陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

「てのひらの秋」(四十二)

2009-08-03 | 感想・二次創作──魔法少女リリカルなのは

***

「あははっ! フェイトちゃんらしいね、それ」

タイル張りの密閉された空間に、うら若いエースのくぐもった笑い声がこだました。
声はぬくもった湯気を縫って、壁にぶつかりながらよく響きあい、笑われた本人はさながらぐらぐらと煮立っている釜の底に漬けられている気分になった。ひときわ顔を紅くしたのも、長湯をしすぎているせいではない。耳の裏から熱っぽい。耐えがたい熱気は、からだの内側から襲う。

「なのはだって、悪いんだよ! ヴィヴィオにあんな回りくどい説明のしかたするからっ」
「でも、べつに間違ってなかったよ?」

なのはがさも面白そうに、くつくつと笑っていた。
裸の胸の前に浮かせたタオルを、空気を孕ませてなでなでしている。時おりふざけたように、タオルの下からは、ぽこり、ぷくり、という気泡が放たれていく。ふくらんだ胸のなかをいじくっているようで、その水風船が張ったり縮んだりするのが、なのははおかしくってたまらないようだ。なのはの胸元に沿ってゆるやかに入り組んだ海岸線を描いている、その水面がさざめいては、なのはの肌を震えさせている様子を、フェイトはちらりと一瞥した。そして、またじんわりと熱くなった。

ヴィヴィオを伴って入浴中のフェイトのところに、帰宅してすぐのなのはが押しかけたのは、つい十分前のこと。
さて今日いちにちの出来ごとをどう報告すべきかと悩んだ末に帰宅したとたん、ヴィヴィオに引っ張られるようにして、疲れた心身を湯船へと運ばれてしまった。ゆったりと湯に浸かりながらでも対策を練ろうかというフェイトのささやかなる目論見は、朝に別れたままと変わらずににこやかな笑顔で割り込んできたなのはによって、たちまち崩されてしまった。なのはにすれば、本日の家族三人水入らずサービスタイムの遅れを取り戻そうと、喜んで飛び入り参加したいはずだった。失われた休日の残りをたっぷりここで消化してしまういきおいなのか、やたらと裸体を側にすり寄せてくる彼女に、フェイトもどぎまぎしっ放しなのであった。嬉しいのに嬉しくはない。そんな複雑な気分。

「そりゃ、そうだけど…。もっと、言い方ってものが…」

広い浴槽の向かいに、対面して座っているフェイトが反論しようと上体を揺らす。さざなみに乗って、ビニール製のあひる三匹が、ゆらりゆらりと温水を呑気にたゆたっている。
子どもは大人から言われたことを言葉の表面どおりにうけとって、自分の言葉で言い換えることはしない。しかし、かってに妙な妄想スイッチが入ってしまって思考が危ない路線を走ってしまう、歪んだオトナの自分とて困り者である。恥じ入ってしまえばしまうほど、爪先まで真っ赤になるのであった。

勘違いといえば、今日はもうひとつ。例のハラオウン一家の一件だ。
エイミィのその後が心配だったので、帰宅してすぐ、クロノ宛にメールで連絡を入れた。
その返答から分かったことは、クロノの例の疑惑のビデオというのが、まったくの「シロ」だったこと。以前、機動六課寄宿舎の寮母を務めていたアイナ・トライトンに頼み込み、大マグロの解体の仕方を実地で教えてもらうための映像資料だったらしい。血飛沫の飛んだエプロン姿で包丁片手ににこやかに笑う主婦は、子どものカレルからすればホラーのようにおぞましく見えなくはないだろう。ちなみに、なぜクロノがその存在を隠していたかといえば、夏休み休暇にクルージング家族旅行を計画していて、釣り上げた大魚をその場で刺し身にして振る舞い、男らしさをアピールするという狙いがあったからだった。
けっきょく、クロノの極秘家族サービス計画は、エイミィたちにはバレてしまったのだけれど、夫婦の蟠りはめでたく解けた。

しかし、図らずもフェイトの恥を忍んで開いた独りコンサートだけは、あの場の観衆の記憶に忘れがたく残ったであろう。よしんば、あれが宴会奉行のはやてにでも伝わったら、また今年の忘年会あたりで出し物として強要されそうだ。
しかも、しかも。そのうえ「あの歌」の本来の意味まで、取り違えていただなんて。恥ずかしいったらありゃしない。あれからすでに六時間は経過しているのだが、思い返すたびに肌が燃えるように熱くなってしまいそうだった。

ああ、なんて今日という日は、胸騒ぎの多い、慌ただしい一日だったのだろう。もう二度と、あの店には足を向けまいと、堅く強く、みずからの胸に誓うフェイトだった。

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