なのはは、すやすや眠るヴィヴィオの片方の白と黒のリボンを外して、私の手に握らせた。
なのはも私も、大きな繻子のリボンで髪をまとめるには気恥ずかしい歳になった。私たちの重なる掌のなかで、もつれあったリボンはとても小さく見える。けれど、変わらないものがそこにあった。私の掌は、指先がしなやかに長くなっても、いつまでも同じ、なのはの手のやわらかさを覚えている。
実の母に裏切られて傷心だった私に、あたたかい家庭と、明るく楽しい友達とをさしのべてくれたなのは。なのはに会わなかったら、私はリンディ母さんに養われなかっただろうし、ちゃんとした教育も受けられなかっただろう。アリシアとプレシア母さん、リニスの幻惑にこころ委ねたまま闇の書の悪夢にとじこめられていたかもしれない。人としての温かさも得られず、エリオやキャロみたいな孤児にも、やさしくできなかったかもしれない。
そう、なのははあのときから、私の家族だった。大切なひとだったんだ。
あのとき、彼女のさしだした手をうけとらなかったら、今の私はいなかった。
あのときから、私ははじまったんだ。そして、いまのすべてが彼女と共にある。
「君の手はまだあたたかいね。あのときと、少しも変わっていない」
私はいとおしげに、なのはの手の甲を片頬にすり寄せた。
教会の庭で怯えていたヴィヴィオも、炎に巻かれた幼いスバルも、道を誤りそうになったティアナの肩も。皆が知っている、なのはの手のあたたかさと強さ。
ゆりかごに眠る赤子の頬に添える慈母のような柔らかな、ひかりの掌。
そのなめらかな白い肌の感触が、私の頬肉をすべり唇にふれる。
ふたりの手指を綾に組んだまま、なのはは重なる掌を二本のリボンで結んだ。黒白の水引みたいに結ばれた私たちの掌のなかには、どんな悲しさだって喜びだって封じこめておける。どれほど得難い幸せだって、ふたりでならきっと掴むことができる。そんな祈りが、その結び目にこめられているように思えた。
繋がった手を強引にくいと引っ張ると、なのはが私の胸にとびこんできた。うつくしく羽をひろげた二重の蝶結びがほどけることなく踊っている。
「フェイトちゃんだって変わっていないよ。わたしが悲しいと必ず泣かせてくれた胸、相手を気づかって、気づかいすぎて疲れてしまうほど、やさしい心。わたしはずっと忘れない」
胸に顔を埋めたまま甘く囁いたなのはは、私を熱く潤みをおびた誘うような瞳を私へよこした。
なのはの唇が私を慰めてくれる。
十代で入局して大人顔負けの働きをするになった私たち。
ふたりの関係は友だちから、伴侶へと一歩進んだ。キスのしかたも、なにひとつ変わっていない。
変わらないのは、止まっているということじゃない。いつでも懐かしいふたりに、ふたりではじまった私たちに戻れるということだ。
ふたつの唇がはなれたが、瞳は名残り惜しくつながったまま。ヴィヴィオをちゃんと寝室に寝かしつけてないから、いまは本気になれない。
「ん…ママぁ、おなかすいた…」
案の定、ちいさな眠り姫はお目覚めしてしまったようだ。紅い目をこすりながら、澄みきった翠の瞳になのはを映しだして、ヴィヴィオが白いエプロンで覆われた細い腰に絡みついてきた。
ちょっと惜しいけれど、リボンを外してなのはの手を解放した。彼女が掴むものは、もはや私だけの掌ではないのだから。
「今日、お店閉めるの遅かったもんね。なのはママもお腹すいちゃった。マスター、今日のお夕飯はなあに?」
飲食店を営む家庭の夕食は、たいてい遅い。いつもはたいていメニューの残り物を適当に寄せ合わせたものばかりだったけど、今日はすこし腕によりをかけてみようか。
「お客様のお好みにあわせます。どうぞなんなりとお申しつけください」
私は襟をただして椅子から立ち上がると、軽く会釈してちょっと畏まった声で問う。なのはが、左側に括った長い豊かな髪房をゆらしながら、ぷっ、と笑みを吹き出した。つられて私の装っていた表情も解かれて、微笑みが顔一面にひろがってくる。
「ヴィヴィオはなにがいいの?」
ヴィヴィオが私のベストの裾をつかんで、なにか訴えそうな瞳でみあげていた。私が覗きこむように身を屈めると、耳元にくすぐったくなるような甘い囁きが届いた。わが愛娘のご所望はオムレツとキャラメルミルク。やっぱり、定番メニューだった。でも、約一名だけのスペシャルヴァージョン。今日はあんなに頑張ったんだもの、すこしぐらいわがままを聞き届けてあげてもいいだろう。私は声をひそめて愛らしいお客さまのオーダーにオーケーを出す。
「うん、分かった。じゃあ、それでいこう」
「わ、ほんと?」
