陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

ブログは十人十色のオタクとゆるく繋がりやすい

2021-05-08 | 二次創作論・オタクの位相

拙ブログは時おりこっそりブログ工事をしています。
昨年、二次創作論およびオタク向け記事のカテゴリーを独立させました。「芸術・文化」に振り分けていたのですが、仰々しい感じがしたもので。

もう十年以上前だと思うのですが、当時、抽象絵画を発表されるブロガーさんとメールのやり取りをしたことがありました。
そのとき、うちは芸術論のみならず、サブカルも含めたオタクの雑多日記ブログなので~と紹介したところ、「誰でも好きなものを極めればオタクになります」とのお返事。目から鱗が落ちる思いでした。

私はツイッターアカウントを持ちつつ、微妙に活かしきれていません。
SNSには、自分が濃厚に興味にあるものしか選択しない傾向があるように感じます。実際、私もツイッターで情報収集するのが偏っています。前のアカウントの時はいろんなジャンルをフォローしていたのですが、それがごっちゃになって流れてくると整理できなかったりする。

一方で、ブログだと何となく覗いた先に、自分の知らない世界があっても、すんなり読める、見れることがあります。
おそらく私と同じように、複数のテーマがあるブロガーさんがいるからなのでしょう。ペットや旅の記録、風景写真、乗り物やレビュー、時事問題などは間口が広いですし、詳しくない人間でもさらりと読めます。記事ごとに頭の切替えができる。

たぶん、今のSNSはすごく誰かに評価されたい、推されたいという気持ちが前面に出た投稿が多いからではないでしょうか。
ほんらいの呟きではなくなって、声を大にしてのアピールになっている。ひとつの投稿に対して輻輳して声が重なって、押し寄せてくるような圧迫感があります。その意見がもし、自分と反対意見だったとしたら、不安で逃げ出したくもなるでしょう。脳を誰かの多数決の意見で乗っ取っられた気分になります。

もちろん、このブログにも評価ボタンはありますが、ツイッターのRTのように、他人の記事を絶対に自分のブログ記事に織り込まねばならない、という強迫観念はありません。
他人は他人、うちはうち、好きなものを好きなだけ気ままに。で書いている人が多いのではないでしょうか。そもそも好事家の好きなもの語りがワンツイートで収まるはずもなし。数字で評価されたくなければ、アクセス表示をしないこともできますし、そもそもスマホモードで閲覧すれば見えません。

ちなみに、私は相互ポチ応援を推奨してはいません。
反響が多いからいい記事だという評価軸になると、どうしても、自分の描きたい記事がブレてしまいます。

しかし、編集画面に足跡を残してくださった方はお礼訪問に伺い、時間が許す限りは記事を読ませていただいています。SNSみたいに、あなたのことを見ていますよ、忘れていませんよ、というアピールのためにいいね、RTだらけになることもありません。

ですので、偶然に訪問したが一度限りという方も多いでしょうが、来るもの拒まず、去る者追わず。そういう緩いつながりだからこそ、ブログは細々と続けられたのかもしれません。嫌だったらブロックなんてしなくていいですし。




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