戦国無双シリーズの代表キャラの一人・真田幸村の章の最終話は「大阪の陣」です。
1614年の「冬の陣」と1615年の「夏の陣」があります。
真田昌幸と信繁(幸村)は1600年の関ヶ原の戦いの際、西軍に属し徳川秀忠の足止めに成功するも、関ヶ原で西軍が敗れ、昌幸と信繁は、本来なら死罪でしたが、本田忠勝や真田信之の取り成しで紀伊国九度山に蟄居を命じられました。
昌幸、信繁父子が九度山に追放になった後、稲 . . . 本文を読む
戦国無双3・真田幸村の章・第四話は「沼田城の戦い」です。
1600年7月、家康は上杉景勝に討伐軍を起こして関東へ下り、在京していた昌幸もこれに従っていました。
家康の留守中に石田三成が挙兵し、諸大名に家康弾劾の書状を送ります。
昌幸は宇田氏を通じて三成と姻戚にあり、次男・信繁(幸村)は西軍の大谷吉継の娘を正室としていた関係で西軍に与することになります。
長男・信之は家康の養女(本田忠勝の . . . 本文を読む
戦国無双シリーズの主役でしょうか、真田幸村は戦国無双3のパッケージ表紙を飾ってます。
真田幸村の章・第一話は「三方ヶ原の戦い」で、父・真田昌幸が1572年からの信玄の上洛作戦に参陣し、12月の三方ヶ原の戦いにも参加しているようです。
第二話は1585年の「上田城の戦い」になります。
1575年の長篠の戦いで長男・信綱と次兄・昌輝が討死したため、真田幸隆の三男・昌幸が真田氏の家督を相続。
15 . . . 本文を読む
戦国無双3・竹中半兵衛の章の最終話は中国攻め。
秀吉が織田家の中国遠征総司令官に任じられると、重治は秀吉に従って中国遠征に参加しました。
1582年の備中高松城の戦いで、清水宗治が籠る備中高松城が包囲され、隆景は輝元・元春と共に救援に向かいますが、隆景は、毛利氏が織田氏に勝つ見込みが薄いと判断し、安国寺恵瓊を通じて秀吉と和睦交渉を秘密裏に行っていたそうです。
立花宗茂は毛利秀包(ひでかね . . . 本文を読む
戦国無双3・毛利元就の章・最終話 は『山崎決戦』でifの戦いです。
第四話までは、竹中半兵衛や黒田官兵衛との頭脳合戦などをメインに、秀吉軍や島津、長宗我部などと西日本で戦ってきました。
信長を英雄と認めつつも、一人の英雄のみによる独裁政治のもろさを危惧し、持論「百万一心(国人が皆で力を合わせれば、何事も成し得るの意)」となって天下を支えていこうとする元就が、盟友・立花宗茂・千代と助け合いなが . . . 本文を読む
戦国無双3・毛利元就の章・第四話は「立花救援戦 」。
1578年に耳川の戦いで大友宗麟を破り、1584年に沖田畷の戦いで龍造寺隆信を破り、九州制覇まであと少しとなっていた島津軍。
秀吉が1585年10月に惣無事令(私戦禁止令)を発動し、豊臣政権による1586年の「九州国分け」案が出されるも島津家は拒絶し、島津氏の九州全面平定の方針が決定。
しかし、秀吉の力を恐れる島津義久は、大友宗麟の本拠 . . . 本文を読む
戦国無双3・毛利元就の章・第三話は『上月城(こうづきじょう)の戦い』です。
上月城は播磨・美作・備前の三国の国境にある要衝の地(兵庫県西部)で、羽柴秀吉の中国征伐が始まった1576年頃は、毛利方の赤松氏が上月城の主でした。
1577年10月から秀吉軍+尼子氏旧臣の山中鹿之介らと、赤松氏+毛利方の宇喜多直家の軍との間で、上月城をめぐり獲って獲られての上月城争奪戦を繰り返します。
1578年2月 . . . 本文を読む
戦国無双3・毛利元就の章第二話は「木津川口の戦い」です。
毛利家と織田家との間に起こった海戦で、1576年の第一次木津川口の戦いと、1578年の第二次木津川口の戦いがありますが、毛利側が勝つ方の第一次木津川口の戦いとして進めていきたいと思います(笑)
