「あの、…ごめんなさい。お怪我はなさそうですよね? よかったぁ。昨日、レーコ先生の新連載が載った雑誌の発売日だったけど、買えなくて、やっと見つけられて嬉しくて、はしゃぎすてしまったみたいで。駅前の本屋にはおいてなくて、何軒か回ってやっと見つけたんです。ここになかったら隣町まで行かなきゃいけないから。でも、最後の一冊を貴女が読んでいたから様子見してて…あっ、そのっ、早く終わってほしいって意味じゃなくて、その…っ、ええっとぉ」
こちらが訊ねてもいないことをぺらぺらと喋る少女は、自分で気まずいことを述べてそれを振り払うように、かえるの足裏みたいに広げた両てのひらを、胸の前でさかんにひらひらさせた。その指に糸をかけたならば、何個かのかたちにはあやどられていそうなくらい。それは目まぐるしく動き回っては、感情の動きをわざとらしく伝えてよこさずにおれない手のようだった。
「私が買わなくてよかった…?」
「えと…、それ、立ち読みだったんですよね?」
菫いろの瞳でまっすぐに見つめながら、念押しするように訊ねた。
「まあね」と素っ気なく答えると、紅茶いろの髪の少女は、胸の前で十字架を捧げ持つように両手を組み、その顔には波紋のように明るい笑みが広がった。ますます、私の描く、あの「みにくい」少女にそっくりだと思った。
ふっと、私のなかに破壊的な衝動がおこった。
整然と本の並べられた本棚に、檸檬いろの爆弾をしかけて十把一絡げの知識をぶっ壊したいという、あの衝動が。
私はくるりと向きを返して、雑誌を手にするとレジへ向かった。
精算を終えた私を、彼女は目をぱちくりさせて待っていた。どうやら一連の行動を目で追いかけていたらしい。
「あのっ、それ、やっぱり貴女が…。先に見つけられたんだからしょうがない、…ですね」
「欲しい?」
「あ、…はいッ! もし譲ってもらえるなら、嬉しいです。おいくらですか? 」
少女は餌を鼻先にぶら下げられて、今にも飛びつかんばかりの仔犬のように、身を乗り出した。
バーゲンに行ったら人波に弾かれて、お目当て品を買い逃してしまうような、運に見放されるタイプだと思った。身なりからして羽振りのいいお嬢さんというわけでもないのに、お金払いにしっかりしているのは親の教育がよかったのだろう。
「お金なんていらない」
「でも、悪いですから」
財布を取り出そうと鞄をさぐる彼女を観て、ますますいたずら心をおこしたくなった。
コミケでの特売品をひとりで複数個買い占めてネットでうりさばく転売屋どものように、労せずして利益をぼったくるのが私の目的ではなかった。
【目次】神無月の巫女二次創作小説「ミス・レイン・レイン」