前回からの続きです。
・ 経 文
舎利子。 色不異空。空不異色。色即是空。空即是色。受想行識亦復如是。 舎利子。 是諸法空相。不生不滅。不垢不浄。不増不減。
・私の解釈
「色即是空・空即是色」については、H.21.1.3日付けの投稿文でも私の解釈を示しました。しかし、文章がはなはだ拙文のため上手く説明しきれていません。
あらためて、「色不異空。空不異色。色即是空。空即是色」について、私の解釈を説明させて頂きます。
私たちは六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)を通じて、いろいろさまざまな事象についての情報を取り入れます。私たちが取り入れる事象は、すべてそれが属する物事としての主体があり、その主体に対して、私たちの因縁が働くことによって取り出されたものであると思います。つまり、事象が属する物事には無量・無数・無限の属性があり、私たちが取り入れる事象は因縁に基づくものに限られますから、属性のうちの一部に限られたものであるということです。
事象が属する物事には、その属性が無量・無数・無限に存在するため、主体の相は「空」であるというのです。
ここで、私は考え方を整理するために、次のように言葉を定義することとします。
・「意識領域」
因縁の働きによって、六根(眼・耳・鼻・舌・身・意)を通じて取り入れる事象の情報が最初に格納される領域。
・「物事」
事象が属性として含まれる主体。この物事には無量・無数・無限の属性が存在するから、その相は「空」である。
仏教の教えにも「ものは本体がないから空であるという。それはそれが絶対的に清浄であるということだ」、さらに、「空とは事実の実相そのものである。実相がそのまま無相なのであり、無相なるものとしてのみ事実は真に事実として現成する」とあります。
以下説明を続けます。
事象(色)が属する物事の本性は「空」です。また、事象(色)は私たちの対象として因縁の働きによって意識領域の中に取り入れられたものです。
このことは、「空」から「色」が現れたということになります。つまり「空即是色」ということです。
当然のこととして、因縁が変われば意識領域の中にとりいれられる事象も変わります。前の事象(色)はどうなったかというと、意識領域の中からは消えて(空) なくなる、と同時に、物事の属性の一つとして空相の中に取り込まれますから(空)になるということです。つまり「色即是空」ということです。
「色不異空・空不異色」についても同様に考えることができます。つまり、物事の相は空相であり(空)、事象は因縁の働きによって私たちの「意識領域」に取り込まれます(色)。これが「空不異色」であるという意味です。
また、因縁が変われば「意識領域」に取り込まれる事象も変わり、先に存在していた事象(色)は元の物事の属性として取り込まれてしまうことになります(空)。これが「色不異空」であるという意味です。
同様のことは、「意識領域」に取り込まれる事象の有無(「色」と「空」)についても説明できますが省略します。
このような考え方は、色(物質的現象)だけでなく、受(感覚作用)、想(,表象作用)、行(意志作用)、識(認識作用)についてもまったく同様に考えることができますから、「受想行識亦復如是」ということです。
つまり、五蘊(色・受・想・行・識)のすべてについて、それぞれに私たちの対象となる事象が属する物事の相は「空」である、ということが基本であると思います。
つぎに、「是諸法空相。不生不滅。不垢不浄。不増不減」についてです。
ここで法とは、先の五蘊の対象となるものすべての「もの」を意味します。前述のとおり、すべての「もの」は、その本性は空相であります。
私たちの対象となる「もの」は、すべて因縁の働きによって空相の中から属性の一つが事象として取り出されたものです。しかも事象は別の因縁が働くことによって消えてなくなります。消えますがこの世から消えてなくなってしまったわけではなく、もとの空相の中に隠れてしまったというふうに考えるのが妥当であると考えられます。つまり、事象は「不生不滅」であるということです。
また、事象は「空」の中から出たり入ったりするだけですから「不増不減」です。
更に、先に「物事」の定義でも記しましたように、空相とは清浄であるということです。このことから「不垢不浄」であるということが理解できます。
以上が、「是諸法空相。不生不滅。不垢不浄。不増不減」についての私の解釈です。
私たちが「般若心経」を読誦し、学び、教えを実践するときには、常に、私たちは「空の世界」のなかで生活を営んでいることを念頭に置く必要があると思います。
私の限界
私は「色不異空・空不異色」と「色即是空・空即是色」の解釈について同じような説明文になってしまいました。これは私の表現力が不足しているためであります。実際、これらには、微妙な違いがあるということは何となく分かるのですが、私は言葉で説明することができません。
脚注 : 「法」とは
① 宗教、道徳、教え ② 人やものの性格・属性 ③ 事物、「もの」 ④ 意識の対象としての概念、考えられるもの、など、種々の意味をもっている。(「新版 仏教学辞典」・(株)宝藏館刊 による。)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます