平和無防備条例:「めざす会」が集会--尼崎であす /兵庫
「尼崎市に平和無防備条例をめざす会」は7日午後2時から、同条例制定を直接
請求した活動を振り返る集会を、同市東難波町4の市立労働福祉会館で開く。
同条例案は、
市が武力攻撃の対象にならないようにするために
市内から軍事目標になるものを排除し
「無防備地域宣言」をするというもの。
同会は6月、有権者1万3913人分の署名を集め市に直接請求したが、市議会は
「実効性がない」などとする反対意見が強く、否決した。
同会は今後も市に平和施策を求める活動を続ける。【樋口岳大】
〔阪神版〕
毎日新聞 2008年12月6日 地方版
、、、まだ、こんな事をやっているのか。
広島や長崎に『軍事目標』なるものがあったか?
東京大空襲をやった米国の言い訳は
『町工場が軍事物質を造っているかも知れない』
というものであった事を知っているのか?
国を失っても自分の命さえあれば良いと思うのであれば
私たちの国を去りなさい。
そのような人々を受け入れる国が
何処にあると思いますか?
私もそのとおりですが、コメントゼロもいかがかと思って、意味のないコメントをしました。
Pさんのブログに対してコメントさせてもらいます。
Pさんが自分自身の考え方や意見をブログに書かれるのは自由ですが、
ちょっと辛口過ぎるところがありますね。
私の個人的な意見ですけど、
たまにブログを読んでいると唖然とします膨大な知識や情報収集能力を持ちながら何故そこまで他人に対し辛口に言えるのか?
ブログを内容を読まれた方たちはきっと不快な思いされているかもしれません。
当然のことですが少しは自重してください。
この苦言を取るに足らない意見だと思うのはPさんの自由ですよ。
あららら。 これじゃまるで「ここが標的ですよ」と言うような
ものですね。 なんともお粗末な発想なんでしょ!
「撃つぞ!」と言って脅し、逃げる民衆が尼崎に集まる(集める)
から、そこに1発の爆撃で仕留める。 実に効果的です。
・有事・とはそういうこと。 辛口ですか?
これだけの情報が得られる環境にいながら、武器を持たなければ、
戦闘意思がないことを表明したならば敵は助けてくれるなどと
いう夢物語を信じることが私には理解できませんね。
国内においても、毎日のように善良な一般市民が、これまた
一般市民に殺傷されている現実をどう理解するのでしょう。
このような活動をするのならば、まずこの「事件」というレベルの
ものが防げるような証明をしてもらいたいものです。
平和を願うことを誰もが否定はしない。 しかし、情操教育にも
ならん理想的空想で遊ぶほど日本は危機感を失ってしまっている
ことを危惧しますね、ほんとに。
しかし、世の中は広い!鰤太郎さんのようなご意見もあるんですね。
そうか、そうか、尼崎市の人口は46万人余、呆れかえる運動に署名した人が1万4千弱もいたことを忘れていました!
でもね、昔々のことまではわかりませんが、Pさんの今回のご意見のどこが辛口なんですか?
確かに、そんなくだらない運動に真剣に署名した人はブログを読んで不快に思ったかもしれませんね。
言わせていただければ、卒倒するくらい愚かな己に気付かないことのささやかな代償でしょう!
また、署名なんて言いますが、もともとどの程度の割合で真剣に賛同した人がいるんでしょうね。
面白半分だったり、なんか勢いで署名させられた人も結構交じっているんじゃないですか。
不快に思うことは絶対的にダメなら、私はあんなバカげた運動したり、署名したりする日本人がいるってことをものすごく不快に思いますが、私の不快はどうにかしてくださるんですか?
とにかく、今回のPさんの記事に辛口だから慎めという鰤太郎さんのコメントには真っ向から反対です!
鰤太郎さん、こんにちは。
私のほうから特に申し上げる事はありませんが、
ひとつだけ。
国の方針を無視して一地域が無防備条例を強行する事は(法的にできませんが)
国を敗戦に導く『利敵行為』です。
私は日本人として、
この『利敵行為』を糾弾せずにいられません。
本当に現代の日本人の平和ボケには驚かされてしまいます。
一国の独立と主権を確立する事がいかに緊張を強いられ、
生半な覚悟では為しえなかったかを
あの馬鹿どもは知らないのです。
1966年ホーチミンが抗仏、対米、ベトナム独立の為に
ベトナム国民に呼びかけたのは『徹底抗戦』であり、
“独立と自由ほど尊いものは無い”と名言を残しています。
ホーチミンは一国の自由と独立と主権確立の為には
『戦いなさい』と述べたのです。
“戦わずして『平和と唱えていれば』平和が訪れる”など、
ホーチミンがハノイの廟下で大笑しているでしょうね。
ありがとうございます。
私も街角で平和運動家が署名活動をしているのを時々見かけますが、
彼らは『平和を望みますか?』と呼びかけます。
『平和を望むか?』と訊かれて『いや望まない』という人は稀でしょう。
あの尼崎の1万4千の署名はそうやって集められたものだと思います。
米国であれ支那であれ欧州であれ
戦わずして自主独立を果たし平和を勝ち得た国はありません。
『平和』というのは『血土に咲いた花』である事を
彼らは知るべきですね。
誤解のないようにコメントします、私は署名を集めた同会の方々の考え方や行動に対し支持をしているわけではありません、ましてや正しいとは思っていません。
それに結局それは市議会に反対意見が多く、否決されていますよね、
なのにPさんは同会の方たちに対し【私たちの国を去りなさい】【そのような人々を受け入れる国が何処にあると思いますか】とブログに書かれてますが、
なぜそこまで書く必要があるのですか。それは言い過ぎはないのですか、彼らの何が間違えているのかを書けばいいだけではないのですか。
国から出ていかなければならないほど彼らはひどい罪を犯したんですか?
