いたずらなアトラクションスペースから出た先が、ほんらいの目的地だった。三番目のドアは、テトリスのように壁にジグザグの切れ目が入って、左右に開くタイプだった。ごきげん顔で進むヴィヴィオの後を、すっかり疑り深くなったフェイトが、用心しいしい、ついて行く。
カウンターから浴びせられるのは、「いらっしゃいませ」という年季の入ったかけ声。すこし渋めのカントリーミュージック。そして、必要最低限のお喋りしかないはずなのに、カフェ以上にこもった人の熱気。存外にマトモだったので、緊張の糸がほどけてしまった。だが、フェイトにとってはやはり馴染めない空気がそこには満ちみちていた。店内の澱んだものがいっせいに、母子ふたりにどっと押し寄せてきた。
フェイトはそれにあてられて、目眩をおぼえた。しかし、ここでめげてはいけない。なんのために、なのはのいない休日を見計らって、そしてヴィヴィオの子守りを口実にレンタルビデオ店に足を運んだというのだ。
サングラスの縁をもちあげると、フェイトはそそくさと、目的の場所へ直行しようとした。だが…横についてくるはずのヴィヴィオがいない。またしても、はぐれたか。後ろを振り返って数秒前のそそくさと通過したはずのカウンターに目をとめて、ぎょっとした。
「ね~、ね~っ、お姉さん。このお店の最初のドアね、壊れてるよ。ヴィヴィオが乗っても、びくともしなかったもん」
なんと、ヴィヴィオがカウンターの上に両肘をついて、受付の女性を尋問しているではないか。
しかも、ヴィヴィオときたら、器用なことに足を浮かせて、まるでカウンターの上でしゃちほこのようにポーズをとっている。当然、店員は困惑顔で、いささかおてんばな娘のすがたは、ひっきりなしに近くにいた客の視線を集めていた。
フェイトは猛ダッシュ──その速さ、ソニックフォームでの戦闘スピードに負けるとも劣らず──で、カウンターに駆け寄ると、ヴィヴィオのお尻をひっぱたいて、カウンターから降ろさせた。五歳の頃は抱きしめると仔猫のお腹のように柔らかかったヴィヴィオも、もう七歳。いまでは骨がしっかりしてきて、すこし重い。ヴィヴィオのスカートの中を覗こうと、鼻の下を伸ばしていた連中が、フェイトの異常に殺気立ったオーラを察して、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「ヴィヴィオ、いきなりお店の人に失礼でしょ?!」
「だって、ドアが開かないのがふしぎだったんだもん。フェイトママはドアが開くおまじないでも唱えたの?」
「そんなことはないけど」
「じゃあ、フェイトママたちだけ通れるようにしてるんだ。ヴィヴィオはいじわるされたんだ」
「まさか、そんなことはないと思うよ」
ヴィヴィオが拗ねた顔をしてみせたので、フェイトはなだめすかせようと、頭をなでなでした。
「だって、無限書庫だって音声と顔で認証されないと出入りできないんだよ」
そうか、さっき、ヴィヴィオが入口の前でさかんに声を出していたのは、無限書庫でのエントリーをまねていたせいだったのか。子どもは、数少ない体験から学習して、復習することを覚える。ヴィヴィオのそんな子どもらしさに、ふとフェイトはささやかな笑みをこぼした。
「ここはただのレンタルビデオショップだから、入場者制限なんてかけたりはしないはずだよ。ヴィヴィオは気にしないで」
「うん。でも、着くまでがおもしろかったよね」
さきほどのアトラクションスペースでは危険度の高い部屋だったので、子どもはあまり利用しないのだろう。だから、眼鏡がなかったのだ。
納得がいったのか、ヴィヴィオにはいつもの元気な明るさが戻る。
それにしたって、へんちくりんなドアだ。ふつうのお店の横に滑る自動ドアのようにみせかけて、シャッター式だったなんて。先刻の体験からして、すでに「ただの」レンタルビデオショップではない。店長はひとを脅かせるのが好きなタイプなのかもしれない、などとフェイトは思考を巡らしてみるのだった。
