陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「魂会(たまあい)─約束の園─」(十七)

2009-04-27 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女


私が落胆の表情をしていたのを読んだのだろうか、姫子はまた顔を寄せてきた。こんどはお詫びの顔つきだった。
そんなに困った顔をされると、こっちのほうがまいってしまう。彼女を悲しませるのが恐い。私が悲しいことよりも、数段恐い。

「あっ、ごめんね。わたしなんかと、千歌音ちゃんみたいなきれいな子が運命の相手なんて言ったら迷惑だよね?」
「いいえ。そんなことない。そんなことないわ。私だって嬉しいの」

私は姫子の両肩にそっと手を添えた。あくまで友好のしるし。でも。うっかりすると、抱きしめてしまいたくなる。私はうっとりとした誘うような笑顔しかできない。姫子は気づいていない。気づかれてはいけない。

「それ、ほんとう?」
「ほんとうよ」
「よかったぁ。びっくりさせてごめんね。さっきの台詞ね、マコちゃんがよくふざけて言ってくるの」
「…マコちゃん?」
「あれ、知らないかな。早乙女真琴ちゃんって。すごく足が速くてね、陸上部の入学早々エースって言われてぐらいすごくて。同じクラスでね、寮の部屋もいっしょなんだ」

一年生ながらに期待を浴びている同級生のことは、噂には知っていた。でも、ひとつひとつ姫子の説明に律儀に相づちと愛想笑いをまじえながら、私の胸に言いがたい寂しさが訪れる。ないしょで胸の底で湧いているこの想いは、向かう先をうしなって、隙き間から流れていきそうだった。やはり、悲しい。
他人のことばかりを嬉しそうに喋っている彼女。ほんとうは、もっと貴女のことが知りたい。
誕生日は? 血液型は? 生まれた場所は? 好きなものはなに?
もっと、もっとたくさん姫子のことが知りたい。貴女を教えてほしい。
貴女は私の何なの? 私は貴女の何なの? ──私はそれを知るために、きょうまであの薔薇園でひとり待ってきたのではないだろうか。 たったひとりの姫子を待ちこがれてきたのではないだろうか。ともすれば溢れ出そうになる質問を抑えつつ、私はなるべく穏やかに問いかけた。

「姫子はすてきなお友だちがいるのね。よかったら、もっと貴女自身のことを話してくれない?」
「え、と。わたしのこと?」
「そう。まだ、名前しか知らなかったから。今から自己紹介しましょう。姫子からお願いね」
「うん、じゃあ、わたしからだね。あのね…」

あらためての自己紹介。そこで言葉をためらっているのは、あまり自分からアピールしない性格ゆえだろう。そこがまた、可愛く思える。
姫子の口から明かされるたくさんのこと。どれもとてもだいじだった──私と同学年、しかもおなじ誕生日だったこと。学園の女子寮の二階の二人部屋に住んでいること。趣味がカメラで、甘いものが大好きなこと。とくに甘い玉子焼き。いま気になっていることは、レーコという漫画家の新連載。さっきの運命の相手うんぬんの台詞は、彼女の好きな作品のヒロインを真似たものだったこと。
そして、両親が早くに世を去っていて、一時期、親戚にめんどうをみてもらっていたことも。そして、乙橘学園高等部に入学するまでは、この村を訪れたことがなかったことも。

来栖川姫子の履歴書を私はしかと胸に刻むように叩き込んだ。彼女のどんな小さなひみつだって、ぜったいに忘れたりしない。誰かに記憶を盗まれたって、かならず取り戻してみせる。



【神無月の巫女二次創作小説「花ざかりの社」シリーズ(目次)】



この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 「魂会(たまあい)─約束の園... | TOP | 「魂会(たまあい)─約束の園... »
最新の画像もっと見る

Recent Entries | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女