【魔法少女リリカルなのは二次創作小説「翠のゆりかご」(目次)】
なのはも私も、大きな繻子のリボンで髪をまとめるには気恥ずかしい歳になった。私たちの重なる掌のなかで、もつれあったリボンはとても小さく見える。けれど、変わらないものがそこにあった。私の掌は、指先がしなやかに長くなっても、いつまでも同じ、なのはの手のやわらかさを覚えている。
実の母に裏切られて傷心だった私に、あたたかい家庭と、明るく楽しい友達とをさしのべてくれたなのは。なのはに会わなかったら、私はリンディ母さんに養われなかっただろうし、ちゃんとした教育も受けられなかっただろう。アリシアとプレシア母さん、リニスの幻惑にこころ委ねたまま闇の書の悪夢にとじこめられていたかもしれない。人としての温かさも得られず、エリオやキャロみたいな孤児にも、やさしくできなかったかもしれない。
そう、なのははあのときから、私の家族だった。大切なひとだったんだ。
あのとき、彼女のさしだした手をうけとらなかったら、今の私はいなかった。
あのときから、私ははじまったんだ。そして、いまのすべてが彼女と共にある。
「君の手はまだあたたかいね。あのときと、少しも変わっていない」
私はいとおしげに、なのはの手の甲を片頬にすり寄せた。
教会の庭で怯えていたヴィヴィオも、炎に巻かれた幼いスバルも、道を誤りそうになったティアナの肩も。皆が知っている、なのはの手のあたたかさと強さ。
ゆりかごに眠る赤子の頬に添える慈母のような柔らかな、ひかりの掌。
そのなめらかな白い肌の感触が、私の頬肉をすべり唇にふれる。
ふたりの手指を綾に組んだまま、なのはは重なる掌を二本のリボンで結んだ。黒白の水引みたいに結ばれた私たちの掌のなかには、どんな悲しさだって喜びだって封じこめておける。どれほど得難い幸せだって、ふたりでならきっと掴むことができる。そんな祈りが、その結び目にこめられているように思えた。
繋がった手を強引にくいと引っ張ると、なのはが私の胸にとびこんできた。うつくしく羽をひろげた二重の蝶結びがほどけることなく踊っている。
「フェイトちゃんだって変わっていないよ。わたしが悲しいと必ず泣かせてくれた胸、相手を気づかって、気づかいすぎて疲れてしまうほど、やさしい心。わたしはずっと忘れない」
胸に顔を埋めたまま甘く囁いたなのはは、私を熱く潤みをおびた誘うような瞳を私へよこした。
なのはの唇が私を慰めてくれる。
十代で入局して大人顔負けの働きをするになった私たち。
ふたりの関係は友だちから、伴侶へと一歩進んだ。キスのしかたも、なにひとつ変わっていない。
変わらないのは、止まっているということじゃない。いつでも懐かしいふたりに、ふたりではじまった私たちに戻れるということだ。
ふたつの唇がはなれたが、瞳は名残り惜しくつながったまま。ヴィヴィオをちゃんと寝室に寝かしつけてないから、いまは本気になれない。
「ん…ママぁ、おなかすいた…」
案の定、ちいさな眠り姫はお目覚めしてしまったようだ。紅い目をこすりながら、澄みきった翠の瞳になのはを映しだして、ヴィヴィオが白いエプロンで覆われた細い腰に絡みついてきた。
ちょっと惜しいけれど、リボンを外してなのはの手を解放した。彼女が掴むものは、もはや私だけの掌ではないのだから。
「今日、お店閉めるの遅かったもんね。なのはママもお腹すいちゃった。マスター、今日のお夕飯はなあに?」
飲食店を営む家庭の夕食は、たいてい遅い。いつもはたいていメニューの残り物を適当に寄せ合わせたものばかりだったけど、今日はすこし腕によりをかけてみようか。
「お客様のお好みにあわせます。どうぞなんなりとお申しつけください」
私は襟をただして椅子から立ち上がると、軽く会釈してちょっと畏まった声で問う。なのはが、左側に括った長い豊かな髪房をゆらしながら、ぷっ、と笑みを吹き出した。つられて私の装っていた表情も解かれて、微笑みが顔一面にひろがってくる。
「ヴィヴィオはなにがいいの?」
ヴィヴィオが私のベストの裾をつかんで、なにか訴えそうな瞳でみあげていた。私が覗きこむように身を屈めると、耳元にくすぐったくなるような甘い囁きが届いた。わが愛娘のご所望はオムレツとキャラメルミルク。やっぱり、定番メニューだった。でも、約一名だけのスペシャルヴァージョン。今日はあんなに頑張ったんだもの、すこしぐらいわがままを聞き届けてあげてもいいだろう。私は声をひそめて愛らしいお客さまのオーダーにオーケーを出す。
「うん、分かった。じゃあ、それでいこう」
「わ、ほんと?」
【魔法少女リリカルなのは二次創作小説「翠のゆりかご」(目次)】