ごく小さな頃から、私は多くに撮られるのにも長くに見られるのにも慣れていた。
私は知っていた、どうすれば人前で美しく映るのかを。美しさのうわばみにだまされて、胸の底に沈めた表情を読まれないようにする技を。口角はやわらかく吊り上げて、瞳は数回またたかせて潤ませて、睫毛を巻くように瞼を押し上げる。それはきまって美しい氷像のような私だった。つくりおきの冷たい微笑みのポートレイトだった。それは無理矢理なようでいて、その実とても楽だった。じっさい、人びとは私の顔を氷の微笑として認めていたから。私はいつも型どおりの笑顔を綻ばせて、カメラマンの視線を手玉に取っていた。
姫子の前では私はもっと嬉しくて楽しそうな表情をしていた。自然な笑顔は姫子にだけ捧げたものだった。姫子のカメラの前で、おだやかな春の海のたふたふと揺れる水面のように、私の表情は和らいでいた。
けれど、きょうに限ってそれはできない。ただひとりのまなざしの君なのに、一秒だってその澄んだ瞳に耐えられない。
今までならなんのことはなかった、姫子が向けるカメラに怯えていたのは後ろめたさがあったからだ。私は姫子のカメラのレンズを防波堤にしていたのだった。姫子の表情が隠れているのをいいことに、まるで仮面にでも媚態を送る気持ちで、私はひそかにまなざしに熱を籠めていた。だっていつも私がじっと見つめると、あまりに長く眺めていると、恥ずかしがって目を逸らされてしまうから。でも、その視線の矢はレンズの一歩手前でとどまって、姫子の瞼の奥にまで届いてはいなくて。言葉で贈れない私は、それでこっそり安心していた。
でも、姫子は知ってしまった。写された私の笑顔に隠されたサインに。だから、感光材でその意味が失われないようなしかたで、私の証拠を残そうとしたのだ。
ふと姫子が、まじめな顔つきになって、私はどきりとした。かつてどんな視線の脅かしにもたじろがない不惑のポートレイトであった私は、もうそこにはいなかった。
先ほどカメラを掲げられたときから、私は彼女の視線に敏感になっていた。わかっている。姫子は私を撮りにきたんじゃない。カメラは視線の鎧、まなざしの剣。カメラを借りて、姫子の視線は濃くなった。こんなにも、ひとの視線に惑わされることなんて、ありえなかった。
ファインダーから外された姫子の瞳は、燃えるように色めいて見える。花火を瞳に映したような輝きだった。
「わたしはね、千歌音ちゃんのほんとうを映しにきたんだ。でも、わたし、…ほんとうを貰うために嘘をつくのはよくないよね」
その言葉をしおにして、姫子のムービーは逆再生しはじめた。
そこには村の花火が、どんどん時間をさかのぼって映しだされていく。示し合わせたように停止ボタンをおした場面に目が釘付けになった。その花火の色は目の醒めるような美しいブルー。私はしばらく息を呑んで魅入っていた。