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時代を超えた政治腐敗構造のリアリティが迫ってくる「金環触」

2011-06-09 12:14:32 | 成功するための教養本
「金環触」
筆者/石川辰三 出版社/岩波現代文庫 1,200円

◆目次
 1枚の名刺
 諜報網
 何かが動いている
 夜の密約
 或る雨の日に
 股詰談判
 偽りの正義
 総裁の決意
 老獪な専務
 官房長官の身辺
 未練
 利害の複雑さ
 狡い指相撲
 悪には悪を…
 官僚主義の正体
 首相夫人の名刺
 退職勧告
 大臣の三段論法
 総裁更迭
 特別作業班
 ローア・リミット
 驚くべき暴挙
 総理病に倒る
 怪物と正直者
 一人の犠牲者
 彼の死をめぐって
 政変
 政治的圧力
 身辺の不安
 脅迫と誤算
 悪人と悪人
 説得効を奏さず
 質問第一日
 孤独な闘士
 空虚な質疑応答
 財部の証言拒否
 事件の核心に迫る
 石原参吉の逮捕
 二つの事件
 予想通りの解決
 庶民は何も知らない
 


久しぶりの更新です(汗)。読み溜めたものを、随時アップしていく予定です。

この「金環触」山本薩夫監督の映画がBSで放送されていたのをとりあへず録画し、先日じっくり家で観ました。

この本は実際に起こった疑獄事件を元に書かれたものであり、その内容もかなり実態に似ていることから、出版時は相当話題になったようです。

1975年の作品ですから今から25年ほど前のものですが、中身はまったく古さを感じさせません。

むしろここまで政治の内幕に踏み込んで、名俳優を配し、リアリティ溢れる仕上がりになっていることに今のメディアの衰退を感じたほどです。

戦後、造船疑獄吹原産業事件ロッキード事件リクルート事件東京佐川急便事件等、様々な疑獄が発生していますが、利権にむらがる政財界という構図はどれも同じです。

そこに倫理はなく、“弱肉強食”のルールのみが存在し、財界は金欲、政界は権力欲に溺れて堕落していきます。

ちなみにこの書籍のタイトルである「金環触」は、「まわりは金色の栄光に輝いて見えるが、中の方は真黒に腐っている」という意味です。

印象深かった箇所を、いくつか紹介します。


◆諜報網

彼の生業は、証券投資であり貸ビル業であり金融業であった。彼の調査室はそのためのあらゆる調査に当たっていた。不当な高利を取る闇金融は処罰を受ける。

しかし石原参吉は自分の闇金融を(人助け)だと信じていた。正当な手順では金融のできない人、それが無くては自分の地位や事業に破綻を来たすような人を、闇金融によって助けてやるのだと思っていた。

高利を承知で参吉から極秘の金融を受ける人たちには、犯罪のにおいがつきまとっていた。賄賂、買収、不正支出の穴埋め、等々。その金融が犯罪を成立させることもあるが、犯罪が世間に暴露することを未然に防止する役割をも果たしている筈だった。(※中略)

5月22日、芳村さん。中沢証券社長ともう一人重役さん。大蔵大臣。
5月23日、水月亭。産業銀行頭取、何とか大学の教授、ほかに二人。
5月24日、芳村さん。民政党の横山さんと代議士7人。…あと口、菊ノ家さん。電力建設の財部総裁と青山組社長さん。密談。
5月25日、菊ノ家さん。鳥超デパートの副社長、三協デパートの社長、そのほか4、5人。…

これは萩乃の営業メモだった。この簡単な数行の文字から、石原参吉は無限に複雑なものを探り出す。政界人の動きと財界人の動き、その両者のつながり方の如何によっては、ちょうど大地震の初期微動を感じとるように、政財界の大きな変動を予知することが出来るかも知れないのだ。

中沢証券は日本でも十指にはいる大きな証券会社であるが、いま営業不振におちいり、立て直しに必死になっているところだ。暮夜ひそかに、赤坂の料亭芳村の奥座敷で、社長と重役とが大蔵大臣に会ったという事実からは、やがて政府の後ろ盾によって中沢証券が何とか立ち直るであろう事を推察してよい筈だった。中沢証券が立ち直るとすれば、危機を予想されていた投資信託もその安全性をとり戻して来るのだろう。

従って石原参吉としては、まだ世間の誰もが知らないうちに、新しい手を打つことが出来る。それが彼に何千万の富をもたらす。萩乃は参吉の情婦でありスパイであり、そしてレポーターでもあった。彼はたとえひとりの女でも、無駄に養っておくような男ではなかった。


