進まぬ震災復興 東京五輪が奪うヒトやカネ
東日本大震災から間もなく4年。被災地の復興はいっこうに進んでいない。津波で家を奪われた人々はいまだに仮設住宅で先の見えない生活をしている。アベノミクスと東京五輪開催が起こした建設ラッシュは、被災地から人手や資材を奪い、一層復興を遅らせている。
2011年3月11日に起きた東日本大震災と津波、その後の福島第一原発のメルトダウンから間もなく4年がたとうとしている。いまだに17万人以上の人々が荒れ果てたままの海辺に並ぶ仮設住宅で先の見えない生活をしている。
防災対策庁舎前で犠牲者の冥福を祈る復興工事の関係者たち(2014年9月11日、宮城県南三陸町)
そのうちの1人、70代のヨシダスミコさんは、津波に流された港町、岩手県陸前高田市の窮屈なカビ臭い仮設住宅で、夫と暮らしている。陸前高田市では1750人以上の人が亡くなった。ヨシダさんの息子イサオさんも、市職員として人々を高台に避難させていて命を落とした。
自宅と呼べる場所もなく、息子のための仏壇も持っていないヨシダさんは、息子をちゃんと弔うことができないと嘆く。間に合わせのテーブルに置かれた遺影だけがその役割を果たしている。彼女は長い間悲しみを抑えてきたので、涙はもうでないと言う。
■もうけが大きい東京の建設案件
安倍晋三首相は、東北の被災地復興は、自らが進める経済再生計画の極めて重要な試金石になると述べている。実際、安倍首相は、昨年12月の衆院選の早い段階で、陸前高田市にある学校の校庭にびっしりと並んだプレハブ住宅の1つに遊説に訪れた。
しかし今は、その他の課題が被災地復興よりも優先されているようだ。安倍首相が進める金融及び財政刺激策によって建設ブームが起こっており、東北地方に行くはずの人手や資材が東京に奪われている。東京で行われる建設案件の方がもうけが大きいからだ。
東北の人々は、こう疑問を口にする――津波で家を失った高齢者や貧しい人々がまだ新しい家に移っていない状態なのに、なぜ東京は2020年五輪のために派手な競技場を建設しようとしているのか。震災の被害が最も大きかった県の1つ、岩手県の達増拓也知事は、政府は東北への興味を失いつつあるのだと指摘する。
被災地の復興には、そもそも最初から資金とエネルギーとビジョンが必要だった。震災後の数カ月間、地元民たちは素晴らしい回復力を見せた。被災地を助けようと、各地からボランティアも集まってきた。これによって、約2000万トンのがれきがあっという間に取り除かれた。
希望に燃えた担当者たちは、再生可能エネルギーによって賄われる新しい街を高台につくる構想を描いた。東北の復興によって日本経済が景気低迷から脱出できるのではないかと考えた者すらいた。
■失われつつある連帯感
こうした最初のころの希望を考えると、復興がなかなかはかどらない現状は極めて残念だ。海岸線を見渡しても、新しくなったインフラはあまりない。計画された公営住宅の建設もわずか6分の1しか完了していない。
分別して集積されたがれき(2011年5月25日、宮城県石巻市)
陸前高田市の荒れ地をクルマで走ると、カーナビの画面には以前そこに建っていた住宅やガソリンスタンド、市庁舎が不気味に映し出される。同市は現在、地震で1メートルも沈下した地盤を埋めるために、近くの山から土を運んでいる段階だ。
一方、津波で3700人の住民が亡くなった宮城県石巻市では、新しい恒久住宅に移ったのはわずか150余世帯。いまだに1万2700人が仮設住宅で暮らしている。市当局は、復興が進まない原因の一端は国の官僚主義にあると非難する。石巻市長によると、新たに町を作るため水田だった土地を市街化区域へと区分変更するのに、農林水産省は6カ月もかかったという。
多くの町や村で、震災直後に存在した連帯感が失われつつある。お金のある人は次々と新しい家を建てているからだ。世代間の意見の相違も顕著だ。年配の人は海沿いの村や家族の墓から永久に離れたくないと思っている――彼らの多くがかきの養殖や漁業で良い暮らしをしてきた。一方、若い世代は、海岸から離れた高台の、より大きく統合された共同体で暮らしたがっている。
そのような町が果たして建設されるのかという疑念が、津波が発生する前から進んでいたこの地域の過疎化を加速している。津波被害を受けた3県の中で最も北に位置する岩手県では、震災以来、人口が4万6000人減少している。これは県の総人口の約3%に当たる
震災後、政府は5年間で25兆円に及ぶ復興予算を約束した。だが、制度的な問題のために、公的資金の多くは被災者の元に届いていない。住宅を失った人がもらえるのは最大でも300万円程度(多くの住宅が保険の補償対象外だった)。多くの人が経済的に厳しい状態にあり、津波に流された家のローンを今も払い続けている場合もある。そして、経済的余裕がないために新しい町への移転を計画するコミュニティーに加わることができない。
■建設会社は仕事をえり好み
何を建設するかを決めるのは、自治体でも政府でもなく、建設会社の社長である場合が多い。以前、陸前高田市で中学校の新校舎を建設する入札を行ったところ、業者たちは予算が3分の1低いと言い、入札は不調に終わった。こうした事態が増え、使われない政府の現金が地方の銀行にあふれかえっている。
1360人以上が犠牲になった漁港の町、宮城県気仙沼市では、避難者向けの公営住宅の第1号が完成し、入居が始まった。同市の菅原茂市長は、こうした住宅建設のほとんどの案件を、建設会社は拒否すると言う。復興庁は、公営住宅建設の予算は妥当な金額だと主張する。だが、ほかの場所で建設ラッシュが起き、労働コストや資材コストが上がっている今、建設会社は引き受ける仕事をえり好みできる。
例えば人口6万7000人の気仙沼市に70カ所以上建設することになっている巨大防潮堤は建設会社にとって人気のプロジェクトだ。これは最大で幅90メートル、高さ15メートルの壁で、政府が東北の海岸線を守るために必要だとして、2011年に建設を命じた。最大1兆円が防潮堤の建設に費やされることになっている。
防潮堤は、別のところでもっと良い使い方ができるはずの予算を食いつぶしている。この巨大建造物は住民の間で人気がないばかりかほとんど役に立たない。国土交通省ですら、この壁は4年前の地震と津波に耐えられなかっただろうと認めている。自治体のリーダーたちは、防潮堤の建築を推進しているのは、主として、政府がそれを求めているからだと語る。
避難民の住宅問題を解決する本当の期限は2020年になるかもしれない。津波で母と家を失った後、陸前高田市の住民を助ける非政府組織(NGO)を設立したイトウサトル氏はこう言う。もし、東京オリンピックのときにまだ彼らが仮設住宅に住んでいたとしたら、「外国の人たちはどう思うだろうか」とイトウ氏は問う。
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