それから署名されている方たちはどうなんですか、この方たちも同罪ですか?
言論の自由が保証されているからといって、なんでも言っていいわけないでしょう
私の意見はズレていますか?
Pさんは以前、私に議論をしましょうとコメントされてますよね、Pさんやコメントされている方たちに今一度、問いたい、
あなた方はこのブログを議論の場にしたいのですが?それともただ一方的な誹謗中傷の場にしたいのですが?どっちですか?
それから私は空想と現実の区別ぐらいはつきますよ。
あとPさんやコメントされている方たちのことは過小評価してません、過大評価もしてませんが考え方や意見は尊重します、
最後にPさんへ、ブログにもうコメントしてくるなと言うなら、私は二度とコメントはいたしません、判断はPさんにお願いします。
Pさんの代弁しようとしゃしゃり出るつもりは毛頭ありません。(自分の見識じゃ到底代弁なんかできる力量がないから・・・)
でもね、コメントしてる人の1人として、ちょっとだけほざきますね。^^;
鰤太郎さんは、文面からして教養もあってかなり博識な方と推察しますよ。
たが、「なんでそんなことを言うか。そんな言い方をやめろ!」という発言には、私はやはり絶対賛成できません。
Pさんは、「もうコメントしてくるな!」なんて絶対言わないと思いますよ。現にまったく言っていないじゃないですか。
「大いに議論しましょう。」というのが、Pさんの基本的スタンスじゃないですか・・・そうでしょ?Pさん。
私もあなたの意見にちょっとからかったかのような(そんなつもりはなかったのですが・・)表現を取りましたから、ムッと来られたかもしれませんね。
気分を害されたのなら謝ります。
でもね、あなたも「Pさんのここはこう違うと思う。」なら、大いに議論に発展すると思うんだけど、あなたの言い方は「そんな言い方はあるか!」ということでしょ。
ここは国会でもなければ、「社会の公器、木鐸」を気取った新聞紙面でもないのですよ。
Pさんは、彼らの行為を利敵行為だとまで感じておられるのですよ。(私も同感ですが・・・)
だとすれば、「この国が気に入らないのなら出て行け!」くらいの発言が、そんなにいけないことですか?
「出て行ってくれ!」と発言したって、どっかの国みたいに拘禁したり、強制的に国外追放するわけじゃないでしょ。
どっかの国の政府がそういったのなら本当に怖いことなんですがね。
幸い日本はそうじゃないし、Pさんも自分の意見を強調する程度にしか言ってないでしょ。
「言論の自由があるからって何言ってもいいのか!」などは、ちょっと興奮しすぎじゃないですか?
「来るなと言うならもう来ない!」なんて、言ってもいないことで興奮しないで、今までどおりでいいんじゃないですか?
人は顔形が違うように、みんないろんな意見があります。
言い合い、聞き合いして、自分も少しづつ進歩していくと思いましょうよ。^^
私だって、これからのPさんの意見のすべてに賛成とはいかないと思いますよ。
でも、できるだけ「こういうわけでそれは違うと思う。」のスタイルでいきたいと思ってます。
Pさんは絶対あなたを拒んだりしないだろうし、私なんかは是非これからもあなたに登場してほしいと思いますよ。^^
ただ、「そんな言い方はやめろ!」だけは辞めてほしいです。お願いします。
ということで、これからもよろしく^^
前にも述べた事がありますが、人は他人を支配する事はできません。
鰤太郎さんがコメントを付けるか付けないかは鰤太郎さん自身の問題です。
同じく私がどのような記事を書くかは私自身の問題です。
私の記事について閲覧される方がどのような感想を持たれるかは
私の与かり知らぬ事です。
私は私の信念に基づき記事を書きます。
鰤太郎さんのご忠告はありがたいのですが、
鰤太郎さんの価値判断で記事を書くことはできません。
『利敵行為をするようであれば国を去りなさい』というのが
何故言い過ぎであるのか私には理解できません。
ましてや
『そのような人々を受け入れる国が何処にあると思いますか?』
の何が誹謗中傷なのでしょう?
鰤太郎さんのご意見が『私の記事の論旨』についてではなく
『私の記事のスタイル』に付いてであるとするならば、
私は私のスタイルでやります。
何故ならこれは私のブログだからです。