陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

ツイッターについていけなかった…という話

2021-08-25 | PC・通信・情報・メディア・SNS

私はツイッターのアカウントを持っていますが、現在(2021年3月)、非公開状態にしています。もともと情報検索用なのでしたが…。
情報が出たつどにSNS上でつぶやけばいいのですが、まとめて記事にする方が楽なのです。

何が楽かといいますと、うっかり勘違いや早とちりしてつぶやいてしまうことがあります。
短文でも書いたら、その思考対象から脳が解放された気になります。しかし、そのあと反応が気になってしまったりもする。結果として、自分のとりとめない言葉に囚われてしまって、前に進めない。

自分の推し作品の知名度が、どうしたって爆発的大ヒットの作品と比べられてしまうことがある。流行りの作品にあれやこれやと飛び石伝いに楽しんでいれば気づきませんが、その作品ひと筋だと寂寥感もないではありませんね。

ところで、最近とくに感じるツイッターの不可解は。
自分がかってに知らないフォローやいいね押しをしてしまっていることです。スマホで見ていてうっかり指が滑ったのかもしれず、あとで外すのですが、すごく申しわけない気分になります。そのために非公開状態の方がいいかも、と。

私はツイッターの存在自体を否定はしませんし、嫌がらせめいたことは一切ないです。
ただ少し戸惑うようなお願いをされてしまったこともあり、無防備にブログ記事の広報として流すのもよくないと考えることがありました。

ツイッターって、自分がいいねやRTしたつぶやきだけを、キーワード検索できたりしないのかしら。使い込んでいないので、機能じたいもよくわかっていません。

ブログへ転載するのにも、やはりつぶやき主の許可を得た方がいいのか。フォローひとつするのにもきちんと挨拶する方いますよね。フォローって好き勝手にしたり外していいものだと思っていたので、ありがたいけれど、お返しをできなかったりもするの心苦しいとか。しなくてもいい気を遣ってしまうあたりが、もはや絶望的に向いていないのかもしれません。

(2021/03/14)


この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ★姫神の巫女二次創作小説に関... | TOP | 新型コロナウイルスワクチン... »
最新の画像もっと見る

Recent Entries | PC・通信・情報・メディア・SNS