若い頃は帰省が楽しみだった。
現在も、ふるさとに帰る喜びはあるが、高齢の母の心配のほうが大きすぎて楽しむところどころではない。
一緒にホテルに泊まっても、実に世話が焼ける。
歩くのが遅いので、それに合わせて歩くだけでも疲れる。
食事のたびに目配りしていないと、手足の衰えた人はどんな阻喪をしでかすかしれない。
そのたびに、人間のできていない私は叱ってしまう。
90歳も超えれば若い人とおなじようにはできないことが頭ではわかっているが、私自身も疲れやすくなっているから、つい叱るというか怒ってしまうのだ。
この母の世話をしてくれているおばちゃんは今年80歳になったというのに、実に気長にやってくれている。
人の偉さとは、こういうところで出てくるのかもしれないと思う。
私は、子育ての頃もよく子供を叱った。
昔から、「子供叱るな来た道だもの、年寄り笑うな行く道だもの」と言われているが、その通りだ。
・コーヒーを部屋で飲まむとコーヒーをカバンに入れし母を叱れり
・コーヒーはこぼれて母の穿いてゐたズボンはコーヒーだらけになれり
・「なぜこんなものをカバンに入れるのよ」叱ればしゆんとしたり老母は
・カバン中コーヒーだらけになりぬれば出して乾かすドライヤ使ひ
・「こぼれるつてわからないの」と声荒げ何度も何度も叱りてしまへり
・大声で叱りしことと後始末するに疲れり年寄りわれは
・年寄りのわれに大年寄りの親ゐるは幸せばかりでもなく
現在も、ふるさとに帰る喜びはあるが、高齢の母の心配のほうが大きすぎて楽しむところどころではない。
一緒にホテルに泊まっても、実に世話が焼ける。
歩くのが遅いので、それに合わせて歩くだけでも疲れる。
食事のたびに目配りしていないと、手足の衰えた人はどんな阻喪をしでかすかしれない。
そのたびに、人間のできていない私は叱ってしまう。
90歳も超えれば若い人とおなじようにはできないことが頭ではわかっているが、私自身も疲れやすくなっているから、つい叱るというか怒ってしまうのだ。
この母の世話をしてくれているおばちゃんは今年80歳になったというのに、実に気長にやってくれている。
人の偉さとは、こういうところで出てくるのかもしれないと思う。
私は、子育ての頃もよく子供を叱った。
昔から、「子供叱るな来た道だもの、年寄り笑うな行く道だもの」と言われているが、その通りだ。
・コーヒーを部屋で飲まむとコーヒーをカバンに入れし母を叱れり
・コーヒーはこぼれて母の穿いてゐたズボンはコーヒーだらけになれり
・「なぜこんなものをカバンに入れるのよ」叱ればしゆんとしたり老母は
・カバン中コーヒーだらけになりぬれば出して乾かすドライヤ使ひ
・「こぼれるつてわからないの」と声荒げ何度も何度も叱りてしまへり
・大声で叱りしことと後始末するに疲れり年寄りわれは
・年寄りのわれに大年寄りの親ゐるは幸せばかりでもなく