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勝利と成功の科学2/日本人らしくない戦いが勝利をもたらした(ニューズウィーク日本版より)

2011-08-02 11:22:24 | 日常生活
なでしこ優勝で噴き出した非科学的な物語

勝利の物語があふれ出たが
本当の勝因は過剰な期待がなかったために
伸びやかにプレーできたことだ
森田浩之(ジャーナリスト)


沢穂希の横顔のアップから番組が始まる。「なでしこジャパン」の愛称を持つサッカー日本女子代表がワールドカップ(W杯)を制した夜のニュース番組の冒頭だ。



「なでしこブルー」と金メダルの金色をあしらったという巨大な生け花が映る。「日本を誇らしく思った方も多かったのではないでしょうか」と、男性キャスターが口を開く。「神様は、決して諦めなかったなでしこジャパンにほほ笑みました」と、女性のスポーツキャスターが続ける。なでしこが優勝を決めたこの日の早朝から繰り返されてきた言葉だ。

その後も番組では、朝から繰り返されてきた「物語」が語られる。なでしこたちがいかにして世界一になったかという物語。主将で今大会のMVPになった沢の歩みが語られ、勝利の陰にあった「家族の支え」が語られ、女性がサッカーを続けることの難しさが語られる。

なでしこジャパンがW杯を制した後、メディアにはそんな物語が噴き出した。だがこのチームが勝てたのは、母親の支えがあったからでも、東日本大震災の被災者のビデオを見て団結したからでもない。W杯優勝を支えた要因のおそらく90%は、単純に彼女たちのサッカーが世界のトップレベルにあったことであり、残りの10%はいくばくかの運と、勝利を宿命づけられていなかったために伸びやかにプレーできたことだろう。

その勝利を語るときに、おびただしい物語が交ぜ込まれると、物事の本質が隠れてしまう。スポーツの現実よりも、「日本人(または日本女性)」はどう生きるかという面のほうが表に出てしまう。

そうなると、日本のアスリートが持つ本当の実力を見誤ることになりかねない。これらの物語が美談であることには違いないし、選手の意気込みに影響を与えた部分はあるかもしれない。だが美談は本来、選手の実際のパフォーマンスとは別のところにあるものだろう。勝利の「科学」というものがあるなら、勝利の「物語」はその対極に位置している。


日本人らしくない戦い

なでしこジャパンをめぐってメディアが紡ぎ出した物語は、準決勝でスウェーデンに逆転勝ちを収めた頃から広がり始め、決勝でアメリカを下した早朝からは日本列島を覆い尽くした。

アメリカにリードされても2度にわたって追い付いた粘り強さは「諦めない気持ち」や「くじけない心」が生んだとされた。それは日本の「女子力の象徴」とされた。

そこへ東日本大震災の物語が加わる。佐々木則夫監督は被災地や復興のために尽力する人たちのビデオを、試合前に選手たちに見せたという。選手たちは被災者の奮闘ぶりに「励まされ」、被災者はなでしこの躍進に「元気をもらった」のだ。

「女子サッカー世界一」を報じたことのない日本のメディアは、なでしこたちを「物語のテンプレート」にはめ込んだ。その柱の1つが「小柄な日本女性がアメリカに勝った」という物語だ。ニュース番組では、なでしこの花言葉が「大胆」や「勇敢」であることが紹介され、女性キャスターは「同じ日本女性として……」という言葉を枕ことばのように□にした。

だが「日本人らしさ」が勝因だったかどうかは微妙なところだ。そもそも日本人論的な「らしさ」の物語が、選手の集中力やパフォーマンスを高めることはあるのだろうか。アメリカの人気オンライン雑誌スレートのブライアン・フィリップスは、決勝を戦った両チームは「互いのスタイルを入れ替えた」とみている。



アメリカが前半を押し気味に戦ったのは、ボールをしっかり支配し、ピッチを広く使い、攻撃を後方から組み立てるというように「日本よりも日本らしく戦った」からだった。日本が勝ったのは、プレッシャーのかかる場面でも冷静さを保ち、最高のプレーを最後に残しておいたというように、「アメリカよりもアメリカらしく戦った」ためだという。

スポーツほど「私たち日本人は」とか「日本人らしさ」が語られる場はあまりない。その舞台で「日本人らしくない」プレーによって偉業を果たした女性たちが今回はいたことになる。

それは「日本人らしさ」などという枝葉より大事なものをチームが持っていたからではないか。それこそが「被災者のために」とか「支える家族がいたから」という物語の陰に隠れがちなスポーツの本質だろう。


円陣の笑顔が示すもの

では、その本質とは何か。なでしこジャパンはなぜ優勝できたのか。

いくら物語を排除しても、その答えは1つには絞り込めない。だが少なくとも、彼女たちが勝利を宿命づけられておらず、そのため伸びやかなプレーができたことは大きな要因だったろう。

プレッシャーはアスリートを沈ませることが多い。前記事が指摘しているように、「自分の能力が素直に発揮されるようにする」ことが勝者の条件だ。しかし、国際舞台に臨む日本のアスリートは、物語から派生する過剰な期待といった重荷を背負わされてきた。

ざっと思い起こすだけでも、94年のリレハンメル冬季五輪のジャンプ団体での原田雅彦の大失敗ジャンプから、08年北京五輪でメダルを獲得できなかった野球の星野ジャパンまで、優勝やメダルを期待されながら敗れたアスリートやチームは数知れない。それとは逆に、まったく注目されていなかった選手が好成績を挙げたケースも多い。

今回のなでしこジャパンにも、そうした呪縛がなかった。チームがドイツに出発したことを報じる記事は、スポーツ欄の片隅に載っただけだ。W杯代表選手が発表されるだけで1面のトップ記事になる男子サッカーとは比べものにならないほど、大会前の一般の注目度は低かった。

決勝のPK戦前に円陣を組んだシーンはテレビで繰り返し流されたが、監督と選手たちの笑顔が印象的だった。このリラックスぶりは、選手が物語の呪縛にとらわれず、全力を出し切った証しにも見えた。むしろ彼女たちの正念場は、金メダルヘの期待が高まる来年のロンドン五輪かもしれない。

物語――それは勝負の分かれ目を語っているように聞こえるが、実は枝葉でしかない。あるいはスポーツの現実や選手の実力から目をそらさせる虚構でしかないのかもしれない。

過去24回戦って1度も勝てなかったアメリカに決勝で勝てたのは「被災地への思い」や「母との絆」のおかげではない。なでしこジャパンのサッカーが世界を制してもおかしくないレベルにあり、物語に束縛されることなく自由にプレーすることができ、いくらかの運まで引き寄せられたということだ。

勝利の「科学」の対極ともいえる物語を語る前に、フィールドの中のリアリティーをもっと語ること。それが日本のアスリートが伸びやかにプレーし、勝利をつかむ環境を整えるための第一歩かもしれない。

(筆者は元本誌副編集長。立教大学兼任講師。著書に『メディアスポーツ解体』などがある)


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