陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「Flower and Fidget」 Act. 13

2006-09-06 | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは

「わたしは…今朝、うっかりと妻子ある方を殺しかけました」
「「えっ?!」

驚いて顔を見合わせたのは、薔薇の格子窓の前で憂いに沈んだ少女の、その向かいと背後のふたり。
さきほどまで犬猿の仲のように睨み合っていたふたりが共有しているのは、にわかには信じがたしという表情だった。ヴェロッサは無意識にその告白の本意を探ろうとして、少女に触れようとした。だが、わずかにシャッハの尋問の方が早かった。

「その、妻子ある方というのは…あなたとどのような関係でしょうか?」
「わたしとは、今朝はじめてお会いした方です。あちらが実力者だということは存じあげていましたから、わたしのほうから挑んだのです」
「ほほう、これはおもしろい。お嬢さんは、相手が遊び人のパパと分かっていて、わざと誘ってみたのですかな。最近の若い娘は大胆だな!」
「修道士アコース、余計な口出しは無用にッ!」

てっきり少女とその男性とのスキャンダラスな関係を疑ったシャッハだったが、杞憂に終わったと聞き、胸を撫で下ろす。
しかし、ヴェロッサのほうは実力者の意味をその道に通じた男ならではの勘で、妙ににやついた笑みを浮かべていた。ヴェロッサはこう思ったに違いない。あのツインテールの頭のなかに、手を突っ込めば、いったいどんな場面がでてくるのやら、と。人間の煩悶の声を聞くのが嫌さにお役目を投げ出してしまいがちな己であったが、無意識に、その手が他人の中身を撫でまわすことを欲してしまうことに、ロッサは薄々気づいている。

「挑んだ、というのは?」
「こちらが名乗りを上げ、果たし合いを申し出ましたが、急いでおられたのか断られてしまいました。ふつうなら、その気がない方にむりやり襲いかかるようなことはいたしません。でも、今日だけは違いました。からだが勝手に動いてしまって、気がついたら相手を完膚なきまで打ちのめしていたのです」

少女アインハルトは、自分の拳を見つめて、苦悶の表情を浮かべた。

「その方は、今日行われるはずだった父親参観に向かう予定だったのです。素知らぬこととはいえ、わたしは、幸せな親子のひとときを奪ってしまった。こんな事態は、世界に覇を為す王たるものとしては恥ずかしきことです」

世界に覇を為す王、というフレーズに、シャッハが思わず眉をひそめた。ひょっとしたら、テレビの影響かなにかで、なりきりヒーローごっこをしたいお年頃なのだろうか。だが、告白者アインハルトの表情をみるにつけ、引くには引けぬ深刻さがうかがえた。

「あなたの、…その拳がかってに動いてしまうのですか? 意思とは関係なく、人を襲ってしまうと?」
「そのようです。最初は気づきませんでした。夜にあまり眠れなくて、うつらうつらとしかけたら朝になっていました。そのうち、自分が見なれない衣裳をまとって夜の街にくり出しているのがわかったのです」
「それは、つまり夢遊病のような症状でしょうか?」
「わかりません。最近は、不思議な夢も見るようになりました。自分が武術を極めた若い女性に、なんど挑んでも倒されてしまう夢です。彼女はこう言います──『後を頼みます。あなたはもっと強くなってください。この世界を護れるように』と。なぜか、その言葉を聞いたところで目が覚めます。とても悲しくて涙が溢れるぐらいに悲しくて…どうしたらいいのか」

言った側から、少女の瞳には涙が溢れかえっていた。
ヴェロッサが白いハンカチを差し出したが、彼女は断った。この男が側で泣かした女は数知れず、それはたまたまの花粉症も含まれていたが、いずれも差し出されたハンカチを拒んだ女はいない。喜んで、洟までかんだ淑女もいる。なのに、この彼女ときたら、手持ちのハンカチで目頭を押さえていた。少女が落ち着くまで、ふたりは辛抱強く待っていた。

「その若い女性というのは、どんなお方ですか?」



この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「Flower and Fidget」 Act. 14 | TOP | 「Flower and Fidget」 Act. 12 »
最新の画像もっと見る

Recent Entries | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは