陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「螺旋の裏側」(一)

2011-07-01 | 感想・二次創作──神無月の巫女・京四郎と永遠の空・姫神の巫女



そのとき、思いがけない旋風が吹きあがり、丹念に縦に巻いた螺旋髪が伸びあがっては、大きく揺れたのでございました。
気まぐれな春風のいたずらだったのでございましょうか。ひと仕事やり終えた達成感に包まれて、気を緩めた刹那を襲った椿事でございました。

──と呑気に分析などしている場合ではございません。
わたくしめの心は、それこそ両の頬の隣で跳ね回る髪とおなじく、いやそれ以上に、ばねを弾いたように瞬時に縮み上がったのです。

「ああっ、洗濯物が…!」

侍女たるわたくしめが真っ先に心配したのは、身なりの乱れではありません。
わたくしなどが生涯かかっても袖を通さぬであろう、大事なだいじな衣物たちの有り様でございました。

物干し広場をつつがなく通り抜けた風のせいでございましょう。
それらは干し竿のうえで、なんとも面白い嬌態を演じていたのでございます。
こんな想像をするなどはしたないことかもしれません。しかし、わたくしめにもそれなりにいたずらな夢想にふける時間というものがございます。

体操の鉄棒さながらにくるりと一回転したものや、いやいやをするように身を捩るもの。
隣の衣服に、腕を絡めて離れないもの。重なり合って絞られたもの。空気を孕んで太鼓腹のように膨れ、萎んでいくもの。襟元にヒラヒラした襞は、まあなんということでしょう。少々ロマンチックな色をつけて申せば、オーロラのように揺らいでいるではございませんか。ハンカチは手旗の様にはためいております。まるで、何やら暗号めいた言葉をこちらへ寄越しているのです。
糊付けするまえの柔らかなブラウスの襟は、小粋に立ったり、白百合の花弁がゆったり寛ぐように口を広げていたのございます。

洗濯物をつぶさに点検して、落ちたり泥土が撥ねたものがないか確かめます。
幸いなことに、めぼしい被害はございませんでした。風の強い日にひっきりなしに押し戻される暴れん坊のシーツや衣類は、かなりの強敵なのです。

この風にはどこかしらの樹々からもぎとったと思しき、幾多の花びらが含まれていたのでしょうか。
いくつかの濡れ衣には、早咲きの梅の白い花びらが点綴しているのでございます。それはなんとも風情のある演出ではございましたが、せっかくのお召しものが染みになっては大変なことになります。

わたくしめは、ていねいにそれらを払い落としていったのです。
折よく、また軽く風が吹きつけます。わたくしめの花払いを手伝ってくれたのでしょうか。いいえ、風はまたしても、ふしぎと狂態めいたすがたを曝け出してくれたのでございます。





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