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制作好房

初志貫徹 ~志無くして進歩なし

曳山回顧(平成2年下酒田町)

2013年06月09日 07時13分05秒 | 土崎港曳山祭り
今日から3日間、オヤジの定年旅行で京都に行くため、今は羽田空港に来ています。

という訳で、早朝の羽田で祭りのブログ書いてるのも俺くらいだと思いますが、
今回は平成2年の下酒田町さんです。

「豪刀一閃湊の明けぼの」


外題はよく使われる題材なので説明は割愛します。

この裸人形、この角度で使われるのはなかなか珍しいような気がします。
ヤラレの左手は骨折しているように見えますが、手首の固定が甘かったのかも知れませんね。
外題札がとんがっているのも印象的です。
掛師の札がありますが、今じゃもう見かけることはなくなりましたよね。

うーん、なんというか、
無難に纏まっているという印象ですのであーだこーだ言えませんね。


ではでは、そろそろ京都へ出発します!
32年間京都行ったことない兄弟ってウチラくらいだろうか・・



当方HP↓(写真の人形と関係ございません)

曳山回顧(平成2年将軍野一区)

2013年06月08日 10時25分59秒 | 土崎港曳山祭り
かなりご無沙汰でしたが、
祭り間近になり気持ちも高ぶってきましたので
これから祭りまで、毎日回顧していきたいと思います。

※ あくまでも個人の勝手な意見ですのでご了承ください。


さて、一発目はやはりチビの頃にお世話になった将軍野一区で!

平成2年の将軍野一区です。
この年は11台しか奉納されず、今年の25台からすると半分にも満たない数ですね。
雲板さん外題集参照(雲板さん、毎度勝手にすみません)

将軍野一区が戻り山先頭って、昔はちょこちょこありましたが今じゃ考えられませんね。

さてさて、その外題です。
「安宅を彩る 智勇と情の勧進帳」

名前を「弁慶」「冨樫」「義経」と簡略化してるのには何か意図があるのでしょうか。
そして弁慶の髪がもっさり。
たまーに髪が生えてる弁慶使われますがわざと??

この題材、有名すぎる題材で全国の祭りでもよく使われますが、当時9歳の私に分かる訳もなく。
配置を見て、冨樫って奴は誰を狙ってんだろうと思ったりしました。
これ、弁慶と冨樫の配置を逆にしても面白かったかも知れませんね。

戻り山で後ろをついて歩いてましたが、この義経の顔が哀愁をより感じさせてくれたのを覚えています。
今もこの顔って使ってますかね?


そういえばこの年、戻り山の途中でうちの叔母に「もう子供は帰るよ!」って言われてめっちゃふてくされて帰ったら、
それを気にしたのか、ばあちゃんがしょうがなく俺を連れてまた戻り山を見に連れて行ってくれました。
その道中、「オメーは病気だ!そんなんでどうするの?どーしようもない!」とひたすら怒られたのを覚えています。
普段は優しいばあちゃんが唯一俺を怒った時でしたが、今思うとかなり理不尽な話だ・・
俺よりバカなやつ、沢山いるわって。



当方HP↓(写真の人形と関係ございません)

曳山回顧(昭和59年将軍野一区)

2013年01月02日 15時11分22秒 | 土崎港曳山祭り
新年、明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願い申し上げます。

さて、しばらくの間放置していたこのブログ、久し振りに書きたいと思います。

私のHPトップで写真を使ったこともあり、今回は昭和59年の将軍野一区です。

「執念の一撃 出羽路に黎明」


まずは・・
写真右側は祖父、左側は3歳の私です。
祖父もまだまだ健在しております。
二人共々宜しくお願いいたします。


さてさて、山車は八幡太郎の家来の鎌倉権五郎景政が後三年の役で右目に矢が刺さりながらも奮闘しているという場面。
土崎ではたまに使われる外題ですね。
この山車では右目に矢は刺さってないので刺される前だったのでしょう。それとも抜いた後なのか。

ま、そんなことはどうでもいいですが
この攻撃人形、顔の印象から見ると今の槍人形(今年の幕二さん)でしょうか。
勝手な印象なので全然違うかも知れませんが。
ヤラレは今も昔も相変わらずかっこいいですね。
このヤラレ、個人的にはこの時のように右側に配置するのが好きです。顔の向きもいい感じになりますしね。
まあ、左手が怪我しやすくなるんで人形屋からは嫌われるでしょうけど。
八幡太郎が右手を開いて上げているのも印象的です。
今はこういう感じで使うのはあまり無くなったような気がします。

小さい頃の祭りというのは
この時のように天気がめっちゃ良い記憶ばかりです。
今年もどうか晴れますようにと。



当方HP↓(写真の人形と関係ございません)

曳山回顧(昭和63年将軍野一区)

2012年10月25日 22時11分55秒 | 土崎港曳山祭り
またしても気まぐれ更新です。

今回は昭和63年将軍野一区です。


「孝道をも阻む 戦国下剋上」


晴信(信玄)が、粗暴で狂気じみた父の信虎を駿河今川家に追放したという、まさに下剋上の場面。
実際には晴信ではなく、家臣達が晴信を当主にする為に信虎を追放したという説もある。


さて外題はこの辺にしておいて人形についてですが、
これから追放される信虎が今まで以上に狂気じみてしまったのか、
無表情でエアー弓を射ようとしている。


まあ分からなくもないポーズではありますが・・よく分からない。


晴信が持ってるのは鞭でしょうか。
追放するだけなのでさすがに刀ではないということでしょうか。


全体のバランス的には悪くなく、なんかちょっと惜しいなぁという印象もありますよね。
それにしても女岩側の木がボーボーですね!(後ろにたまたま植物が生えていただけですが)



当方HP↓(写真の人形と関係ございません)

曳山回顧(平成2年鉄道社宅)

2012年10月18日 23時41分44秒 | 土崎港曳山祭り
きまぐれ日記 いや、あのお方のパクリになってしまうな・・

なにはともあれ気まぐれ更新です。


今回は平成2年、鉄道社宅さんが初陣を飾った時の写真です。

「遺恨十年 長蛇を逸す川中島」


日本人であれば誰しも知っているであろう外題。
今年「撫で斬り」を取り上げた社宅さんとは思えない外題の印象・・
やはり初陣だから有名どころでいってみたのでしょうか。


人形に関して・・
裸人形はサミット、そして今年の社宅さんに再び乗った訳ですが
この時の方が手の角度が一番良かったですね。(個人的には)

あと上杉謙信ですが、顔が信玄の方を向いていればなぁとこの写真を見るたび思います。
横を向いているだけでどれだけ動きが増したことか。勿体ない。
来年は体と顔が正対していない人形が増えることを期待してます。(今年の四区のヤラレのような)

ついでに・・
これから攻められるってのに相当な無表情振りを発揮してる信玄もなんだかなぁ。
どっかのCMじゃないけど、人形は顔が命。
謙信が無表情じゃないのがせめてもの救いです。


ズバズバと書いてしまいましたが、
本音で書かないとつまらない & 一個人の感想ですのでご了承ください。


社宅さん、毎年奇抜な飾り付けをするので楽しみにしています。
来年はどんな人形か・・



当方HP↓(写真の人形と関係ございません)