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陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

研究者になれなかったひとの活路 その2

2025-07-18 | 教育・資格・学問・子ども

拙ブログの記事でたびたび読まれる記事リストにあがっているのが「研究者になれなかったひとの活路」です。これは数年前にある女性研究者が自死した件を題材にしたものです。大学の専任教員になれずに、結婚した相手がメンタル不全で将来を絶望した…という。

勉強さえしていれば、学歴さえあれば、語学を磨いて海外に行けば、お偉い先生に従っておけば、最後の手段で夫に養われたら。そういったゆがんだ依存心が自分の人生を開けなかった理由ではないでしょうか。東大卒の四兄弟を育てた教育ママが人気ですが、東大卒の娘が専業主婦志望と語っていたと聞いて、正直、日本の高等教育やお受験熱は間違っていると思わざるを得ません。学歴を高めた人ほど、その能力を社会で活用して、しっかりと働くべきで、自分は他人に雇われたくないからひきこもりたい、賢そうなことだけブログに書いて暮らしたいというのは、社会の損失です。

大学院修士課程の時期、父が急死した私は実家からの仕送りもない苦学生。
ちょうど折よく先輩の紹介で、とある企業財団の給付型奨学金を得ることができました。しかし、望んでいた博物館学芸員などの職に応募してもなしのつぶて。試しに公務員試験を受けてもろくに勉強しなかったので筆記で落ちる。そのあとの人生は正社員と数々の非正規社員とを繰り返し、今はやっとこさ個人事業主と兼業の会社員ライフを送っています。

30歳ぐらいまでの頃、私は派遣で働きながら、お金を貯めて博士課程進学しようかとか、海外の大学の通信課程を受けようかとか、いやいっそのこと、理系学部へ入学しなおしてみようか、などとやみくもに考えたものでした。行政書士をはじめとした士業資格に合格できた十数年前から、望んでいた業界や職種に近づき、今では念願の正社員、総務経理の責任者として会社の中枢で働いています。

私の子ども時代からの座右の銘は「鶏口となるも牛後となるなかれ」。
非正規社員で大企業や公務関係の職を経験したときは、いつも組織病のような理不尽なタテ社会に反発していました。

それは学生時代でも同じでした。
県下有数の進学校でも成績がいいからお目こぼしをもらっているが、遅刻や授業のサボりをやらかしてしまう問題児。大学デビュー後はクラスのリーダー格を演じていますが、最終的に私は自分の研究優先で友人関係を遮断したため、孤立していました。若い頃に集団内での人間関係構築力を築いておけば、自分のキャリア形成ももっとまともだっただろうに。

私のような机の上でひとりでコツコツ作業が好きなタイプは、盲目的に学者を目指しがちです。
しかし、大学の研究者にせよ、学芸員にせよ、教育者のはしくれ。学内にはヒエラルキーもあり、研究室間の軋轢もあります。アカハラに近い事態も目の当たりにしてきました。研究者が駄目なら、作家を目指そうとか、フリーランスでクリエイター職をなどと思いがちですが、こだわりが強すぎて締切りを守れない私には無理な稼業です。

なにより、自分は学者に向いていないのではないか。
そう気づいたのは、修論を締切までに提出できず、挙句の果てにパソコントラブルでデータの大半を失ってしまったことです。学科はじまって以来の、英文での執筆宣言をすると息巻いていただけに相当ショック。当然ながら指導教官たちも温情措置をしてくれません。けっきょく半年休学し、残り半期で書き上げた修論は高評価を得られ、その後、1回ほど研究会での発表や紀要への掲載を許されましたが、私の研究者人生はそこで終わってしまいました。

タイトルを失念しましたが、高学歴者のワーキングプア問題を扱った本があります。
それの女性版もありましたが、「大学が駄目ならば博士号者を高校などの教師にしてきゅうさいすべきだ」「企業はドクターを厚遇すべきだ」「中小企業の事務職に応募したがけんもほろろの扱いで」といった嘆きがありまして、正直、ふざけんなコラ、と思ったことがあります。道草だの、女性学だの、自分の狭い研究分野だけを宣伝しようとするだけで、自分はその企業にとって何が貢献できるのか。そのためにどういった業績を残し、能力を磨いたのか。そういった説得力のあるプレゼンをしてくれない応募者を企業が雇うはずがありません。人事部門にいる私だからこそそう思うのです。

研究者の卵のみならず、アイドルでもスポーツマンでも、棋士でも、作家やアーティスト、人気ユーチューバーでも同じこと。若い頃に何かの専門家として実績を残してしまうと、それにとらわれて、社会性を磨くことを怠ってしまうのです。

