陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「夏の花」(八)

2008-10-06 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女

ふと、私は花火の進行具合が気がかりになった。

──あの特別な花火はいつあがるのだろう。

ひときわ大きく音咲く大輪の蒼い花火。
それが見える場所で打ち上がると同時に想い人に告白すると、永遠に結ばれるという迷信がある。その花火の順番だけはプログラムでも秘されている。しかも、その花火の蒼は火薬と鉄粉の配合次第では出すのが難しく、毎年同じ色あいできれいに咲くとは限らないという。まさに何十年かに一度に訪れる彗星のような奇跡なのだった。この日ばかりは村の恋人たちは、花火を愛でる余裕はない。あるかなきかの願いの花との出会いに胸躍らせ、心あつくしながら火の花咲き刻をすごすことになる。

姫子の声を頼りに、花火の音を聞きあつめながら、私はあの伝説の一花が咲く瞬間をいまかいまかと待ち望んでいた。今日ならいえるかもしれない。ここでなら伝えられるかもしれない。姫子の耳と私の声はこんなに近づいているのだから──。

「姫子、私、貴女に話が…」
「千歌音ちゃん、あのね、わたし…」

私の声にかぶるように、姫子の神妙な声が聞こえた。
ふふっという笑いのユニゾンが互いの受話器から洩れる。そして、また「ごめんね」のデュエット。そのタイミングもぴったりで、さらに笑いをひろげた。「姫子からお先にどうぞ」と促すと、しばしのためらいの後に、甘い声が耳もとによみがえる。

「千歌音ちゃん、わたし…きょう…」




──そのとき。
甲高い爆発音が鳴り響いた。跡切れた言葉につづいて数秒のち、なにかが壊れる音と小さな叫び。そして、沈黙…。

「…姫子?姫子?!ねえ、姫子!どうしたの?!」

真夏の夜に咲くひときわ大きな花のとどろきは、愛しい声を耳からはじいた。受話器からは、不気味に断続している電話特有のパルス音だけが聞こえていた。いくら呼びかけても、あの甘い言葉は返ってこない。

一分、二分、…十分。沈黙の時間はしだいに絶望をつのらせる。
私は子機を床に投げ出して、呆然とするしかなかった。

最後の姫子の悲鳴だけが耳の底にこびりつくように残っていた…。



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