◆官僚主義の正体

官僚は民衆を信じていない。民衆とは、何か事があるごとに、あれこれと理由をつけて、官庁からかねを取ろうとする悪人の群れだと思っていた。たとえば水没地区にわざわざ住み付いてしまう渡り鳥のような連中である。

官僚の特色は警戒心だった。民衆にだまされてはならないという猜疑心だった。同時にそれが保身の術でもあった。

民衆は民衆で、官僚を信じていない。官僚というやつはすべて嘘つきで無責任で、責任になすりあいをして、責任者が転々と変わってしまうので、つかまえどころの無い化けものだと思っていた。

長いものには巻かれろという諺がある。昔はその長いものは殿様だった。いまは官僚である。官僚相手の交渉では、ほとんどすべて民衆の泣き寝入りに終る。官僚に勝てるのは、渡り鳥のような無法者だけだった。正直者はみな、(気の毒だけど、こっちとしては扱いやすい)としか思われていないのだった。


あと、解説コーナーの佐高信のコメントが絶妙なので、ここで紹介したいと思います。


◆解説/佐高信
池田勇人が三選をめざし、佐藤栄作と争った1964年の自民党総裁選挙をめぐる汚職事件を最初に描いたのは梶山季之だった。『大統領の殺し屋』(光文社)がそれである。ただ、小説として発表した時点ではあまりに危険であるために「遠い国の話」とし、こんな「著者のことば」をつけざるを得なかった。

〈これは“架空の国の物語”である。だから読者が、どう勘ろうと、それは作者の責任ではない。読者の身勝手な推測なのである。しかし、芥川龍之介は言っている。

「私は不幸にも知っている。嘘によってしか語られぬ、真実もあるということを」―と。

小説は、嘘である。真っ赤な偽りである。荒唐無稽、作り話である。私は、そう思って読んでいただきたいと思っている。もし、私がなんらかの形で、官憲から報復されることがあったら、その時にはニヤリとしたらよろしい〉

末尾にも「この作品は、すべて架空の物語です。しかし、もし真実の部分があるとしたら、筆者がなんらかの形で報復されることでしょう」と注記した『大統領の殺し屋』には、大統領としてイケルビッチ、その補佐官としてシロカネスキー、そして、サンリュウ銀行頭取のウセミスキーらが登場する。これは、それぞれ、池田勇人、黒金泰美、そして、三菱銀行頭取の宇佐美洵らを容易に連想させる。


寺田首相は池田勇人、後継首相の酒井和明は佐藤栄作がモデルと言われている

この汚職事件では実際に首相秘書官が不審死をとげたり、業界紙の社長が殺されたりしており、梶山の注記は決して大袈裟なものではなかった。

ただ、『大統領の殺し屋』は一番槍の実績は評価すべきも、作品の厚みとしては不満が残る嫌いがあった。それを補って余りある形で出されたのが石川達三の『金環触』である。(※中略)

京マチ子仲代達矢、そして宇野重吾らの出演で映画化もされた『金環触』のモデル絵解きに絶好の資料が、ダムの建設でその底に沈むことになる日本産銅の元社長、緒方克行が書いた『権力の陰謀―九頭竜事件をめぐる黒い霧』(現代史出版)である。
(※中略)

九頭竜のように政治色の強い問題が一官僚の手で解決できるとは思っていないが、適切な行政指導を求めた人間に、できる範囲でそれをするのが「民主社会の官僚の義務」ではないか。

しかし“事なかれ主義”で、政治家の言いなりになる彼らの念頭にあるのは「順送り人事のエスカレーターを踏みはずすことなく、最終的には天下りの準備を整えて待機する」ことだけだった、と。

しかし、この『金環触』ほどナマナマしく、政治とカネの関係を描いたものはないだろう。

ゼネコンの体質もまったく変わっていない。こうした作品を埋もれさせることなく、蘇らせることにこそ、まさに「現代文庫」の意義があると思われる。



最後に著者のプロフィールを、以下に記します。

◆石川辰三(イシカワタツゾウ)
1905-85年 秋田県生まれ。小説家。早稲田大学英文科中退。ブラジル移民集団の姿を描いた『蒼民』(1935)で第一回芥川賞を受賞。社会批判をテーマとする題材を中心に多数の作品があり、代表作に『生きている兵隊』『望みなきに非ず』『風にそよぐ葦』『人間の壁』など。『石川達三作品集』全25巻がある。

ちなみに小説に登場する人物が、実際にどの人物に該当するかは、ウィキペディアの「金環触(石川達三)」に出ています。


◆リンク集
・日本映画の感想文/金環触
・金環触/オッサンの映画ファン
・山本薩夫監督「金環触」を見る/あまでうす日記


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