雲形定規は今でも使われているのだろうか。職業柄、画材屋やデザイン用品店にはときどき出かける。たしかに雲形定規は売ってはいるのだが、この不思議な道具を使う人が今いるとは到底思えない。
わたしも昔はプラスチック製のものを持っていたし、自由曲線を描くさいには(使い方はなかなか難しいのだが)使ったりはしていた。ところがデザインの作業にコンピュータが使われるようになって以後、雲形定規を使う人はほとんどいなくなったはずだ。ベジェ曲線で、自然で滑らかな自由曲線を描くことができるようになったからである。
フリーハンドで引いた曲線に雲形定規を当て、いちばん目的にあった曲線を選びながら、滑らかな線を描くというめんどうな作業から、デザイナーや設計者、製図家は解放されたわけである。
写真の木製の雲形定規は、数年前、東京・代々木の欅通りの骨董市で見つけたものである。12枚セットで7枚が残っていた。露店の店主に値段を聞くと「一枚800円」という。けっこう高いものである。店主は「残り全部を買ってくれるのだったら、箱も付けて一枚700円にしとくよ」と言う。7枚だと4900円である。それはいくらなんでも無駄遣いというものだろう。
いずれも縦184ミリ。1寸は30.303ミリだから正確には181.814ミリである。メートル法が法的に完全施行されたのは1966年であるから、それ以前の商品だろう。下は買わなかったが、写真撮影を許可してもらった箱である。
手にとって見てみると、小さくN.Yと焼印が押されている。「これは何? ニューヨーク製なの」と店主に尋ねる。「いや、前の持ち主のイニシャル」とのことである。箱をみると日本製であることがわかる。「12枚6寸」とラベルが貼ってある。まだ尺貫法が使われていたころのものか。
大事に使われたようで、傷や汚れはない。形の面白いものを3枚選んで買った。
後日、若いデザイナーにこの3枚の雲形定規を見せ「おもしろいでしょ」と聞くと、彼はキョトンとした顔で、「それ、なんすか」と言う。そうか、デザインを勉強し始めたときからコンピュータを使っていた若者には、まるで縁のない代物なのである。わたしも実際に使うわけではない。ときどき手にとってマンガを描いていた子どものころや、デザインを学び始めたころのことを思い出すだけである。