
猫が鳴いてゐた、みんなが寝静まると、
隣の空き地で、そこの暗がりで、
まこと緊密でゆつたりと細い声で、
ゆつたりと細い声で闇の中で鳴いてゐた。
あのやうにゆつたりと今宵一夜(ひとよ)を
鳴いて明(あか)さうといふのであれば
さぞや緊密な心を抱いて
猫は存在してゐるのであらう……
あのやうに悲しげに憧れに充ちて
今宵ああして鳴いてゐるのであれば
なんだか私の生きてゐるといふことも
まんざら無意味ではなささうに思へる……
猫は空地の雑草の蔭で、
多分は石ころを足に感じ
その冷たさを足に感じ、
霧の降る夜を鳴いてゐたーーーーー
(中原中也「曇った秋」より)