陽出る処の書紀

忘れないこの気持ち、綴りたいあの感動──そんな想いをかたちに。葉を見て森を見ないひとの思想録。

絵師の心は壊れやすいのか問題

2024-06-19 | 二次創作論・オタクの位相

先日(2023年12月頃)、とある有名アニメ監督が裁判に勝訴したという報道がありました。アニメ監督が声優兼イラストレイターを名乗る女性から盗作の誹りを受け、業界関係者に直接抗議メールを送るなどして、イベント中止等の業務妨害を被ったため、名誉棄損で訴えたもの。女性側に賠償命令が下りました。

この件、2023年10月あたりの提訴報道ですでにブログ記事にして予約投稿中なのですが。今回は勝訴結果をもとにしたうえでの私見です。

裁判では、被告女性のイラストとアニメ監督がSNS上にアップした画像(監督の代表作の二次創作イラストで、描いたのは知人声優)との類似性が問われましたが、トレスした形跡もなし。被告女性の発言があまりに過激なために京アニ事件を連想させ、精神疾患を疑う声も上がりました。

意外にも、プロの創作者が盗作疑惑をかけられる件は多いとのこと。
ただ、この一件、盗作か否かはともかく。SNS界隈でよく見かける、絵師のメンタル不全として珍しくない事象ともいえるでしょう。誰でも絵がバズれば有名になれたり、お金になったりする時代だからこその。

上記のアニメ監督の事件は、被告女性の被害妄想が問題ではありますが。原告が被告の異議申し立てを無視したことで、エスカレートしたわけです。アニメ監督は業界人を守るために判例をつくりたかったとはありますが、果たして、今後似たようなケースがあっても抑止力になるのでしょうか? 

この被告や、京アニ事件の加害者の行動原理にあるのは、夢を与える創作ビジネスに対する憧憬と身勝手な失望です。
その昔はこのアニメ監督の様に、業界内で過酷な労働環境に耐えながら生き残ったクリエイターが今のリーダーになっているのですが。現在ではそうしたレジェンドたちがウェブ上で平行線につながれたり、すぐデビューできますよと煽ったりするために、期待値をあげてしまうのでしょう。行き過ぎたファンサービスやカリスマ性の演出が、誰でもその世界で成功できるような錯覚を与えてしまうわけです。クリエイターを極度に「神」扱いする風潮にも原因があります。

さらに、SNS上だと業界人のつながりが可視化されています。
プロ同士の活躍の有無だけではなく、公式側がインフルエンサーとして目をかけたファン層や二次創作者などをめぐっても。したがって、特定の作品のファンだとか、個人の創作者との軋轢があったとしても、その無数の人間の幅に拒まれているような疎外感を感じてしまって、メンタルを病んでしまうのでしょう。

ところで歴史的にかんがみれば。
芸術家のうちでも画家はうつを患いやすいのではないでしょうか。昭和の時代には日本の文豪にも自死が多かったものですが、文化史をひもとけば、絵描きの異常行動が目立ちます。ジャクソン・ポロックだとか、ゴッホだとか。俳優だとか音楽家や歌手でもあるでしょうが、彫刻家だとか建築家だとか、あまり芸能人めいた露出がなくて技能集団で作業する職人技のクリエイターはあまり病まないような気がするんですよね。やはり現実の素材を相手にして身体を動かしているからでしょうか。

絵師のこころが壊れやすいのは、文章と違って、素人目にもその技術力があからさまにわかりやすいからではないでしょうか。
トレスや構図パクリなどが問題視されるのも、創作のオリジナリティが過剰に神聖視されすぎているから。

絵を描く作業は精神科医療上のセラピーにもあるので、絵師がメンタル不全になりやすいというのも、間違いではないのかもしれません。
精神不安定になっている絵は線や色彩にあらわれるもので、本人が気づかなくても見る人からはわかります。メンタルというか、絵のゆがみとかバランスの悪さで、脳の異常とか、腱鞘炎とか、からだの不調も見えます。

創作行為はほんらいインドアでできる、孤独な楽しみなのに。
売れるためならば目立ってなんぼ、付き合いを広げなきゃ、意見表明してキャラ確立しなきゃ、大手や著名人に評価してもらわねば、という無限のプレッシャー地獄で疲れる人がこの時代のクリエイター志望を病ませているのかもしれませんね。

私が二次創作絵を描いたり、アニメーターになりたいだとか無謀な夢を抱いたのも高校時代の不登校時でしたが。
あの時代にSNSなんかあったりしたら、確実にめんどくさい自称絵師もどきになっていたのかもしれません。誰もが発表しやすいネット上では、素人ながらセミプロなみの魅力的な作品を発見できるといううま味もありますけどもね。

絵に限らず創作を楽しみにする人は。
創作以外の他の趣味、評価が他人の恣意に委ねられないような達成感のあるもの、たとえば料理だとか、ガーデニングだとか、運動などを、求めたほうがいいのかもしれません。生きる糧や気晴らしがそれひとつしかないと思い込むから人生苦しくなるんじゃないでしょうか。

でも、ほんとうに心を病んでしまったら。
楽しかったもの、ストレス解消手段であった趣味さえ、もはや遠ざけたくなるものなんです。まだ描けるだけマシなのかもしれません。

描けなくなったら、こころが回復するまで、ひたすら眠るのもよし、ではないでしょうか。私もそんな時期がいくつもありましたし、これからも起こるのかもしれません。妄想ごっこが好きな人は自分の情緒に振り回されやすいので、不自由な自分の感情といかにうまくつきあうべきか悩ましいものです。

(2023.12.17)







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