陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「てのひらの秋」(二十九)

2009-08-03 | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは

「あ、そうだ。ヴィヴィオのこと、すっかり忘れてた」

ヴィヴィオを残してきたキッズコーナーに立ち寄ると、娘の影もかたちもない。
自分だけ借りて帰ったとは考えられない。十八歳未満は親と同伴じゃないと、この店では会員カードをつくれなくなっているのだ。首に鈴でもつけておかないと、あの子は妖精のように消えちゃいそう──なんていう、なのはのお小言を思い出す。フェイトは忍び笑いを洩らした。

店内をくまなく縫って捜索した結果、可愛い妖精さんは、ご苦労なことに映画コーナーまで遠征していた。
映画コーナーはこの店のなかでもいちばん面積をとったブロックだが、フェイトのいたドラマのコーナーとは隣接していた。とすれば、先ほどの騒ぎを聞きつけないはずはないのに。ヴィヴィオはずっとここに居続けたのだろうか。

「ヴィヴィオ、こんなところにいたの?」
「フェイトママ、わたし、これ借りたいな」

ヴィヴィオが差し出したのは、地球にエイリアンが襲ってきて、人間がたちどころにむさぼり食われてしまうホラーだった。
残虐なシーンが多いのでR12指定されている。が、十二歳を超えようが超えまいが、ヴィヴィオには見せたくない作品だった。
そんなもの滅相もございません、という強ばった顔つきになって、フェイトは超高速──その速さ、ソニックフォームでの戦闘スピードに負けるとも劣らず──で、ヴィヴィオからビデオケースを奪いとった。
ヴィヴィオが「あ」と口をぽかんと開けているうちに、ダメだしをくらった一作は、あえなくもとの配列の隙き間に戻されてしまった。

「これはね、ヴィヴィオにはまだ早いし、気持ちわるいのいっぱいでてくるからだめだよ」
「…うん」

アリサに誘われて、聖祥大付属小学校仲良し五人組で、海鳴市の映画館で上映されたのを観たことがあった。
あまりにスプラッタすぎるので、フェイトは気分が悪くなって失神寸前だった。言い出しっぺのアリサも虚勢を張っていたけれど、うっすらと涙目になっていた。おっとりしたすずかと、恐い者知らずなはやては平然としていた。
そのとき、なのははどうだったのだろう?──なぜか、フェイトははっきりと思い出せなかった。ぼんやりと思い返すに、あまり楽しんでいたふうではなかったはずだ。
ヴィヴィオだって、きっと恐がって泣き出してしまうに違いない。とくにある人物が車のシートに座ったまま、フロントガラスを突き破った触手に絡めとられて絶命してしまうシーンは、いただけない。

「じゃあ、これは?」

ケースの表紙にはサイケデリックな白い仮面をかぶった男が斧をふりあげていて、その脇で美女や男の子があわわと血相変えて逃げ惑っている。もうその絵柄から、中身の恐さがうかがい知れた。フェイトは身震いしたが、気をとりなおして叫ぶように言った。

「だめっ!そんなの観ちゃだめ!ほら、すぐ元に戻して」
「…はぁい」

残念そうな顔をした少女の手で、残忍なマスクの男の話は棚に放置された。
懲りずにさらに拾ってきたビデオは、恐竜や古代の生物のDNAを化石から複製させて、放し飼いにしたテーマパークの話。先ほど嫌というほど我が身で恐竜に襲われる体験をしたというのに。フェイトの顔に浮かびあがった、剣呑なノーサンキュー。それを察したヴィヴィオは、すごすごと棚に戻した。

「だったら、これも?」

ヴィヴィオがおずおずともはや指さすにとどめたのは、バイオレンス・アクションものの部門。
「THE NEW YAKUZA」という、独創的なというよりはひねくれた筆文字のタイトルにかぶって、いかにも「その道を極めた人」だと分かる、角刈り頭の人相の悪い男が、匕首の切っ先をこちらへ向けている。後ろでは妖艶な美女が、怪しい蜘蛛の刺青を彫り込んだ背中を晒していた。

間髪いれずに、フェイトは胸の前で大きく腕をバッテンにクロスさせた。


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