年金削減廃止老いも若者も安心して暮らせる世の中にみんなで声をあげれば世の中変わる

消費税廃止、医療、介護改悪反対、核兵器廃止・自然エネルギーで原発ゼロへ。

東京大空襲絵で伝える 流山の画家・吉野山さん 柏の戦争展に作品

2013-08-27 16:13:37 | 日記
東京新聞より転載
【千葉】
東京大空襲絵で伝える 流山の画家・吉野山さん 柏の戦争展に作品
2013年8月27日

子どもを抱いて、道にうずくまる母を描いた「無惨に焼かれた母子」

 東京大空襲を水彩画で描き、語り部として次の世代に伝える男性がいる。流山市の画家吉野山隆英さん(83)で、70歳を過ぎてから戦争を描きだした。「戦争がいかにおろかでむごいことかを伝えたい」と今月末、柏市で開かれる戦争展に作品を並べる。 (三輪喜人)
 真っ赤な炎に包まれた母親が、子どもを抱きかかえたまま道にうずくまっている。建物は燃え、B29が焼夷(しょうい)弾を落とす。
 吉野山さんの戦争をテーマにした水彩画「無惨(むざん)に焼かれた母子」だ。空襲に遭い、焼け跡を歩いた記憶を基に描き上げた。
 吉野山さんは東京大空襲のあった一九四五年三月十日未明、葛飾区の自宅にいた。通っていた墨田区の本所工業学校(現・本所工業高校)の様子が心配になり翌十一日、校舎を目指した。
 校舎にはけが人がたくさんいた。「生きた心地がしなかった」と、その場から逃げ出し、焼け野原を見渡すと、山積みになった黒焦げの遺体が、建物の解体作業で使う道具で車の荷台に投げ込まれていた。
 そばに子どもの遺体があり、「道具で突き刺されるのはかわいそう」と手で運ぼうとした。だが、傷みが激しく持ち上げることもできなかった。「あの手の感覚は今でも残っている」と当時を語る。
 看板業を営みながら趣味で絵を続けてきたが、戦争は描けなかった。古希の同窓会で再会した小学時代の友人に「戦争経験を絵で残した方がいい」と背中を押され、描いたのが母子の絵だった。これまで縦二メートル一〇センチ、横五メートル四〇センチの大作を含め六点を完成させた。「二度と愚かな戦争をしないことが死んだ人との約束」と、現在の憲法改正の動きにも反対する。
 吉野山さんの絵四点は、三十一日と九月一日に柏市柏の中央公民館で開かれる「平和のための戦争展」で、昨年に続き展示される。吉野山さんが絵の前で、当時の状況などを説明する。
 同展は無料。東京慈恵会医科大教授で、憲法学が専門の小沢隆一さんの「憲法って何?」と題した講演や、シベリア抑留体験者の話などもある。講演会の問い合わせは実行委員長の加藤さん=電090(8110)5853=へ。
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 汚染水流出 「収束宣言」を... | トップ | 風知草:小泉純一郎の「原発ゼ... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

日記」カテゴリの最新記事