木津川(きづがわ)は、大阪府大阪市南西部を流れる淀川水系の下流における分流です。
織田信長軍の攻囲を受ける石山本願寺への兵糧搬入を目的とした毛利 . . . 本文を読む
戦国無双3から新登場の毛利元就。
わが郷土の英雄・島津義弘公の父君・島津貴久公と同じ年1571年に75歳で亡くなり、爺キャラかと思いきや、なにこの韓流ドラマに出てきそうなイケメンは?(笑)
バーチャファイターに出てくる酔拳使いの舜帝みたいなキャラでもよかったのでは?(笑)
全編に立花夫婦がからんできます
毛利元就の章・オープニングムービー
輝元「大殿ぉ~!!」
元就「・・・私は死んだはずだぞ? . . . 本文を読む
立花千代の章最終話:石垣原撤退戦です。
「石垣原の戦い」は1600年9月13日に豊後国で行なわれた黒田如水(官兵衛)軍と大友義統軍の合戦です。
10月には、柳川まで帰りついた立花宗茂が、加藤清正や鍋島直茂、黒田如水らに攻められるのですが、これらの戦いをくっつけた形となっています。
大友宗麟の嫡男・大友義統は文禄の役のときに朝鮮・明連合軍に包囲された小西行長の救援要請を無視して戦線を離脱するとい . . . 本文を読む
立花千代の章・第四話は「杭瀬川(くぜがわ)の戦い」です。
史実的には立花家とあまり関連はありません・・・
立花宗茂は三成ら西軍本隊とは別働隊で大津城を攻めていました。
久々の元親登場。(無双3では、史実では豊臣軍として登場した九州征伐(1586年の戸次川の戦い)でも登場してませんでしたが・・・)
史実では1599年5月、死去しています・・・・
元親の四男・長宗我部盛親が西軍として戦いました。 . . . 本文を読む
2009年12月3日発売の任天堂 Wiiゲームソフト『戦国無双3』
島津義弘公の章、立花宗茂の章をクリアしてきて、九州勢最後の立花千代の章です。
オープニングムービーは島津義弘公・立花宗茂の章と同じです。
義弘公「降参するか?」
島津家が1586年に筑前侵攻をした時の、義弘VS立花宗茂・千代の戦いです。
宗茂「ふざけるな」
この台詞「ふざけるな」は立花家で流行っています(笑)
義弘公 . . . 本文を読む
「島津の退き口」であります。
島津勢は、戦いには参加せず、寄せてくる敵を迎撃するのみでした。
小早川勢の裏切りをも吉継は迎撃、義弘家臣・曽木弥次郎は、「刑部少輔殿、戦い比類無き様子に候。」と回想(『曽木文書』)する鬼気迫るものでありましたが、さらに寝返った脇坂、朽木、小川、赤座の四隊の攻撃を受け、大谷勢は壊滅。
大谷吉継はその場で自刃、石田三成は他日を期して伊吹山へ落ち、宇喜多秀家、小西行長の . . . 本文を読む
1600年の「関ヶ原の戦い」の直前に徳川家康から法外な恩賞を約束に東軍に付くように誘われた立花宗茂は、秀吉公への恩義があると拒絶し、西軍に参加します。
第三話「大津城の戦い」の前のムービー
西軍に加わり、東軍と戦うこととなり・・・
千代「死ぬかもしれぬな・・・」
宗茂「怖いのか? 死が・・・」
千代「本望だ、立花の誇りを示せるのならば・・・」
宗茂「餓鬼だな・・・死を誇るな」
宗茂「生き . . . 本文を読む
戦国無双3・立花宗茂の章・第二話は1590年の「小田原討伐 」です。
秀吉は石垣山に石垣山一夜城を築き、千利休や、淀殿ら愛妾を呼んでの大茶会などを連日開くなど史実的にも、かなり余裕のある合戦だったようですが、戦国無双3的にも、コメディー的なセリフが多数出てきていました。
1582年:本能寺の変・山崎の戦い
1583年:賤ヶ岳の戦い
1584年:小牧・長久手の戦い
1585年:紀州・四国・越中 . . . 本文を読む