詩歌探究社 蓮 (SHIIKATANKYUSYA HASU)

詩歌探究社「蓮」は短歌を中心とした文学を探究してゆきます。

詩歌採集 番外編 その2 ボードレール

2016-03-17 18:07:01 | 詩歌採集 番外編 


photo Tomoyo Itoda


      1
   
   アベルの族よ、眠れ、飲め且つ、食へ、
   神、にこやかに、そなたを見給ふ。
   
   カインの族よ、泥の中這ひまわり
   さては惨めに死んで行け。
   
   アベルの族よ、そなたの供物は、
   熾天使様のお気に召す!
   
   カインの族よ、そなたの辛さに
   何時かは果があるのだらうか?
   
   アベルの族よ、そなたの畑と
   家畜の栄えを見るがよい、
   
   カインの族よ、そなたの五臓が吠え立てる、
   飢ゑた老いぼれ犬ほどに、
   
   アベルの族よ、腹あぶりでもするがよい
   旦那めかした爐のそばで、
   
   カインの族よ、洞窟の奥で
   寒さに顫へてゐるがよい、可哀想な金狼よ!
   
   アベルの族よ、愛せよ、殖えよ、
   そなたの金も子を生むぞ。
   
   カインの族よ、烈火の心よ、
   空おそろしい大望に用心なさい。
   
   アベルの族よ、そなたは殖える、
   食ひあらす、木虱そつくり!
   
   カインの族よ、泣きわめく
   妻子ひき連れ路頭に迷へ。
   
      2
   
   おお!アベルの族よ、そなたは腐肉となつてまで
   湯気立つ大地を肥やす筈!
   
   カインの族よ、そなたの労苦は
   まだ盡きぬ、
   
   アベルの族よ、剣が槍に敗れたぞ、
   そなたのこれが恥だつた!
   
   カインの族よ、天へと昇れ、
   さて地へと神を抛げうて!

     
    
      (「アベルとカイン」ボードレール・堀口大學訳)



詩歌採集 番外編 その1 中原中也

2016-03-04 13:58:37 | 詩歌採集 番外編 




猫が鳴いてゐた、みんなが寝静まると、
隣の空き地で、そこの暗がりで、
まこと緊密でゆつたりと細い声で、
ゆつたりと細い声で闇の中で鳴いてゐた。

あのやうにゆつたりと今宵一夜(ひとよ)を
鳴いて明(あか)さうといふのであれば
さぞや緊密な心を抱いて
猫は存在してゐるのであらう……

あのやうに悲しげに憧れに充ちて
今宵ああして鳴いてゐるのであれば
なんだか私の生きてゐるといふことも
まんざら無意味ではなささうに思へる……

猫は空地の雑草の蔭で、
多分は石ころを足に感じ
その冷たさを足に感じ、
霧の降る夜を鳴いてゐたーーーーー

   
   (中原中也「曇った秋」より)