趣味のようなニッチな研究領域をもっただけのマニアが、ひとを教える仕事に就けるでしょうか? 経理や総務の知識もなく、フェミニスト意識丸だしなエリートぶった女性なんて、たとえ大企業でも事務で雇いたくはないでしょう。新卒で一から仕込むなら別ですが、中小企業では育てる余裕がないので、たいがい経験者採用がほとんどです。そして中小企業の経営者はたいがい多くは大企業などで会社員経験がありますし、取引先にも大手がいますので、ひとを見る目は豊かです。30歳近くになって学生気分が抜けず、会社に育ててもらおうとするような人はお払い箱になります。

私は「研究者になれなかった人」です。
でも「研究者にならなかった」ことで、やっとこさ小さな幸せをつかんだといってもいいかもしれません。専任のアカデミックポストを求めて十数年以上も非常勤講師をするのは私には耐えられませんでした。自分の研究分野の将来性にも疑問があり、なにより、教官のタダ働き要員にさせられている大学院生の扱いにもうんざりでした。研究材料はよその研究室の学生に利用されかけるし、資料だって勝手に使われる。教官じたいも遅刻や当日休講があたりまえ。研究費は教官の私的旅行に使われていたりもする。そうしたモラルの無さに嫌気がさしていました。IPS細胞をはじめとした学術論文の不正や剽窃、業績の水増しなども明らかになっており、アカデミック界のいびつな構造があらわになっています。それは、すべて、私が学生時代に周囲で経験したことでもありました。

私と大学の同期生でその後他大学へ学歴ロンダで博士号進学したひとは、誰ひとりとして専任の大学教員にはなっていません。小さな私立美術館の期限付き研究員や、非常勤講師。また個別指導塾の塾長として開業した人もいます。私と同様に修士どまりでその後中小企業の正社員になり、家庭を持っている人もいます。

経済的に不安定だが、自分の名を冠した論文が残ったり、学会で発表できたりする。
それを誇らしい、だから満足している人もいるでしょう。本人がそれで幸せならば。でも、親御さんが亡くなったらどうするのでしょうね? 母体の研究組織がなくなったら? 国の科研費が打ち切られて、任期終了にされたら? 自分の研究、お金に変えられる努力できますか? 出資を募ることができますか? 学者は一歩間違うと世間知らずの頭がいいだけの乞食です。

一時的なキャリアの陶酔のために、私は人生を棒に振りたくはありませんでした。
非常勤講師をあちこち掛け持ちした院生崩れがメンタルを止んだり、コンビニや警備員として生活費を稼いでいたり、東大卒の博士号持ちがタクシー運転手になったという事例もよく聞きます。

私が研究者人生を諦めた決定的な出来事は。
満を持して書いた修論を学外の人に示しても、誰も読みたがらなかった、ということでした。その道のひとならば誰もが知っている芸術家。なのに、一般人は知らない。そりゃそうです。ニッチな分野の研修論文なんて忙しい社会人が読むはずがありません。生活に必要ではない学部卒の権威など、あくせく働いている人にとっちゃどうでもいいのです。

人文科学・社会科学の学問学問は教育機関でなくてもできます。
哲学者の祖ソクラテスは市井で若者たちに人生の摂理を説き、ストア派に嫉妬されて刑に処されました。けれども、みずから書物にしなかった彼の言葉は、その愛弟子たちのおかげで歴史に残ったのです。教育とは、ひとの人生に受け継がれていくものであって、かたちにまとめて図書館やら博物館やらに保存しておくものでありません。現在だと、noteなどで論文めいた発表をよく見かけます。動画で発表する人もいるでしょうね。しかし文系の趣味を極めた学術論文は、じつは素人発行の同人誌とレベルが同じではありませんか。研究をしている、学んでいる、留学している、ことだけに、自己のアイデンティティを傾けて、働くことを忘れた者を社会は仲間として認めてくれません。

高学歴だから、見栄えのいい仕事をしたいというのは驕りにすぎません。
生活のためならば、頭が悪いと見下している人物にも頭を下げて、仕事を教えてもらわねばならないのです。そうしたプライドを捨てられるか、象牙の塔ではそうしたことを教えておくべきでしょう。

AIの浸透で弁護士や税理士の補助など知的生産性の高い職種の間口が狭くなります。少子化で教育者の削減もはじまるでしょう。すでに教員は人手不足で、受験の倍率が低く、優秀な人材が集まっていないと聞かされています。だからといいまして、新卒時に仕事にあぶれた就職氷河期世代をそこにあてがえばいいかといえば、そうでもないでしょう。

適切なキャリアデザイン観を抱いて人生を送ることが大切なのではないでしょうか。
どこで働いていたか、何の仕事をしているかよりも、どういった言動をしているかで、その人の生きざまは語られるべきなのです。


( 2023/06/25)






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