そこがカウンター前であることを、もうすっかり、うっかり、きっかり忘れてしまって。
カウンターから浴びせられるのは、「いらっしゃいませ」という年季の入ったかけ声。すこし渋めのカントリーミュージック。そして、必要最低限のお喋りしかないはずなのに、カフェ以上にこもった人の熱気。存外にマトモだったので、緊張の糸がほどけてしまった。だが、フェイトにとってはやはり馴染めない空気がそこには満ちみちていた。店内の澱んだものがいっせいに、母子ふたりにどっと押し寄せてきた。
フェイトはそれにあてられて、目眩をおぼえた。しかし、ここでめげてはいけない。なんのために、なのはのいない休日を見計らって、そしてヴィヴィオの子守りを口実にレンタルビデオ店に足を運んだというのだ。
サングラスの縁をもちあげると、フェイトはそそくさと、目的の場所へ直行しようとした。だが…横についてくるはずのヴィヴィオがいない。またしても、はぐれたか。後ろを振り返って数秒前のそそくさと通過したはずのカウンターに目をとめて、ぎょっとした。
「ね~、ね~っ、お姉さん。このお店の最初のドアね、壊れてるよ。ヴィヴィオが乗っても、びくともしなかったもん」
なんと、ヴィヴィオがカウンターの上に両肘をついて、受付の女性を尋問しているではないか。
しかも、ヴィヴィオときたら、器用なことに足を浮かせて、まるでカウンターの上でしゃちほこのようにポーズをとっている。当然、店員は困惑顔で、いささかおてんばな娘のすがたは、ひっきりなしに近くにいた客の視線を集めていた。
フェイトは猛ダッシュ──その速さ、ソニックフォームでの戦闘スピードに負けるとも劣らず──で、カウンターに駆け寄ると、ヴィヴィオのお尻をひっぱたいて、カウンターから降ろさせた。五歳の頃は抱きしめると仔猫のお腹のように柔らかかったヴィヴィオも、もう七歳。いまでは骨がしっかりしてきて、すこし重い。ヴィヴィオのスカートの中を覗こうと、鼻の下を伸ばしていた連中が、フェイトの異常に殺気立ったオーラを察して、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
「ヴィヴィオ、いきなりお店の人に失礼でしょ?!」
「だって、ドアが開かないのがふしぎだったんだもん。フェイトママはドアが開くおまじないでも唱えたの?」
「そんなことはないけど」
「じゃあ、フェイトママたちだけ通れるようにしてるんだ。ヴィヴィオはいじわるされたんだ」
「まさか、そんなことはないと思うよ」
ヴィヴィオが拗ねた顔をしてみせたので、フェイトはなだめすかせようと、頭をなでなでした。
「だって、無限書庫だって音声と顔で認証されないと出入りできないんだよ」
そうか、さっき、ヴィヴィオが入口の前でさかんに声を出していたのは、無限書庫でのエントリーをまねていたせいだったのか。子どもは、数少ない体験から学習して、復習することを覚える。ヴィヴィオのそんな子どもらしさに、ふとフェイトはささやかな笑みをこぼした。
「ここはただのレンタルビデオショップだから、入場者制限なんてかけたりはしないはずだよ。ヴィヴィオは気にしないで」
「うん。でも、着くまでがおもしろかったよね」
さきほどのアトラクションスペースでは危険度の高い部屋だったので、子どもはあまり利用しないのだろう。だから、眼鏡がなかったのだ。
納得がいったのか、ヴィヴィオにはいつもの元気な明るさが戻る。
それにしたって、へんちくりんなドアだ。ふつうのお店の横に滑る自動ドアのようにみせかけて、シャッター式だったなんて。先刻の体験からして、すでに「ただの」レンタルビデオショップではない。店長はひとを脅かせるのが好きなタイプなのかもしれない、などとフェイトは思考を巡らしてみるのだった。
そこがカウンター前であることを、もうすっかり、うっかり、きっかり忘れてしまって。