)
2009-02-11 20:36:34
 鑑賞者の年齢に比例して高くなるのではないでしょうか?。
 日本国から、後期高齢者と指定されている私としては(笑)、大変高い評価となっています。
 もし私が、もっと若い時に観ていたとすれば、此処までの高評価をしたかどうかは疑問だと思うからであります。
 そのことを別に置いたとしても、佳い作品であるのは間違いないとは思いますが。
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RE:この映画の評価は・・ (十瑠)
2009-02-11 20:53:00
>そのことを別に置いたとしても、佳い作品であるのは間違いないとは思いますが。

えっと、パパさんの85点がどれくらいの評価なのか基準が分からないので、あれなんですが、私の★★★は、通常の5段階の評価でいうと多分★四つ分はあると思います。つまり“佳い作品”という事です。
決して凡作という★★★ではありません。
ハッキリ申しまして好きな映画です。

それでも、『鑑賞者の年齢に比例して高くなるのではないでしょうか』と言う御意見には賛成です
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あのシーンね~ (anupam)
2010-05-02 18:58:55
もちろんあのシーンも好きですよ!

「100ドルしかもっていなんだ~」というハリーはあの後、100ドル払わされたのかな?

何度か男性同士の会話に
「最後にやったのはいつ?」
とか出てきて爆笑

中古車ディーラーのおっさんの
「劇薬飲んで女とやった」
の話も笑えたし

こんな感じの会話も多いのに
品格を保っている
不思議な映画だよね
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100ドル (十瑠)
2010-05-02 23:40:56
払ったんでしょうねぇ
車がロスに着いた頃にはハリーさん助手席で寝てましたでしょ
お疲れちゃ~んですよ。

そんなことより、ラストで移民らしい小母さんと仲良くなりそうで、サッと切り上げちゃったけど、自家製グループホームみたいで、ほんわかしちゃいましたなぁ
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